第五話 そんな気がする
1
目を覚ますと、もうそこはパーティー会場じゃなかった。ドラマに出てくるホテルのような一室で、俺はセミダブルのベッドで横になっていた。
(もしかして、亀山の家の客室とか?)
壁掛け時計が視界に入って、もう夜遅いと気づく。ベッドの脇を見ると、椅子に座っていた者と目が合った。
「黄宮……?」
黄宮は俺へ答えず、部屋の隅に振り返った。
「フク先輩が起きた」
亀山と二十木がソファーでもたれ合いながら眠っていて、黄宮が声をかけるとすぐに起きた。眉間を押さえているので頭が痛いみたいだけど、じっとしておく気はなさそうだった。俺に詰め寄ってくる。
「どうなってるんだい? 起きたらポンがいなくて、あんたが倒れてて、ミヤが何かいた何かいたって繰り返して」
二十木が訊いてきて、俺はそのときのことを頭の中に戻らせた。
それだけで総毛立ち、唾をごくりと飲む。俺の中にはウツシマノミコトからにらまれたときの感覚がはっきりと残っている。あれは恐怖じゃない。畏怖というもの。偉大な存在を畏れる感覚。
「ウツシマノミコト様が現われて……ポンコを連れていって……」
「それ、福狸神社の……だろ?」
二十木はどう答えていいかわからないみたいだった。亀山も同じような顔をしたけど、考え込むようにうつむく。
「神使のポンコさんがいるんですから、主人の神様もいるはずです。第一、あの部屋のことを……部長も感じたでしょう?」
亀山が問いかけると、二十木はためらうようにうなずいた。
「あんたが言うとおり、あの部屋はおかしい。寝入るまでとは絶対に違う。やけに空気がきれいって言うか、きれいすぎて押しつぶされそうって言うか」
ウツシマノミコトは霊感がない二十木でも感じられるほどの存在感を残していたらしい。霊感のある黄宮はずっと大きな印象を受け取っているようで、あちこちに視線をさまよわせていた。
「福狸神社には、怖い神様の昔話がある。困っているお爺さんを助けに行ったタヌキが、神様から泥舟で沈められて……」
「あたしとしたことが、一生の不覚だよ!」
二十木は冬眠前の熊のように室内をうろついて、悔しそうに壁を叩いた。
「部員がそんなのから連れていかれてるときに、ぐうたら寝てるとは!」
生徒じゃないポンコでも、二十木には部員らしい。
「起きていても同じです」
悲痛な様子を俺は見かねて、すぐに言葉をかけた。
「時間が止まったみたいに不思議な状態で、動けたのは俺とポンコとウツシマノミコト様だけでした。だから部長は手を出したりできなかったはずです」
「そうかもしれないけどさ」
「どっちにしても、ポンコのことはどうしようもないですよ。相手は神様ですし」
俺はめまいがするけどベッドから降りた。亀山が目を見開く。
「ポンコさんを見捨てると言うんですか?」
「だから、神様相手にどうするつもりなんだよ」
どうしようもない差。絶対的な上下関係。俺はそういった感覚をたっぷりと味わった。再びウツシマノミコトと向き合えば、腰が砕けるどころでは済まないかもしれない。
「どうすると、言われても……」
亀山は何も答えられないみたいだった。俺はふらつきながらドアへ歩いていく。
「二十木先輩、仮入部のことはもういいですよね。ポンコがいる間だけって話だったし」
「確かにあたしはそう言ったね」
二十木は唇を噛んだけど、俺を止めようとはしなかった。
「ポンちゃん、どうなるの」
ただ一人、黄宮だけが俺に告げた。
「さあ」
俺は短く答えて、部屋を後にした。
廊下を歩いているところで亀山が追ってきて、帰りの車を出すと言った。でも俺は断わって、自転車を押してアパートまで帰った。
そのせいで、着いたときには十二時を回っていた。アパートの中は暗くて物音一つない。
「これが本来の姿なんだけど、しばらく見ていなかったな」
明かりを付けて、隅から隅まで見渡す。やっぱり俺以外に声を発する者はいない。長く歩いたからおなかが空いたと言う者はいない。
「ポンコが来てからどのくらいたったんだっけ」
壁のカレンダーを見て、最初に会った日から数えてみる。
「今日……もう日が替わったから昨日までで十一日か。嘘みたいな短さだな」
俺は荷物を自室に放り込んで、風呂に入った。中に侵入しようとする者もいないので、手早く終わる。
「そういえば、あいつは何を占ってほしかったんだろうな」
俺は体を拭いて寝間着を身に付けながらつぶやいた。それに答える者もいない。
疲れているので余分なことをする気は起きない。俺は明かりを消して、ベッドへ倒れ込んだ。久しぶりの布団からは、懐かしいにおいがした。
このベッドを使っていた者は、俺の風呂に入り込もうとしていた者は、俺の言葉に答えていた者は、今ごろどうしているんだろう。そんなことを考えた。
同時に、連れていった者の記憶が戻ってくる。
「神様、か……俺にどうこうできるわけがない」
自然と布団を抱き締める形になる。少しだけ目を上げると、闇は俺を四方八方から取り囲んでいるようだった。
(やっぱりここは、俺一人じゃ広いな)
俺は最後にそう考えて、眠りについた。
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