2-2

 俺たちはまた飴玉を餌にして、別の茂みに隠れた。ポンコはまだ気を失ったまま。

「さっきのお守りを見つけないと……たしかこっちの方に飛んでいったはず」

 俺は葉と葉の隙間から外を見ながらつぶやいた。

 お守りを探したいけど、飴玉を食べ終えた熊がこの場所に近づいてきたり遠ざかっていったりしている。ゆっくり探していたら危険だ。しかもここには草が生い茂っていて、葉も枝にたくさん生えて屋根のごとく陽光を遮るので、探しものは難しい。

「あ」

 突如、黄宮が声をこぼした。全員の目が集まるなか、指を伸ばす。

 そこにあったものは、いかめしい文字を刻まれた石碑。形が奇妙で、背伸びした牛みたいだ。

「目的地に着いた」

「そうですねよかったですね!」

 亀山はイライラと吐き捨てた。二十木はまだ余裕の笑みをこぼしていて、亀山と黄宮の顔をのぞき込む。

「依然として面白い状況だよ。あたしらは占い部なんだから、こういうときこそ占いで解決するべきだ。捜しものなんて占いの真骨頂じゃないか」

 言っていることそのものは正しいと、俺は感じた。ただし何ごとも状況によりけりだ。

「今はそんなことを言っている場合じゃないですよ」

「わたくし、挑戦は受けますよ?」

「……負けない」

 意外にも、亀山も黄宮もやる気みたいだった。自分たちのリュックを探り始める。

「お前たち、マジかよ?」

「マジ」

 黄宮が取り出したものは使い込まれたノート数冊。戦隊放送回占いの道具だ。

「誕生日や出身地での占いは〈命〉と言って、一日・一月・一生など期間ごとでの運の傾向を見ることがほとんど。もの捜しに使われることはあまりない」

〈命〉でよくあるのは星座や生まれ月での運勢。テレビや新聞の占いコーナーだ。

「全員の運勢を見て、ラッキーポイントからお守りの見つけ方や在りかを割り出す」

 ノートは表紙に〈H六・七年度〉〈H八・九年度〉と書いてあって、黄宮は付箋が挟まれたページを見比べ始めた。どうやら部員の誕生日を押さえてあるらしい。俺が横からノートをのぞいてみると、放送された話のあらすじや見どころ、登場した怪人の特徴などいろいろなことが手書きで記されていた。

 生年月日に一番近い放送回で占うので、これも〈命〉。星座占いが一年を十二分割しているのに対して、この占いは放送回数――ほぼ一週間ごと――で更に細かく分けているというわけ。

「これが放送されたころって、黄宮はまだ生まれていないだろ」

「親父さんや兄ちゃんたちがファンらしくてさ。一緒に見てたらミヤまでファンになって、昔の録画まで見始めて、話の内容から運勢を閃くようになったとか。あのノートに書いてあることは、どういう話だったか思い出すためのキーワードだよ」

 二十木がささやくように教えてくれたところで、黄宮がノートから顔を上げた。

「部長、赤。カメ先輩、勝負。フク先輩、牛。私、歌」

 バラバラだ。黄宮はノートをリュックにしまってから、しばらく考えていた。

「赤いものを身に付けて、歌いながら牛と勝負する。そうしたらお守りが見つかる」

「それは組み合わせただけだ!」

 俺はすぐさま突っ込んだ。黄宮は動じる様子もなくポンコを見る。

「ポンちゃんの生年月日も加味した方がいいかも」

「日にちは知らないけど、百九歳らしいぞ」

 呆れながら教えてやると、黄宮は少しだけ眉を動かした。それだけでも珍しいことだ。

「戦隊放送回占いが通用するのは、放送されていた時期に生まれた人だけ。百九年前は無理」

「はいはい。ここはやっぱりわたくしの出番ですね」

 亀山がくすくすと笑いながら割り込んだ。

 リュックから取り出していたものはL字型の棒二本。クリーニングのハンガーを切ったものみたいで、青くて細長い。

「ダウジングか!」

 俺がその名を出すと、亀山は得意げな顔を強めた。

「わたくしが行う占いは〈卜〉。現象による占いであり、ダウジングも含まれます」

 現象とは、「何のカードが出たか」「好きと嫌いのどちらのときに花びらがなくなったか」「火にかけた亀の甲羅がどんなふうに割れたか」といったことなど。昔の俺がやっていた占いも「バスから何人降りたか」「キャップが何回鳴ったか」といった現象を使うので〈卜〉と言える。

 ダウジングは、本来なら「棒や振り子がどう動いたか」で地下水や金鉱の在りかを占う。まさに捜しもののための占いだ。

「それでは、行ってきます」

 亀山が茂みを出ていった。棒は左右の手に一本ずつ。L字の短い方を握って、長い方を前に向けて、ゆっくりと歩いていく。俺は仰天してしまった。

「ちょっと待て!」

 俺が叫ぶと、亀山は立ち止まった。振り返っていつものように俺をにらむ。

「天才占い少年なのにわかっていないんですか? ダウジングはロッドやペンデュラムのわずかな動きに注意せねばなりません。気が散るから話しかけないでください」

「でも、そんなゆっくりだと」

「慌てていては動きを見逃してしまうでしょう?」

「いや、だから!」

 俺は亀山の向こうを指さした。

「ゆっくりしていたら捕まるぞ!」

 亀山がやっと顔を戻した方向から、熊がどんどん近づいてきつつある。

「ひいい!」

「やれやれだ!」

 座り込んだ亀山のそばに、二十木が立った。

「やっぱりここはあたしが部長としてやらないといけないみたいだね!」

 亀山は震えていたけど俺や黄宮がいるところまで後ずさって、おぼつかない唇を動かす。

「じ、自分が嫌いな方を入部させず、廃部の危機を招いてしまうような部長は……は、早く引退するべきかと」

「だから、あたしが悪かったって言ってるだろ!」

 二十木は言い返しながらも、迫ってくる熊から目を離さない。

「捜しものが真骨頂とは言ったけど、あたしの占いは〈相〉だからね。人相とか手相とか既に形があるものから開運への道を探す占いで、捜しものには向いてない。カメのダウジングに任せるのが一番だ」

 そう言っている割りに自信ありげな態度で、熊も警戒して一度足を止めた。俺は二十木の後ろ姿しか見えないけど、勝ち気な笑みを目の当たりにした気分だった。

「こいつが暴れていたらカメがうまく占えない。どうにか止めておけばいいかもね」

 二十木は右手のひらを上へ向けて、人さし指をくいくいと動かす。

「来なッ!」

 ついに熊が二十木へ飛びかかった。二十木は少しもひるまない。振り下ろされた熊の腕を軽くかわして、両腕でしっかりと抱える。

「投げ技のコツは、タイミングとバネ!」

 マニュアルでも読んでいるように告げながら身を返した。背中を熊の胴にしっかり当てて、しゃがみ込むように動く。

 そして熊が上に来たところで、熊の腕を引く。

「熊を投げた?」

 俺は目の前で起きたことが現実と思えなかった。二十木がやったことは、きっと「突進してきたところを自分の体でつまずかせただけ」みたいなものだ。そうじゃなかったらありえない。いくら二十木がスポーツ万能でも、ただの女子高生だ。いくら相手が本物の熊じゃなくても、あの巨体だ。投げ飛ばしたりできるわけがない。

 無理があるからこそ意表を突けたとも言えるかもしれない。熊はバランスを崩しながら宙を舞い、頭から地面に落ちた。脳を揺らされたのか、動きが鈍る。

「今のうちにダウジングをします!」

 亀山がまたロッドを構えた。自分で言っていたように歩き回る。

 熊は首を振って、起き上がろうとする。その前に二十木は熊の腕にまたがった。

「関節技のコツは、しっかり固定して力を逃がさないこと!」

 両腕で熊の手首をつかんで、体重を後ろにかける。まるでプロレスのキャメルクラッチ。熊も痛がっていた。

 ただ、二十木は力をかけながら熊の手のひらを見ていた。

「む、よく考えたらあたしは熊の手相なんか知らないじゃないか。それじゃ何がこいつにとってアンハッピーかわからない。どこかに熊の手相データをまとめた本かサイトがないもんかね」

「それはもういいです!」

 俺が突っ込んだときにはもう遅かった。熊は二十木が手相なんか見て隙を晒しているうちに、押さえられた腕を大きく動かした。放り投げるようにして二十木を払いのける。しかも怒ったみたいで、恐ろしげな吠え声を放った。

「仕切り直し!」

 二十木が叫びながら飴玉を投げた。同じ手に何度も引っかかる熊で助かった。

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