1-2
俺に断わるという道はなかった。
案内されたのは、校舎の隣に建てられた文化部棟。その片隅にある占い部の部室。
俺はそこを何十人もの女子部員がたむろしている場所だと思っていた。占いが好きなのは女ばっかりだし、昔の俺に占いを頼んでくるのも女が多かった。まして部長は女子生徒にも人気がある二十木だ。他にイメージしていたのは、水晶玉が置いてあるとか、薄暗くて照明が紫色の怪しげなものとか、部員が多いので広々しているとか。
実際に行ってみるといろいろ違った。広さはちょっと狭い教室くらいで、置いてあるものはお茶セット入りの棚や冷蔵庫などごく普通の家具が多い。照明も教室と変わらなかった。本棚には占い関係の本があるけど、〈スーパー戦隊 その輝かしき歴史〉なんてものも差し込まれている。きっと戦隊放送回占いを使う黄宮の持ち物だ。
一角には衝立と暗幕で作った個室がある。二十木は「占ってほしい子が来たらあの中で話すこともある。占いには雰囲気が大事じゃないか」「でも部室全体を暗くしたら目に悪いだろ」と語っていた。
何より予想外だったのは、ここにいる者の数。連れてこられた俺とポンコ、連れてきた二十木と黄宮、そして不満そうな顔でついてきた亀山しかいない。
「もっと大勢いると思っていたのに」
俺がポンコと一緒に部室内を眺めていると、二十木がごまかすような笑いを浮かべた。
「部員はあたしとカメとミヤの三人。もう一人いたけど、急に引っ越してね」
カメっていうのはきっと亀山のことだ。
「うちの校則で部として認められるのは四人以上だから、廃部寸前でね。生徒会にはちょっと待ってくれと泣きを入れてある。占ってもらいに来る子はいるんだけどさ」
「じゃあ、黄宮が俺を誘っていたのは」
俺がつぶやくと、二十木は黄宮の肩に触れながらうなずいた。
「あんたが入部してくれたらどうにかなるってわけ。占いの心得があるそうだから、申し分ない」
やっぱり部に引き込むつもりなのかと、俺は後ずさった。亀山はいらだった顔を強めて、鞄を乱暴に会議机へ置く。
「わたくしは反対です! こんな人を入れるくらいなら幽霊部員の方がマシです!」
俺はどうしてそこまで言われなきゃならないんだと思った。言い返す前に二十木が間へ入る。
「占いに詳しい子の方が頼もしいじゃないかい。まあ、そのことは後だ」
目をやったのは、まだ部室を珍しそうな顔で見渡しているポンコ。
「その子は普通じゃないんだろ? あたしは霊感なんてないからわからないけどさ。肝試し中の墓場でみんながゾクッとするとか言ってるのに、あたしだけ何も感じなかったり。『人は霊体を持っている以上、誰でも霊感がある。ないと思っている者は極端に弱いだけ』なんて話を何かのオカルト本で読んだことがあるけど、まさにそれなのかもね」
「占い部の部長がそんな感じでいいんですか?」
俺だって幽霊なんか見たことがない――ポンコの気配を感じたのはともかく――けど、反射的に問いかけた。二十木は快活に笑うだけ。
「部員以外にはそんなこと言わないさ。『あたしに力があるかどうかは、あたしを見た人がどう思うか次第だ』とか言っておけばいい。霊感方面のエースは他にいるからね」
また黄宮の肩を叩く。黄宮はいつもどおり表情一つない顔でうなずく。
「タヌキ。福狸神社と同じ雰囲気」
ポンコを見ながらきっぱりと言い切った。俺が呆気に取られている一方で、二十木は犬歯をちらつかせて満足げに笑う。
「さっき、あたしを呼びに来たんだよ。朝からあんたに妙な気配がくっついてるとか言いながらね」
黄宮と言えば戦隊放送回占い。かなり当たるのは霊感に裏打ちされた占いだからなのかもしれない。
「まさかばれるとは……」
俺は舌打ちしたかった。亀山は疑り深い目で俺とポンコを見る。
「タヌキが人に化けていると言うんですか? そんなのありえません」
これが正常な反応だ。黄宮の話をあっさり受け入れた二十木の方が信じやすすぎる。
「本当だよ!」
ポンコはたもとから葉っぱを出して、頭に乗せた。宙返りして、煙をあふれさせる。
ぽぽん!
亀山がもう一人現われた。輝くような笑顔を見せて、本物の亀山が肩を震わせる。
「わ、わたくし?」
こんなものを見せられたらさすがに反論できないみたいだ。ただ、自分になったポンコを眺めて考え込む。
「……わたくしはもっと優しい顔でしょう」
ポンコが化けたせいで笑顔二十割増しだと俺は言いたかった。ポンコは煙と共に元の姿へ戻る。
「ボク、ポンコ! ウツシマノミコト様の神使で、リョクに占ってほしいことがあるから来たんだよ!」
二十木はうなずきながらやり取りを見ていた。
「ウツシマノミコトは福狸神社の神様。福狸神社はフクの実家で、そこのタヌキは福を分けてくれるんだろ? あやかりたいね」
(いろいろ詳しいみたいだな。俺が元天才占い少年だと知って勧誘している黄宮から、福狸神社のことも聞いたんだろうな)
俺はそんな流れを想像した。フクというのは、さっそく俺にもあだ名を付けたってことだろう。
二十木はポンコの頭をなでて、タヌキ耳の後ろで指先を動かし始める。こりこりと続けるうちに、ポンコは眠たそうな顔になってきた。
「あ……そこ、気持ちいいよ」
「うちで飼ってる猫もこれが好きでね。喜んでもらえて光栄だよ」
二十木は楽しそうに指を動かす。とろんとなったポンコのたもとを、黄宮がくいくいと引く。
「なに?」
ポンコが虚ろな目をやると、黄宮は鞄から缶を取り出した。シーチキンの缶みたいに底が浅くて、〈ビタサイエンス〉と印刷されている。
「お近づきの印。昼休みに買ってきた」
黄宮が蓋をパッカン! と開けるなり、ポンコは目を正気に戻して鼻をひくひく動かし始めた。
「いいにおい!」
「あげる」
黄宮が缶とスプーンを差し出して、ポンコは受け取って食べ始めた。
「おいしい! 外国の字が書いてあるから、きっと珍しい食べ物なんだね!」
どうやらDog Foodという字の意味がわからないみたいだ。犬の食べ物と聞いたら少しくらいは引くかもしれない。というか、犬の餌なんか食べたら神の眷属としてのプライドはどうなるのか。
(すごい接待だな)
俺はかわいがりまくられているポンコを見てげっぷが出そうだった。二十木はポンコをこりこりしながら俺に顔を戻す。
「なあ、フク。この子がいる間だけでも仮入部してくれない? そうしたらうちに新入部員という名の福が来るかもしれない。勧誘が進んでいると生徒会に思わせることもできる。占いをやめたって言うなら、ときどき占ってほしい子がここに来るけどあんたは関わらなくていい」
いつもの俺なら黄宮に誘われても即座に断わる。言葉に詰まったのは、喜んでいるポンコへ意識が向いていたからに過ぎない。
「こんな人、きっとマイナスの方が大きいです!」
亀山だけは相変わらず冷たい。ポンコはドッグフードを食べて耳の後ろをこりこりされながら、俺を見上げる。
「リョク! この人たちとお友達になろう!」
神の眷属としてのプライドは元からないみたいだった。俺はどうするべきかと考えて、二十木が言ったことを頭の中で反芻した。
「一時的な人数合わせの仮入部でいいなら」
とりあえず仮入部させて、いずれ本当に入部させるつもりかもしれない。そんな気もしたけど、占わないでいれば俺への興味が薄れていくはず。
「よろしく頼むよ、フクにポン!」
二十木は嬉しそうに俺へほほ笑みかけた。
「あたしのことは気楽にタキとか部長とか呼んでおくれよ。カメとミヤのことはもう知ってるね?」
黄宮はポンコの尻尾をもこもこと触ることに夢中だった。動物は尻尾を触られまいとするけど、今のポンコは食べることとこりこりに意識が集中していて嫌がるどころじゃなかった。
亀山は、いらついていた顔にいきなり閃きを映す。
「そ、そうですよ二十木さん! 入部する方がいるとき恒例のあれをしないと!」
何を考えているのか、にやつき始めた。二十木は嬉しそうな顔のままうなずく。
「景気づけにやろうか。フク、明日は土曜で休みだけど空いてないかい? みんなで行きたいところがあるんだ。もちろんポンにも来てもらう。親睦を深めるのにちょうどいい」
土日の俺は、アパートへ押しかけてきた水野辺りと「暇だな」とか言いながらゲームするくらいしかやることがない。明後日はたまたま用事があるけど。
基本的に言えば、わざわざ誰かと出かけるのが面倒臭い。でもポンコは興味深そうな目で俺や二十木を見ている。だから俺は「空いています」と答えるしかなかった。
そうしているうちに、部室のドアがノックされた。二十木は口角を上げて笑う。
「占ってほしい子が来たみたいだね。フクはゆっくりしていきな」
「どうぞ」と二十木が声をかけて、不安そうな顔の女子生徒がゆっくりとドアを開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます