秋島まどか EP3 なんで?
石見下理都子。
彼女の存在を知ったのは、俺がまゆみと付き合い始めてからだった。
同じ大学の医学部に在籍をしていたが、彼女、理都子については全くと言ってもいいくらい、その存在を知る由もなかった。
多分彼女を知るまでに、俺は理都子と同じ抗議に出席をし、時には同じ実習チームとして、直ぐ側にいた存在でもあったはずだが。俺と理都子の接点は、まったくなかった。
彼女理都子と初めて出会った? いや認識したのは、まゆみと付き合いだして、およそ3か月が過ぎたころだったと思う。
初めて彼女の家に招待されたとき、どこか見覚えのある女性が、その家にいたからだ。
はじめ、理都子の俺に対する印象は……。
なかった……。
彼女の家の廊下ですれ違い、軽く会釈をしてただ通り過ぎた。
今思えばそんな感じだった。
まぁちょっと歳の離れた姉妹でもあるし、まして姉の彼氏という奴が、自分と同じ大学の、同じ学部だったこともあったのかもしれないが、初めは理都子の存在は、俺にとっては、ないものと同じであったというべきだろう。
最も俺自身も、学部にいても理都子のことを、特別気にするようなことはしなかった。
理都子にしてみれば、俺は自分の姉が付き合う男であって、理都子自身には何ら関係のない人間だったのだから。
その何ら関係のない人間に、まゆみはよく理都子を通して俺に連絡をしてきた。
まゆみ自身直接俺に言えばいいのを、わざわざ理都子を中に入れて、まるで俺とまゆみの伝言板のような、役割をするようになったのだ。
それに対して、理都子自体はいやとも何とも、ほんとうに無表情な状態で、俺とまゆみの伝言板の役割をこなしていた。
今思えばなぜ、わざわざ理都子を返して、まゆみは俺に事あることに用事を伝えたのだろうか?
まぁ、そんなことを深く考えればきりがないだろうが、多分まゆみにしてみれば学内にいたころ、俺と付き合っていたことをほかの学生には、知られないようにしたかったのかもしれない。
不用意にメールや通話をしているところを、友達なんかに怪しまれれば、その話題は瞬く間に広がるのは目に見えていたからだ。
何せ、医学部内においては、まゆみの存在は特別な存在でもあった
学内唯一の才女であり、あの美貌。そして屈託のないあの笑顔。
どこをどうとっても、ほっとかれ干されることはない……。いや言いよる男どもの多さは、数知れないという状態だったのだから。
まゆみと理都子、この姉妹、特別仲がいいという訳ではなかったが、決して悪い状態であったということでもなかった。
姉としてまゆみは、理都子のことをよく想っていた。いつも理都子の行動や、そして受講する抗議のアドバイスをしていた。
最も、それは俺のほうが理都子よりも、はるかに多かったことは確かだ。
何せ俺は、学内においては成績は、浮きもしなければ沈みもしない。中途半端な状態を維持していたのだから。
そんな理都子と変な壁を作ることなく、自然体で話をできるようになったのは、まゆみが、医学部の学位を取得し卒業してからだったと思う。
常見教授から、秋島まどかに会うように勧められて3日後の夜。俺の携帯に彼女秋島まどかから連絡があった。
「お久しぶりです。田辺先生ですか?」
彼女の声を聞くのはもう3年ぶりになるのだろうか。
あの時、あの特別室の病室にいたころの話し方とは違い、大人びた話し方の彼女にちょっと、俺のイメージが狂ってしまった。
「随分と久しぶりだね。その後の体調は、どうですか?」
卒なく? というべきだろうか。まずは彼女の状態を確かめる会話から入った。
すると、最初のあの少し大人びた言葉使いから一変して、あの頃の秋島まどか。まどかちゃんに急に変わった。
「ちょっとぉ、そんなにまだ心配なんですか? 私の事。私の手術にちゃんと立ち会って、そして経過も全て見届けた、田辺先生から出る言葉じゃないんじゃないんですか」
「おいおい、相変わらずだな。いきなりもとにもどったんじゃんじゃないか」
「あら、私の本当の姿一番知っているのは、田辺先生でしょ。お父様にだって知られたくないことまで、何でも話した仲じゃないですか。今更でしょ」
もう笑うしかないな。
「ところで田辺先生、もう常見の叔父様から、お聞きになっていると思うんだけど、今度私、田辺先生のいる城環越付属医科大学に、実習に行くことになりまして……」
「うん聞いたよ。もう4回生なんだってね。早いもんだ。」
「そうぉ、私にしたらあっというまよ。それにまだ4回生なんだぁ、後2年もあるんだなんて、早く私も医師免許とりたくて、うずうずしてるのに。振り替える時間は速いけど、これから向かう時間は物凄く長く感じるの」
終わったことは、過ぎ去った時間は、彼女にとっては単なる通過点に過ぎない。だからこそ、今まで費やした時間は、彼女は振り返らない。
彼女、秋島まどかには、自分の生涯をかけた目標がある。
一度消えかけた、いや彼女にしてみれば消えた命の炎を再び、蘇らせる仕事。死という終わりを目前にしたものだけが、感じることができるあの感情から、一人でも多くの人をまた新たなる光という生きる力へと導きたい。
秋島まどかは、自分の命の尊さを身をもってその大切さを理解した。
その想いを糧に医師になろうと決意した。
Broken Heart《壊れた・崩れた心》を持つものに新たなる光を求めて……。
俺は秋島まどかから、一つのことを教えられた。
それは……。
自分が死を受け入れた時、見えてくるその先の事だ。
死は決してゴールではないということを……。
「そうだ、そうだ田辺先生。今日電話したのはね、田辺先生と石見下先生の予定を聞きたかったの」
「ああ、そういえば一度理都子と、一緒に会うように常見教授から言われていたな」
「そうそうそれ。だからね、お二人の予定に私が合わせようと思って、聞きたかったの」
「でもなんで、理都子と一緒でなきゃいけないんだ? 確かまどかちゃんは理都子とは面識なかっただろ?」
「ふふふーん。知らないのは田辺先生だけだからねぇ」
何とも意味ありげなそして、彼女がこんな返しをする時は、必ずと言っていいくらい裏がある。
でも俺はあえて今この場では、そのことを詮索しない。すれば必ず痛い思い? いや、彼女とかかわってから得た、防御策と言うべきだろう。
「俺と理都子今夜は当直だから。そうだな……明後日だったら多分大丈夫だと思うんだけど」
「明後日ね、分かったわ。場所と時間は後でメールしておくから」
「ああ、わかった」
「そうそうこれだけは念を押して行っておくけど、必ず石見下先生も連れてきてね。田辺先生一人だと、何の意味もなくなっやうんだから」
「ん? なぁ、まどかちゃん……」
俺が耐え切れず、理都子にこだわることを聞こうとしたとき。
「それじゃぁねぇ……」
と、一方的に電話は切られた。
あっけにとられながらも、それが彼女であるからこそ、そうだということを、いやというほどわかっている俺は逆に。彼女、秋島まどかの元気さが伝わってきたような気がして、なぜかホットしていた。
すぐに理都子に、明後日の予定を聞きに行くと。
「明後日? 多分大丈夫だと思うけど。珍しいわね、田辺君が私の予定を聞くなんて」
不思議そうな顔をしていたが
「実は俺が前に、お世話になっていた病院の患者で……」
そこまで言うと理都子はちょっと目を見開いて。
「もしかしてまどかちゃん?」
「ん?な、なんで知ってるんだ」
「ちょっとね」とニコッと微笑む理都子の顔を見て。
「はぁ~」ため息が一つ出た。
絶対こいつら何か企んでいる。まどかちゃんといい、理都子にしても、そもそも事の発端は常見教授?
俺の知らないところで、俺の周りで何かが今、動いている。
それにただ今は乗るしかない、自分に少しあきれながらも、秋島まどかとの再会を心なしか楽しみにしている自分がいる。
◇◇
「田辺先生、今日は何して遊ぶ?」
俺が非常勤で勤務する、とある市病院の特別室の病室のベッドの上で、いつもそのドアを開ける俺を待つ少女。
秋島まどか。
彼女は三尖弁閉鎖不全症、そして拡張型心筋症の合併症を患う患者。
彼女の身体には、何度か行われた術痕がある。胸を走る傷あと、そして大腿部からなんかい行われたであろうと、思われるカテーテルアブレーションの痕。
何度も死の境界線をくぐり抜け、いま彼女は何とか己の命の火をつないでいる。
自分の命があともう少しで、消えることを知りながら……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます