第四話 宴

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 動物園の騒動から二日空けた水曜日も、俺は授業が終わると占い部の部室へ行った。

 鍵は受け取っているけど、使う必要はなかった。ここ数日、留守番のような者が朝からずっといる。

「あ、リョク。授業お疲れ様」

 今週になってからのポンコは登校する俺に透明状態でついてきて、部室で授業の終わりを待っている。占い部に何曜日活動という決まりはなくて、部員は来たいときに来たらいいけど、俺はポンコを迎えに来ないといけない。

 それに教室では俺を見る目が変わってきている。何人ものクラスメートに「福分は女に巫女服獣耳尻尾なんてコスプレさせて何をしているんだ?」とか朝から帰りがけまで訊かれて鬱陶しい。よく一緒に帰る水野も同じようにしてくる。だから俺としても噂をする連中が帰るまでここで落ち着いていきたい。どっちみち今日は占い部自体に集まる事情がある。

(黄宮も強制じゃなかろうと来そうだ)

 室内には黄宮もいた。

 ポンコは椅子に座っていて、その後ろに立っている黄宮はいつか二十木がやっていたように指先をタヌキ耳の後ろでコリコリと動かしている。この行為もいつもどおり。

「どう」

「かなり気持ちいいけど、部長の方が上手かな」

「……頑張る」

 ほどほどにしてくれと俺は言いたかった。ポンコは味を占めてアパートでもやってほしそうな顔をするし、今もねだるような目を俺に向けている。俺は引きつりながら気づかない振りをしておいた。

「よう、みんな。元気?」

 明るく入ってきた二十木は、部室の中をきょろきょろと見渡した。

「あれ、カメがいないね」

「わたくしはここです」

 すぐ後に亀山が続いた。俺と同じクラスだから同時に終わったけど、いつもわざと時間をずらして来る。

(今度の土日は文化祭だから、今日は打ち合わせだろうな。亀山が俺とまともに話してくれていたら、いろいろ頭に入れておけたはずだけど)

 俺は去年の亀山たちが何をしていたのか覚えていない。注意して見ていなかったせいだ。

 去年の俺は、「心ときめくことがあるのは一部の生徒だけ」なんて考えながら水野たちとうろついて終わりだった。仮入部とはいえ占い部にいる今年は違うはず。

 何日か前の俺なら部で何かをするのは面倒だと考えていた。今の俺がそう思わないのは、ポンコと会って魔物の悲しい真相を見たからかもしれない。



 二十木は向かい合わせた会議机に俺たちを着かせて、普段は隅に追いやっているホワイトボードを引き寄せた。

 そこにはもう字が書かれている。ただしここ二・三日のうちに書いた雰囲気の字じゃない。ところどころかすれたり、汚れのような黒い点が付いていたり。俺が初めて見たときにはもうこの状態で、どうしてこうなっているんだろうと思っていた。

「さあ、今日こそ決めるよ!」

 二十木がホワイトボードを叩いた。

「今度の文化祭、どこで活動するか!」

「まだ決まっていないんですか?」

 俺は思わず言ってしまった。

「文化祭までには木金の二日しかない。準備は大丈夫なんですか?」

「それは心配ご無用。例年どおりのセットを配置するだけだから。何通りかあって一日目と二日目で入れ替えたりもするけど、小さいからすぐにできる」

 二十木が平然と言い切って、俺の真正面に座っている黄宮がうなずいた。

「フク先輩の勧誘に使ってたやつ」

「ああ、校門とかでやっていたあれか」

 あのくらいならすぐに準備できそう。でも俺には出された議題が悩むべきことと思えなかった。

「やる場所はここだと思っていたのに」

 二十木が眉間に皺を寄せる。

「部員が多かったころはそうしてたらしいけど、ここ何年かは廊下の隅にセットを置いてやってるんだ。それなら少人数でやりやすいし、辻の占いみたいだろ?」

「それでも場所は生徒会が決めるんじゃ」

「何せセットが小さいから、融通が利くんだよ」

 そこまで話した二十木は、ホワイトボードの〈タキ案〉と書いたところをマーカーの先でつついた。キャップをはめているので、字がこすれるように消える。かすれているのはああやってしまったから、点が付いているのはキャップを外した状態で触れた跡だ。

「あたしは金運がいいやつの隣でやるべきだと思う」

「それは違います」

 俺の斜め前にいる亀山がすぐさま遮った。

「わたくしの占いによると、占い部と相性がいい部のそばでやるべきです。そうすれば互いの幸運を高めることになります」

「待って」

 黄宮が淡々と口を挟む。

「この部の生年月日で占うと、いいのは明らかに出入り口そば。大勢の目に触れるところ」

 ホワイトボードには〈カメ案〉〈ミヤ案〉とも書いてあって、横には違う場所の名前が並んでいた。

「占いの結果がバラバラだったわけか。どこでもいいじゃないですか」

「そうはいかない!」

「よくありません!」

「……駄目」

 三人はそれぞれに主張。俺を引き下がらせて、にらみ合いを始めた。

「やっぱり道の脇で占いって言えば〈相〉なんだよ。手相を見る易者とかイメージしやすいだろ?」

 道具がほとんどいらないから、文化祭の出し物としては準備が簡単でいい。

「筮竹で占う方のことをわざと忘れているのではないですか? 道の占いと言えば〈卜〉です。それに占いは道具による印象も大事です」

 道具を使った方が人の目を引きやすい、というのは俺にもわかる。

「固定観念はよくない。私たちの世代が触れやすい占いは〈命〉。星座占いとか、動物占いとか、戦隊放送回占いとか」

 最後に奇妙なものが付いていたけど、一番触れやすいという点は正しい。

(どういう占いをするかでもぶつかっているのか。一日目と二日目で入れ替えるとしても二種類までだから、一人あぶれる。どれもいいって気がするのにな)

 三人もそれぞれに自分の意見がいいと思っているからこそ、こんなギリギリまで会議をしている。

「占いには直感が大事だけど、それだけでもない。占いは統計でもある。そんな部分を活用するためには〈相〉がいい。だから〈相〉に従って場所を決めるべきだ」

「必ずしも統計どおりとは限りません。そのときごとの最適行動を見つけるためには〈卜〉が一番です。よって〈卜〉で決めねばなりません」

「〈命〉は宿命を占うもの。占いの根幹。だから中心として考えるべき」

 とはいえ、同じ話を繰り返してきたと思うとうんざりしてくる。

「それなら、いっそこうしませんか? わたくしたちで占い勝負と! どの占いが最も優れているか、文化祭のときどれだけ人に注目されるかで決めるんです!」

 亀山が言い放つと、二十木が口角を上げた。

「面白いね。どうせ小さいから三ヶ所同時でも確保できるはずさ。いや、させる!」

 どこでもOKと言われているのなら、「どこもOK」でもあるのかもしれない。

(話がずれてきていないか?)

 俺が想像していた文化祭とは違いすぎる。占い部だからやることは一つしかなくて、それをここでやると思っていた。

(何にしても俺は占えないから、手伝い以外での参加はできないけど)

 動物園で久しぶりに占いを成功させた俺は、今日までにいろいろなことを占おうとした。でもまた占い方すら思いつかなくなっていて、どうしてあのときだけ大丈夫だったのかはさっぱりわからない。

 俺が考え込んでいる間も、二十木は堂々と胸を張っていた。

「〈相〉が最高とわからせて、あんたらには手相入門を一冊丸々暗記させてやるよ!」

 亀山が負けじと高笑いする。

「皆さんこそ、筮竹の使い方を死ぬまで忘れないくらいに叩き込んであげます!」

 女の子っぽくタロットカード辺りにしてやれと俺は思ったけど、罰ゲーム的な話だからこそああ言っているんだろう。

「戦隊中盤の中だるみ回、連続視聴」

 黄宮も短く続けて、文化祭の方針はどうにか決まったみたいだ。最初の予定とはかなり違うはずだけど。

「はい! 文化祭って何?」

 今ごろになってポンコが手を上げた。ずれすぎだ。

「学校で祭りがあるんだ」

 俺が教えると、ポンコは目を輝かせた。

「学校でそんなことをするなんてすごい! お神輿出るかな?」

「……そこまではなかったと思う」

 間の抜けた空気に包まれている俺たちと違って、亀山と黄宮と二十木は火花を散らせながら挑発し合っていた。いつまでたっても終わりそうにないので、俺は椅子から腰を上げた。

(みんな一緒にやるわけじゃないってことか。もめたいなら勝手にやってくれ)

「おっと、フク。まさか自分が蚊帳の外なんて思ってないだろうね」

 二十木は俺の思考を読み取ったようにニヤリとしていた。

「あんたら二人には判定役をしてもらう!」

 俺は今度こそ面倒臭いと考えてしまった。

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