3

 翌日、文化祭二日目。俺は朝早くから部室の前で仁王立ちしていた。

「三人とも怒らないかな」

 横にいるポンコがおずおずと話しかけてきて、俺は鼻で笑ってみせた。

「怒るに決まっている。でも、やらないと駄目だ」

 ポンコがためらいがちにうなずいて、ずんずんと歩いてくる者たちが見えてきた。二人は隠す様子もなく足を踏み鳴らして、もう一人は無表情なのに威圧感だけは伝わせてくる。器用なことをする。

「フク、あたしの店をどこへやったんだい?」

「わたくしの店もです!」

「……私のも、なくなってた」

 二十木と亀山と黄宮。三人横並びだとなかなかの迫力だ。でも俺は気を張り直しながら三人を見渡した。通りすがりの生徒が怪訝な顔をしていることは無視。

「あれなら夜のうちに引っ込めておいた」

 いかに小さくても三組。それを一晩のうちに欠片も残さず部室まで運ぶのは大変だった。ポンコが力持ちで助かった。

「何のためにやったんだい」

「単なるいたずら、なんて言ったらただじゃおきませんよ?」

「今日は、決着を付けるはずだった」

「そうだ。今日こそあたしの勝ちを示さないといけない」

「わたくしの台詞です!」

 三人の言葉を、俺は全部右耳から左耳へすり抜けさせた。

「くだらない争いだ」

 言い切って、三人を一度黙らせる。

「他の部が和気あいあいとやっているのにうちだけもめて、面白いか?」

「それは……」

 二十木はばつが悪そうな顔をした。高校生時代最後の文化祭なんだから楽しくやりたい、という気持ちはあったはず。亀山や黄宮も反論しないところを見ると、部の仲間として願いを支えたかったはず。

 それなら人の意見を聞く余裕もある。俺は昨日考えたことを思い返した。

「どの占いが一番か、なんて考え方をしたのがそもそもの間違いだ。やる占いを一つにしておけば問題なかった」

「意味がわかりません。一つにできないからああしたのに」

 亀山が肩をすくめて、俺は後ろのドアに手をかけた。

「こういうことだ!」

「あ」

 俺がドアを開けたとき、黄宮も閃いたことがあったのか短く声をこぼしていた。



 日曜の今日は、予想どおりに客が昨日より多かった。

 俺も大変だった。始まって二時間くらいしかたっていないけど、部室にはかなりの人が来た。

「こちらは占い部の宝探し占い! 幸せへの近道を知りたい人はどうぞ!」

 俺は部室の前に立って、廊下を歩いている客に声をかけていた。自分で言った手前、精一杯に明るい声を出さないといけない。入り口の上にある〈幸せの在りかを知る場所〉の看板は、亀山が自分の店に付けていたもの。

「何か面白そうじゃない?」

「やってみようか」

 近づいてきたのは、中学生くらいの女子二人。両方とも鮮やかなシャツにデニムという姿。

「それじゃあどうぞ!」

 俺は二人を部室の中へ案内した。

 今の部室は暗幕で区切られて、田の字に分かれている。ただし部屋の大きさは均等じゃない。真上から見れば、左上の□が大きくて右下の□が小さい田だとわかる。

 入り口のすぐ内側にあるのは、右下の□。待合室のようなものなので、俺たちは0の部屋と呼んでいる。薄暗いのは、たまたまそうなっただけ。窓はカーテンで覆っているし、天井の電灯は端にあるこの部屋からどうしても離れてしまう。だけど雰囲気が出ていいかもしれない。

 俺は室内を珍しそうに見渡している二人へ説明を始めた。

「この占いは基本的に一人ずつじゃないとできません。でも、同じ年に生まれた人たちなら例外的にまとめて占えます」

「あたしたち同じ学年で、二人して七月生まれだけど」

「それなら二人でどうぞ」

 俺は1の部屋――「田」の右上――へ続く暗幕を開けた。二人が入っていって、俺は暗幕を少しだけ開けたままにして様子をそっと眺めた。

 1の部屋で待ち構えていたのは黄宮。ポンコも隅に座っているけど、目に見えて動くのは黄宮だけ。

「……こんにちは」

 黄宮が静かに挨拶して、二人に息を呑ませる。

「簡単な質問。二人の干支は」

 本当に簡単だけど、こんな訊き方が不思議な空気を作ってもいる。

 黄宮が担当しているのはいつもの戦隊放送回占いじゃなくて干支占い。生年月日に関係しているので、間違いなく〈命〉。

「ウサギ年だけど……」

「そうそう、ウサギ」

 二人がおずおずと答えたところで、黄宮はポンコとうなずき合った。

「じゃあ、さっそく隣へ」

 ウサギ年の二人は言われたとおりに2の部屋への暗幕へ近づいた。黄宮は二人が部屋の手前に並んだことを確認してから暗幕を開けた。

「あ……」

「え……?」

 二人が目を見開いて、俺は1の部屋への暗幕を閉めた。代わりに田の十字が交差している部分の暗幕を少し開けて、2の部屋を見た。

 さっきの二人は2の部屋に足を踏み入れながら、自分たちの体を眺めている。

「これ、ウサギの着ぐるみ?」

「……あたしたち、さっき着替えたんだっけ」

 二人を迎えたのは、異国の占い師ふうの姿をした亀山。

「ようこそ。あなた方にはここがどこかわかりますか?」

「ええと、縁側と庭?」

「このセット、単純なのに縁側と庭をうまく表現してる」

 二人は驚いているけど、俺や亀山にはそんなもの見えていない。2の部屋は二十木たちが使っていた店を押し込んであるだけだし、二人の服も元のまま。

 からくりはこう。1の部屋で干支を言った者は、2の部屋へ進んだところで自動的に幻の術がかかる。「タヌキに化かされて、温泉のつもりで肥だめにつかっていた」なんて昔話があるけど、ここでは着ぐるみ姿と何らかのセットが見え始める。

 子・卯・戌年なら、小さな庭のある民家。

 丑・未・酉年なら、のどかな牧場。

 寅・申・亥年なら、いろいろな動物が暮らしている森。

 辰・巳・午年なら、竜と大ヘビと白馬の王子が戦う荒野。

 十二種類じゃないのは、数が多いとポンコの負担も増すから。精巧じゃなくて張りぼてっぽいことも、ポンコを楽にするため。なお、黄宮が以前に見たヒーローショーのセットを元にしている。女子二人はそれに気づきもせず。2の部屋を眺めていた。

「一人ずつって言ったのは、干支によってセットが違うから?」

「入れ替え大変そう」

「手早く済ませるコツがあるんです」

 亀山はしれっと言いながら、持っていたものを二人に差し出した。

「これを使って、隠されたものを探してもらいます。それがあなた方を幸せへと導く品です」

 鎖の先に小さな水晶が付いた首飾り。俺は五円玉と紐にしようと思っていたけど、亀山は相談者が来たときのために部室へ首飾りを置いていた。

「やり方は簡単です。ペンデュラムを手に提げたまま歩いて、動いたところを調べるんです」

 ダウジングだ。ロッドじゃなくてペンデュラムなのは、動いたとわかりやすいからだ。

 二人はもの珍しそうにペンデュラムを受け取って、手に提げながら2の部屋を歩き回り始めた。セットによって見つけやすかったり見つけにくかったりする。

 そうたたないうちに、無意識で動かしたのかそれとも歩いた振動が偶然伝わったのかペンデュラムが揺れた。無意識でも偶然でも、生じた現象を占いの結果につなげるのが〈卜〉だ。

「動いた! ここにあるの?」

「あたしも!」

 二人はしゃがんで机の下に手を差し込む。きっと目には作り物の草か何かが映っている。

 手に取ったものはガチャガチャのカプセル。たくさん隠してあって、どこでペンデュラムが動いても見つけることができる。

 俺が黒く塗りつぶしたので、中は見えない。二人は開けようとしたけど、亀山が止めた。

「開けるのは最後の部屋へ入ってからにしましょうか」

 亀山はペンデュラムを回収して、3の部屋へ続く暗幕を広げた手で示した。二人が暗幕前に並んだところで開ける。

 俺は2の部屋への暗幕を閉めて、3の部屋への暗幕を少し開けた。3の部屋へ踏み込んだ二人は、2の部屋へ入ったときと同じように自分たちを見下ろしていた。

「……あたしたち、また着替えたんだっけ」

「着ぐるみ、面白かったね」

 待ち構えていた二十木は「そりゃよかった」と告げて、二人が持っているカプセルを指さした。

「さあ、開けてみな。中身は持ってかえっていい」

 二人が言われたとおりに開けると、中に入っていたものは小袋。一方は黄色で、もう一方はピンク色。二十木によると中身はポプリらしいけど、占いとして必要なのは外側。二十木はそれらを眺めてから少しだけ考える。

「黄色いものは金運に関係してる。そいつを家の西側に置くと、より効果アップだね。ピンク色は恋愛に関する色だから、そいつを北側に置くといいかもね」

 二十木が話しているのは風水のこと。風水には色を扱うものもある。

 あの小袋は昨日の二十木が客に配っていたおまけ。風水が〈相〉に属する占いだからこそ。〈相〉は顔や手の形だけで占うわけじゃなくて、家がどういう状態かという形も対象になる。「額にほくろがある人は幸運にあふれている」「玄関を明るくきれいにしている人は幸運にあふれている」と並べてみると同じ系統のものだとわかりやすい。

 二人は説明が終わるとお土産の小袋を不思議そうに眺めながら0の部屋へ戻って、ドアから帰っていった。これで一回りだ。

「まさか三種類の占いを組み合わせるとはね」

 二十木が0の部屋に首を突っ込んで感心顔をした。2の部屋からは亀山も顔を出す。

「しかもお客さんたちは楽しんで帰ってくれますし」

 黄宮も顔を見せたけど、すぐに振り返った。

「でも、ポンちゃんが大変そう」

 言われたとおり、この催し物はポンコの力にかなり頼っている。「幻の術は自動的にかかる仕組みだからいちいちかけ直さなくていいけど、維持し続けるのは結構大変」とポンコは語っていた。部屋を区切る暗幕も、実は亀山が使う個室のそれ。石を熊にしたときのごとく変化させて、天井から吊っている。

 わざわざ暗幕で四部屋に区切ったりせず、部室全体を幻で覆うことも――範囲を広げるだけで術の大変さがかなり増すらしいけど――本当は可能。ただしそうすると俺たちの働く部分がない。みんなで出し物をやったことにならない。

 俺が1の部屋を見ると、ポンコは真面目そうな顔で座っていた。傍目には何もしていないとしか思えないのが申し訳ないところ。

「ポンコ、何か欲しいものはあるか? おやつとか」

「ええと、食べ物より……」

 ポンコは俺の顔をちらっと見てから首を振った。

「ううん、たい焼き! カメのお菓子はもう食べ終わっちゃったし!」

 彼女なりに頑張っているのは、俺にもよくわかる。

「後で休憩するか」

「ボク、お出かけしたい! だからつぎつぎ!」

「ああ、そうだな」

 俺が廊下に出ると、もう次の人が待っていた。

「それじゃあどうぞ!」

 俺はまた0の部屋で客を迎えて、1の部屋へ案内した。その先も流れよく移動していく。亀山たち三人は張り合っていたことなんか忘れたみたいに生き生きと働いていた。

(もう、ちゃんとやっているか見る必要はないな)

 俺はそう確信したけど、もう一度だけ1の部屋をのぞいた。ポンコは俺に気づいてにっこりとしてみせる。

「ボク、もっと頑張っちゃうよ!」

 俺は健気な意気込みに笑みをこぼしかけて、とっさに暗幕を閉めた。

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