3

 俺たちはまた茂みの中で顔を突き合わせていた。状況は振り出しに戻っている。

「あたしらの占いじゃイマイチだね」

 二十木が苦笑いして、俺は飴に夢中の熊をこっそり見ながらため息をついた。

「さっき亀山がスパッと見つけられたらよかったのに」

「そんなに言うのなら、あなたがやればいいんです!」

 亀山は俺に鋭い声を返した。すぐに二十木が手を伸ばして制する。

「あたしはフクに占いを頼むつもりなんてないよ。もうやめたらしいしね」

 確かに部室でそういう話をした。でも俺は何もしないことに抵抗があった。

(この原因を作ったのはポンコなんだよな)

 袖を引かれたので目を動かすと、黄宮が百均にありそうなメモ帳とボールペンを俺に差し出していた。

「ここでやんなきゃ男が廃る」

 俺は押されるようにメモ帳とボールペンを受け取ったけど、心の中には闇が渦巻いている。

(俺の占いは当たらないんだ)

 試験のヤマ当てに失敗してからのことがいくつも戻ってきた。

(切羽詰まっている今ならどうにかなる? そうとも限らないか)

 元々俺は切羽詰まるようなときに占っていなかった。同級生から日常的なことを訊かれるのがほとんどだったからだ。大人が込み入った相談をしに来るのは、親父が「いい年の大人が子供に頼るな」とか言ってシャットアウトしていた。

「ん……あ、おはよう」

 倒れていたポンコがやっと目を開けて、起き上がった。

「あれ、ここどこ? ボク、何してたんだっけ」

 あちこちを見て、自分が森の中にいると気づいて、目を大きく見開いて――

 ――叫ぶ前に、二十木がポンコの口を手で押さえた。

「さっきのわんちゃんはもういないよ。だから落ち着きな」

 大きな声を出したら熊の気を引いてしまう。二十木はしばらくしてポンコが冷静さを取り戻すと手を離した。ポンコは葉の間から熊を見て、たもとを探る。

「あれ、お守りは」

「先程、あなたが放り投げたんですよ。この辺りに飛んでいったはずですけど」

 ポンコは亀山の冷めた言葉を聞くと、露骨に動揺して辺りをきょろきょろ見始めた。

「どうしよ。あれがないと熊さんを消せないよ」

「心配いらない。今からフク先輩がお守りの在りかを占う」

 黄宮が小さな声で断言して、俺は口の中に苦みを感じた。

「ちょっと待ってくれ」

 さっきのメモ帳とボールペンを見下ろす。

「俺、今は占えないんだ。全然当たらないし、同じ方法を二回使っても駄目なのに新しい占い方を思いつくこともない。黄宮は俺が天才占い少年って呼ばれていたことを知っているみたいだけど、ここ数年は噂を聞かなかっただろ?」

「だから高校で何一つ占わなかったんですか?」

「そういうことだったのかい」

 亀山と二十木が驚き顔になって、黄宮も少しだけ眉を動かしたように見えた。三人とも俺が占えなくなったことまでは知らなかったみたいだ。

「だから俺を入部させても戦力には」

「大丈夫!」

 ポンコはいつの間にか戻した明るい顔で俺を見上げていた。

「リョクなら絶対に当たるよ! この前も大当たりだったし!」

 あの占いでひどい目に遭ったと覚えていないかのようだ。

「あれはどう考えても当たりなんかじゃない」

 俺はすぐさま反論した。ポンコはキラキラした瞳をちっとも陰らせない。

 しばらくの間、俺はポンコと顔を向け合っていた。こっちとしては視線で争っているくらいのつもりなのに、あっちは期待のまなざし。俺は根負けして目をそらした。

「……当たるとは思えないけど、とりあえずやってみる」

 すぐポンコが万歳しかけて、二十木が押さえた。黄宮は静かなまなざしで、亀山は疑念のあるまなざしで、俺を見ている。

(今回はせめて手順くらい守るか)

 俺は足もとにあったものを見下ろした。

「木の枝がどっちに倒れたかで占う」

 ボールペンでメモ帳にいくつかの選択肢を書きながら、いかにも前やっていそうな占い方だと考えた。ちっとも新しい気がしない。

 でもやめることはできない。メモ帳をポケットにしまってから顔を上げると、みんなから注目されていた。俺はげんなりしながら木の枝を拾って、一端を地面に付けて立てた。

「それじゃあ頼むよ!」

「いざ」

 二十木と黄宮がそれぞれに告げた。

「そんな方法でいいんですか?」

 亀山は相変わらず疑り深い目。

「大丈夫だよ! きっと当たるから!」

 ポンコは俺を少しも疑わない。

 俺はいろいろな感情を受け止めながら枝を放して――倒れたのは俺から見て前。

「結果は?」

 二十木が問いかけてきて、俺はポケットから取り出したメモ帳をみんなに見せた。何を書いたか覚えているので、動きが緩慢になる。


〈前→木の下 後ろ→木の上 左右→それ以外〉


「木の下だね!」

 ポンコは嬉しそうだけど、亀山は鼻で笑う。

「大雑把すぎるでしょう。大体、下はわたくしもダウジングしながら結構見ていました。でも見つけられませんでした」

 それは占っているんじゃなくてただ探していただけだと、俺は言いたかった。

 一方、ポンコは俺の迷いも亀山の疑念も気にしていないみたいだった。

「ちょっと探してくる! なくしたのはボクだし」

「待て!」

 俺は止めようとしたけど、ポンコは茂みから出た。

 熊はすぐポンコに気づいて、イノシシのように突っ込んでいく。相手が創造主でも関係ないみたいだ。さっきの怒りがまだ残っているのかもしれない。

「よっと!」

 足場が悪いのに、足にあるものは草履なのに、ポンコはジャンプした。熊をちょうどまたげるくらいにだ。熊は先にあった木へ頭から激突。

「捜しものしてるから、邪魔しないでね」

 身軽に着地したポンコは、地面を見ながらうろつき回る。

「どこかな~、どこかな~、なくなったお守りどこかな~」

 口ずさんでいるのは即興の歌らしい。熊はそんな余裕が面白くないのか、余計に怒ってポンコへ向かっていく。

「邪魔したら駄目だって」

 今度のポンコはさっきと逆にしゃがんだ。熊の股下を潜る。熊は地面に鼻先から滑り込んで、目を更にぎらつかせながら起き上がった。弱い生き物ならショック死しそうな形相でポンコに襲いかかる。

「言ってもわかってくれないの?」

 ポンコは朱色の袴と白い袖をなびかせながら、身を少しだけずらした。紙一重で熊をかわして、背中を押す。闘牛をしているみたいにも見える。

 熊はよろけて木にぶつかった。よっぽどの勢いだったのか、木は大きいのにかなり揺れた。

「今、何か見えた」

 黄宮がつぶやいて、二十木がニヤリとした。

「葉っぱ以外のものも落ちたね?」

「あった!」

 ポンコは嬉しそうな顔でそれに飛びついた。少しだけ俺たちに見せてくれた、朱色のお守り。

「熊さんここまで!」

 ポンコがお守りを握ると、熊は急に動かなくなった。そのまま霞のように消えて、最初の葉っぱと石が残る。

「助かった……」

 俺は深く息を吐いた。亀山も同じようなものだったけど、俺をじろっと見る。

「お守りは木の下じゃなく上にあったみたいですけど」

 冷たい言葉に、俺は心臓がちくりと痛んだような感覚を認めた。それなのにポンコは輝くような笑顔で俺を見る。

「リョクが言ってたとおり木の下で見つけたよ! リョクの占いが当たった!」

 亀山がきょとんとして、二十木が大笑いし始めた。

「違いない! ポンが見つけたときのお守りは木の下にあったよ!」

 黄宮も表情に乏しい顔で「さすが天才占い少年」と言っていたけど、俺は亀山と同じく呆気に取られていた。

(ポンコのやつ、また俺の占いが当たったことにしたのか)

 あの熊が木にぶつからなかったら、お守りは木の下になかった。ポンコがいたから当たりになった。

 そう思うと俺の心には温かいものが浮かんだ。占いが当たったからじゃない。ポンコが俺の占いを当たると信じてくれたからだ。



 熊から襲われているうちに時間がたっていたし、かなりの体力を消耗してしまったので、二十木が言っていたフルコースの続きをする余裕はなかった。

 でも二十木が「予定してた休憩所までもう少し」と言うので、そこまで行って弁当を食べた。食後はバス停までまっすぐ向かった。

 帰りのバスで俺たちは全員寝た。二十木と亀山が携帯電話で目覚ましをかけていなかったら、降りるバス停を逃していたはず。

「それじゃあ、明日は各自しっかり休んで月曜はちゃんと学校に来ること!」

 バス停で降りて、校内の自転車を校門まで出したところで、二十木が俺たちに言った。

「絶対に登校してみせます」

 亀山が肩をすくめて、ポンコに半眼を動かす。

「こんな調子で本当に福を分けてくれるんですか?」

 ポンコが息詰まった。『絶対に登校する』というのは亀山にとって「休むこと=騒動に負けたこと」だからこそだと俺は悟った。

 確かに、ポンコが熊を出したりお守りをなくしたりしなければ起きなかったトラブルだった。ポンコもそれがわかっているんだろう。どう返事したらいいか困っている様子だった。

(ポンコは俺のことをかばってくれたようなものだしな)

 俺はそんなふうに思ったから、手を自然に動かしていた。ポンコの頭に乗せる。

「分けてくれるに決まっているだろ。うちの神使には御利益があるんだ」

 ポンコが俺を見上げた。俺はその顔が少し視界に入っただけで、嬉しそうな雰囲気がやたらまぶしいもののような気がした。目を合わせていられず、亀山にからかいの視線を向ける。

「お前だって、こないだ参拝しに来ていたろ」

「この辺りで一番大きいのが福狸神社だからです! あなたと関わりがあるところに好きこのんで行くわけがないでしょう! お願いした新入部員もまだ来ていませんし!」

 亀山がまくし立てて、俺は「じゃあ俺が正式に入部したら叶ったことになるのか」と言いかけた。黙っていたのは、告げる前に二十木が仲裁に入ってくれたからだ。

「焦りなさんな。福は一日にしてならずさ」

 売り言葉に買い言葉で入部が決まっても面白くない。それに俺はこれで入部入部と言われるのも終わりかなと思っていた。

「今日のことで、俺が占えないってわかったはずです。だから俺を入部させても」

「今日はここで解散! フクにポン、部で活動したいことがあったら遠慮なく言いなよ? 顧問の田村ちゃんにはあたしから話しとくんでさ!」

 二十木は俺を遮るように言って、不満そうな亀山と無表情の黄宮を連れて帰っていった。

(占い以外の目的でうろつくだけのやつは鬱陶しい、じゃなかったのか?)

 そのとき俺はもうポンコの頭から手を離していたけど、ポンコはまだ俺をにこにこと見上げていた。

「リョク、ありがと!」

「俺は大したことをしていないだろ」

 やっぱり俺は目を合わせられなかった。

「亀山はいつもあんな調子なんだ。気にしない方がいい」

「うん、わかってる。一緒にお出かけした友達だし!」

 ポンコは楽しそうに言って、俺の腕に自分の腕を絡みつかせる。

「ボクたちも帰ろうね!」

「わかっているから離れろ!」

 俺はとっさに振りほどこうとしたけど、ポンコはタコのようにくっついてなかなか離れなかった。

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