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しばらくしてから俺たちが観察し始めたのは、二十木がやっている占いだった。
廊下に設置したものは会議机。〈易〉と毛筆で書いた紙が垂れ下がっていて、前後に椅子が一脚ずつ。
向かいの教室は出入り口に〈ハムカフェ〉という看板を付けている。喫茶店の店員がハムスターの着ぐるみ姿で、客は子供や女子生徒が中心。
(今、〈踊るハム捜査線〉とかいうハムスター警察ドラマが大人にも子供にも人気らしいからな。かわいいだけでなくタイムリーでもあるわけだ)
俺は見たことがないけど、部室で亀山と二十木が話しているのは聞いたことがある。
〈ハムカフェ〉から和んで出てきた者の中には、食休みがてら話でも聞いてみるかと二十木へ近づいていく者もいるみたいだ。相談者の手相を見ている二十木は、易者の格好。
「こういう形の太陽線は珍しいね。すごく運がいい印だよ」
俺は相談者が列を作っていることに気づいて驚いた。
(結構繁盛しているんだな)
〈ハムカフェ〉のおこぼれだけでやっているわけじゃない。後ろの壁に貼ったポスターでは〈手相で見る、あなたに最も適した恋愛〉とか絵入りで説明していて、通りすがりの同年代から注目されやすくしている。
(美人なのに易者姿ってのもギャップでいいのかも。あれ?)
二十木は帰りがけの相談者に手渡しているものがあった。
「これは運をコントロールするお守りだよ。持っていきな」
ピンク色や緑色の布でできた小袋。手のひらの半分くらいの大きさで、いかにも手作りっぽい。二十木は手先も器用なのかもしれない。
(あのおまけは、多分……亀山のお菓子とは全然違う)
俺は二十木と相談者を見ているうちに気づいた。
(どうしてこんなに男が多いんだ。いつもなら部に来るのは女ばっかりなのに)
相談者に注目していると、理由がだんだんわかってきた。やけにデレデレしながら二十木に手相を見られている。
「部長の占い方、いつもと違うね。男の子だと人相を見るのに」
ポンコも不思議そうに二十木を眺めていて、言われてみればそうだと俺は気づいた。
いかにも手相を見る過程で手を握ってほしいだけの男子生徒が部室へ来ると、二十木はすぐに察知する。そして手相を見ず、目をつむらせて人相で運勢を判断する。妙な期待をしても無駄だとわからせるためだ。
部室へ占ってもらいに来る者全体で見れば、ミステリアスな見た目のタロット占い辺りを希望する者が多い。つまりタロットカードで占う亀山に比べて、手相や人相で占う二十木は忙しくない。なのに今日は客が二十木の下へ次々来る。
(目をつむらせて人相を見るよりさっさと手を見てしまった方が速くて流れもよくなるんだろうな。そうすればたくさんの人を占ったことになって、勝ちに近づく)
その結果として、二十木ファンが喜ぶことになっている。
(下心ありの連中ばっかり来ているなら、占いで注目されているとは言えないな)
俺たちは校舎の入り口へさしかかった。とは言っても俺たちがいつも使っている下駄箱じゃなくて、普段なら来賓が通る玄関のことだ。今日も校外から来た客はここから中に入る。
その近くに、やたらと人のたむろしているところがあった。
「そんなに面白いことをしているのか?」
どこのクラスだと俺は考えたけど、クラスでやっているんじゃないと気づいた。集まっているのが子供ばかりだということも。
「まさかこれ、黄宮の戦隊放送回占いに集まっているのか?」
男の子も女の子もたくさんいる。俺は人だかりの中心を見ようと背伸びした。子供だけならそんなことをしなくても頭越しに先が見えるけど、親もいるからなかなか見えない。
「リョク、あっちを見たいの?」
ポンコがそう言うと、俺の体はいくらか上がった。
「これでよく見えるよね!」
ポンコの声が俺の股の間から聞こえる。俺はポンコから肩車されていた。
「力も結構あったのか。知らなかった」
「準備中のリョクが『重そうだから俺が持つ』って言ってたから、教えられなかったんだよ」
「だよな。次からもっといろいろ頼むか」
俺は苦笑いするしかなかった。女の子から肩車されていることに絵的な奇妙さがあるからでもあるし、視界の変化がそれほどないからでもある。
肩車によって変化する高さは、「肩車する人の肩までの高さ」から「肩車される人の股下までの高さ」を引いた値。つまり小柄なポンコが肩車してくれてもたかが知れている。それでも多少は変わったので、俺は人だかりの中心が見えるようになった。
会議机のそばにいる黄宮は、その名に反してやたら赤い姿。バイクに乗る者が使うツナギのような服を首から下に着けている。何らかの戦隊に出てくるキャラクターのコスプレなんだろう。暑さは亀山以上のはずだけど、いつものように表情一つ変えない。
壁に貼っているものは今やっている戦隊のポスター。戦隊の放送時期と年齢の対応表もある。子供たちは黄宮の前に並びながらはしゃいだ声を放っていて、俺にもキンキン聞こえる。
「ちょっと見ただけじゃ占いとわからないな」
子供が机前の椅子に座って生年月日がいつか告げると、黄宮はいつものノートから一冊を選んで広げる。生まれた日に一番近い放送回の内容を見て、浮かんだインスピレーションから占いの結果を伝える。
「戦隊を客引きの餌にしていると言えるか? でも戦隊で占うんだしな」
言ってみれば占い方の珍しさが注目を集めているようなものだ。
「この調子だと黄宮の勝ちか」
「そうだよね。男の子も女の子もいっぱいいるし」
「男も女も……?」
ポンコの一言を聞いた俺は、矛盾点に気づいた。
「戦隊ファンは黄宮みたいな女もいるんだろうけど、ほとんど男のはず。どうしてここに女の子もたくさんいるんだ」
戦隊に興味はないけど占いには興味があるから集まっている、という可能性は低い。占いが好きなだけなら、もっと占いっぽいところへ行く。
「女の子が気になるものもあるのか」
俺は机の隅から垂れている紙に気づいた。
〈プ○キュア占い〉
「プ○キュアって、日曜の朝に戦隊とかの後でやる女の子向け漫画か」
壁を見ると、戦隊だけじゃなく女の子向け漫画っぽいポスターも一枚だけ貼ってある。
「そういえば黄宮が『プ○キュアでも占えるように研究中』とか言っていたっけ。戦隊と違って十年も続いていないから年齢制限が強いけど、少しずつDVDを見ていて……」
俺はつぶやいているうちに気づいた。集まっている女の子には、どう見ても十歳より上の者がいる。その年だと占えないはずなのに。
「……なるほど、そういうことか」
〈プ○キュア占い〉と書いてあるところの近くに六角柱の入れ物があって、壁のポスターと同じような絵が貼られている。
女の子はそれを振って、中の棒をスリットから半分飛び出させる。きっと大吉とか小吉とか書いてあるんだろう。くじそのものはパーティーグッズの店に行けばありそうだ。
「くじにプ○キュアの絵が貼ってあるからプ○キュア占いってか」
戦隊みたいに放送回で占えないのは、DVDを見るのが間に合わなかったからかもしれない。戦隊は親兄弟がファンなので録画があるらしいけど、そうじゃないプ○キュアは違うはず。それならレンタルせねばならず、ずっと借りられていたら見ることができない。
「ポンコ、もう十分だ」
俺が告げると、ポンコは疲れた様子もないまま下ろしてくれた。
「ミヤの勝ちなの?」
「いや」
やや冷めた声で返す。
「あいつらは〈相〉がいいとか〈卜〉がいいとか言って勝負を始めただろ。戦隊放送回占いは生年月日で占うから〈命〉だけど、くじは吉が出たとか凶が出たとかって現象で占うから〈卜〉。つまり黄宮は〈命〉で勝負していることにならない」
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