2-1

 土曜日の朝、俺は〈第×回O高校文化祭〉と書かれたアーチを潜って登校した。

(やっと始まった……)

 俺たち生徒だけじゃなくて、生徒の家族や近所の人も大勢集まっている。校門から校舎へたどりつくまでの間にも模擬店が並んでいて、生徒たちは〈お好み焼き〉〈ポップコーン〉などと書いた段ボール紙のプレートを掲げて早くも客引き合戦を繰り広げていた。

(去年はクラスの出し物を手伝うことすらほとんどなかったけど、今年は違いすぎた。何が『心配ご無用』だ)

 実際にセットを配置し始めると、足りないものがいくつもあった。黄宮のちょっとした扮装とは訳が違う。俺は手伝いのためにあっちこっちへ奔走する羽目になった。それが三人分だ。俺を煙たがる亀山も、こういうときに限っていろいろ注文してきた。

(仮入部でも部員を増やそうとしたのは、手伝いのためじゃないだろうな)

 そんなことまで思い立ったけど、俺が仮入部する辺りでは三つもやると決まっていなかったはず。

(今日も判定役とやらをしないといけない)

 他の出し物を眺めるついでに観察しようと、俺は心の中で決めた。どうせ俺を引き回しそうな者が隣にいる。

「すごいね! いつもの学校と全然違う!」

 ポンコは子供みたいな顔で店の列や人混みを眺めている。俺と同じで手伝いが大変だったはずだけど、もう忘れたみたいだ。

「ねえ、リョク! あっちにあるお店を見てきていい?」

「いいけど、はぐれないようにしろよ。こづかいは渡しておいたよな?」

「うん、大丈夫!」

 すぐにポンコは駆けていった。普段どおりの巫女装束だけど、今日はお祭りということで多少の妙な格好も大目に見られそう。自由行動も許していいはず。

(福狸神社の祭りとは雰囲気が全然違うしな)

 そうたたないうちにポンコは戻ってきた。俺はその姿を見て呆気に取られた。

 左手に持っているものは焼きそばやお好み焼きの容器が入っていそうなビニール袋。右手には水ヨーヨー。側頭部には何かのキャラクターのお面。

「……で、こづかいはあといくら残っているんだ」

「あー!」

 俺がやっと発した問いかけに、ポンコは声を上げた。焦った目を買ってきたものと俺の顔に動かす。

「で、でも、明日の分は別にしてあるから!」

 本人も反省しているみたいなので、俺はあまり深く考えないことにした。

「とりあえず、いろいろ回ってみるか」



 俺たちが通りすがった教室では、写真が展示されていた。写真部じゃなくて、あるクラスの出し物だ。

 写真部と同じことをしても見劣りするだけとは、このクラスの者もわかっている。だからテーマを絞ることにした。それを主張するべく設置した看板には、〈セーシュン写真館〉の文字。

 青春的なスポーツの写真なんかを展示している――ということになっている。でも実際のメインは彼氏持ち彼女持ちの写真。それを集めたアルバムが何冊かこっそりと置いてある。

 中にはいちゃつきすぎてかなりきわどい写真もある。そんなものの展示が許可されるわけないから、表向きには正体を隠している。

 先生が来ないか見張る役や、来たときにアルバムを隠す役まで作っている。出し物の名前も方針がわかりやすいものにしたかったけど、それも許されるはずがないから青春なんて青臭いものを選んだとか。

 何と言うか、俺のクラスの連中もよくこんなにバカで無謀なことを考える。俺とポンコが一緒に住んでいると知られていたら、撮影と冷やかしのためにアパートまで押しかけてきていたかもしれない。

(とりあえず亀山の占いだ)

 俺は〈セーシュン写真館〉の向かいにあるものを見た。衝立と暗幕で作った個室――つまり部室にあったものがここに移されている。

(亀山は普段からあの個室を一番よく使っているんだよな)

〈占い〉と書かれた看板に怪しげな雰囲気の文字で〈幸せの在りかを知る場所〉と添えてあって、入り口に何人かの女子生徒が並んでいる。〈セーシュン写真館〉で恋愛欲を刺激された者が亀山の占いを聞きに来て、亀山に恋愛相談をした者が〈セーシュン写真館〉を見に行く。互いの客を増やしているというわけだ。

 ポンコは暗幕の個室をまじまじと見ていた。普段と違う場所にあることが珍しいんだろう。

「カメは今日もあの中でいつもどおりに占ってるの?」

「ちょっと違うらしいから、見てみるか」

 この暗幕は穴の空いたところがあって、そこを引っ張れば中をのぞくことができる。何年も使って古びたせいだ。放置しているのは、正面側じゃなくて目立たないから。

 俺は個室の裏に回って、そっと穴を広げた。中の明かりは小さな電球だけで、制服姿じゃない亀山がぼんやりと照らし出されていた。

 本人曰く、異国の占い師ふう。ドレスのごとき紫色の服の上からマントを羽織って、薄布で顔の下半分を隠している。暑くないんだろうか。しかも亀山がずっといるのは閉め切った個室だ。勝利への執念で堪えているのかもしれない。

 亀山の前には布をかけた机。布を外せば教室の机、ということは雰囲気が崩れるので絶対秘密なんだろう。

 机の向こうには一年の女子生徒。ハラハラした様子で座っている。

 亀山は机の上でタロットカードを並べていた。伏せたそれらの何枚かを表にして、わざとらしくゆっくりした動きで相談者に顔を上げる。

「恋を成就させるのはあなたの優しさ。向こうがすぐに反応することはありませんが、やがてあなたの大切さに気づき……」

 淡々と占いの結果を続ける。俺には当たり障りのないことを話していると思えるけど、「そこそこ都合のいいことを混ぜて、アドバイスを聞く気にさせる」とか考えながら語っているそうだ。ただ、この相談者は「そこそこ」じゃ落ち着かないみたいだった。

「すぐに何とかする方法はないんでしょうか。呪いとか」

「これは根気がいることです。深い優しさを持つあなたなら待つことが可能のはずです」

 恐ろしげな言葉が出たけど、亀山は眉をひそめることもなく答えた。どういう表情になるかも向こうの反応を見ながら、らしい。

「とりあえずお菓子でも食べて落ち着いてから、今の話を思い返してみるといいでしょう」

 亀山は女子生徒にほほ笑みかけて、脇に置いていた箱から紙袋を出して手渡す。

「何だあれ」

「リョク、いいにおいがするよ」

「まさか……」

 俺はポンコと入れ替わりでのぞき場所から離れた。ポンコに言われて思いついたことがある。

 入り口をよく見ると、個室を設置したときにはなかった張り紙がくっついていた。


〈ヒミコ堂の新作スイーツおまけ付き〉


「カメが持ってくるお菓子、おいしいんだよね。家が大きなお菓子屋さんなんだっけ?」

 ポンコが暗幕の中を見ながらもの欲しそうな顔をする。

「お菓子いいなあ、ボクも占ってもらおうかな。もちろんリョクにもそのうち占ってもらうけど、それとは別に」

「本当に占ってほしいわけじゃないなら意味がないだろ」

 順番待ちしている者の話をこっそり聞いてみると、「あそこのなら欲しいよね」とポンコみたいなことを言っていた。食べ物狙いの者もいるということだ。

(お菓子は占いと全然関係ない。おまけとして考えても、家の売り物なんて大きすぎる)

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