おかけになった電話番号は

長篠金泥

第1話 おかけになった電話番号は

 Mさんは友人の友人の同僚、という微妙な距離感で知り合った三十代後半の独身男で、電気工事関係の仕事をしている。

 何度か顔を合わせてポツポツ話す内に、映画好きという共通点があると判明した。

 そんなこんなで現在は、行きつけの飲み屋で会ったら映画の話をする『ワリと仲のいい知り合い』と言える間柄だ。


 その日は、私が観た低予算ホラー映画の感想から、「自分がかつて遭遇した怪現象っぽい何か」の話へと展開していった。

 私が小学生だった時分の妙な体験談を聞き終えたMさんは、少ししかつらで「俺にもそういうの、あるわ……ホラーかどうか、わからんけど」と前置きしてから、若い頃のバイト先で起きたという出来事を語り始めた。


「やけに風の強い夜、だったな」


 二十年近く前、二十世紀終盤の記憶を思い出しながら、Mさんは遠い目をする。

 その日は台風の影響だったのか、突発的な現象だったのか、木枠に布を張ったタイプのステ看板や、自販機の横に設置されたゴミ箱なんかが飛ばされる、結構な強風が昼前から吹き続ける一日だったそうだ。

 

 そんな天気のせいか、日曜の夜だというのにMさんの勤めるファミレスはガラガラで、フロアにも厨房にも濃い目の倦怠感けんたいかんが漂っていた。

 店長不在でバイトのみ、という状況もダルい雰囲気に拍車をかけ、客単価も全体的に低めに留まり、その日の売り上げは年内ワースト三に入る惨状だった。


「注文も殆ど入らないから、新入りだった俺は勤務時間の半分くらい、延々と店の周りを掃除してた。掃除の概念が揺らいでくるような無意味さ、だったけどな」


 出所不明のゴミやガラクタに加え、十月下旬というタイミングの悪さのせいで、際限なく大量の落ち葉が店の周辺に飛んでくる。

 別のファミレスチェーンが開催中の、カレーフェアののぼりなんていうフザケたものまで、敷地内の植木に引っかかっている始末。


 掃除しようがしまいが、どうせ今日は客なんて来ない――そう抗議したくなるMさんだったが、その日のシフトに入っているのはノリの合わないバイト長と、年齢の離れた女性パートばかりだったので、店内にいてもヒマを持て余すだろう。

 そう判断したMさんは、指示された通りに黙々とゴミ拾いと掃除を続けた。



「で、最終的には結構な量のゴミ……デカいゴミ袋にギュウギュウ詰めで、四つか五つ集まって。基本、店で出たゴミは契約してる業者が回収するんだけど、そことは一袋でいくらって契約だったから」


 経費削減のために、近所のゴミ集積所に捨ててしまえ、という話になった。

 明日の朝が回収日だしバレやしないだろ、というバイト長に命じられたMさんは、重くはないがやたらと嵩張かさばるゴミを、徒歩二分ほどの集積所まで運んでいく。

 誰かに見咎みとがめられることを考えて、制服から私服に着替えてある。

 風はまだ強く、散々掃除したというのに足元は落ち葉だらけだった。


 まず袋を二つ捨て、次の二つを持って店の裏手から正面へと回ろうとしたところで、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。

 電話に最初から入っているクラシック曲のようだが、変に間延びして聴こえてくる。

 マナーモードにしてなかったっけ――と思いつつ、Mさんは両手に提げていたゴミ袋を置くと、畳まれた携帯を開いてディスプレイを見た。

 

「自宅の番号、だったんだよね。その頃は実家住まいだったから、お袋が何か買い物でも頼んでくるのかな、と思いつつ電話に出たんだけど」


 相手は何も言ってこない。

 正確には、受話器から口を離して何かをボソボソと言っているような、不明瞭ふめいりょうな音だけしか伝わってこなかった。

 Mさんは「全然聴こえない」「もっとハッキリ喋れ」と問い返すが、伝わっているのかいないのか、いつまで経っても会話が成立しない。


「そんな状態が一分かそこら続いたんで、こっちの電波が悪いのかと思って『一回切るぞ』って言ったんだけど、その瞬間だよ」


 ガゴンッ! と、結構な衝突音が辺りに響いた。

 音の発生源は、すぐ近くだ。

 車が事故でも起こしたのか、と思いつつ店の入口の方に駆けて行ったMさんは、そこで非日常的な光景を目にする。


「ファミレスとかコンビニとかの、ポールで高々と掲げられてるタイプの看板、あるだろ? アレが……折れるんだか外れるんだかして、落ちてやがった」


 近くで見ると意外に大きいそれは、プラスチックの破片を盛大に撒き散らして、歩道と駐車場の境の辺りに転がっている。

 タイミングが少しズレていれば、直撃されていた可能性が高い。

 そこに思い至ったMさんは、背中に冷や汗がにじむのを感じる。

 やがて異変に気付いた他の店員も外に出てきて、誰もが「マジかよ」という顔で壊れた看板を呆然と見つめていた。


 肉親からの電話で、看板の近くを通るタイミングがズレて命拾いをした、ってことですかね――そう私が言うと、Mさんの表情は微妙な感じにゆがむ。

 帰宅後に家族に確かめてみたが、問題の時間には誰も電話に触っていない、という答えが帰ってきたのだそうだ。

 そして着信履歴を確かめても、自宅から発信された通話記録は残っていなかった。


「よくわからんから、御先祖様だの守護霊だのが助けてくれたプチ奇跡、ってことで片付けようとしたんだが……何かな。何となく、そうじゃないように思えてな」


 歯切れの悪いMさんに、どういうことなのかを訊いてみると、手にしていた泡の消えたビールグラスをしてから言う。


「その、かかってきた電話なんだが……自宅は自宅でも、二年前まで住んでたとこの番号だったんだわ。物心ついてからずっと使ってたから、自宅の番号ってイメージが強かったんだな。次の日になってそれに気付いて、アレ? ってなって」


 迷った末に電話をしてみるが、『おかけになった電話番号は現在使われておりません』という、お決まりのメッセージが流れてくる。

 結局、どこから誰がどういう意味で電話してきたのかわからなかった――といって話を締めかけたMさんだが、最後に思い出したように付け足した。


「あの電話、な。もし足止めされてなければ危なかった……とも思うんだが、そもそも電話がなければ、俺が通り過ぎた後に看板が落ちた気がすんだよね、タイミング的に。昔のことなんで、実際どうだったのかハッキリしないんだが」

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