第二次世界大戦

 1940年。独ソが不可侵条約を締結し、ポーランドを併呑して更なる膨張を遂げた翌年。同年の3月にはソ連がフィンランドとの戦争に区切りをつけ、モスクワで講和を行い領土を奪い取っていた。


 これ以上の戦禍の拡大はそうそう起きないだろうというのが英仏上層部の楽観的な見通しだった。


 だが、4月にはドイツが再び動き出す。


 ヴェーザー演習作戦により海上輸送ルートの確保に走ったドイツ軍はデンマークを占領する。同時に中立を表明しておきながらもそれを維持できなかったノルウェーに対しても攻勢を仕掛けた。そしてその決着がつく前に殆ど休む間もなくその年の5月には独仏で起きていたまやかし戦争を終了させ、本格的な戦争が始まる。


 ドイツ軍対イギリス、フランス、オランダ、ベルギーの連合軍との間で西方戦線が始まることになるのだ。


 この戦いは独仏の間に築き上げられた大要塞線であるマジノ線がある以上、長期戦になる想定だった。そのため、長きに渡り経済制裁を受けているドイツが不利となるという見通しの下、開戦された。

 総兵力はドイツ軍400万に対し、連合国軍は700万人。その内訳はドイツ軍が自国の兵士400万人を動員。それに対し、連合国軍は仏軍550万人、英軍90万人、オランダ・ベルギー軍が100万という構成だった。その内、ドイツ国境に張り付けられていた兵力はドイツ軍が300万に対し、連合軍が400万という状況で、その他殆どの戦線において数の上で連合軍がドイツ軍を上回っていた。

 また、兵隊の練度においてもドイツ軍が未訓練兵や短期訓練兵を多大に含んでいた徴兵だったのに対し、連合軍側は志願制だったため、当然のように訓練が施され、質の上でも連合軍が優勢だった。

 加えて装備でもドイツ軍は後れを取っていた。ドイツ軍は全体で2400輛の戦車を持っていたが時代遅れの1、2号戦車が1500輛を占め、主力の3、4号戦車は600輛程。残り300輛はチェコ製という状態。対する連合軍は旧式の戦車が700輛に加え、主力戦車だけで2500輛。こちらも数でも質でもドイツ軍は劣勢。更に航空機でもドイツ軍が約3600機に対し、連合軍が約4500機。


 数でも質でも連合軍に劣るドイツ軍。精強な連合軍がマジノ線に籠ればドイツ軍は攻めあぐねて損害を被りながら時間を浪費し、経済制裁の下で窒息して行くだろう。後は連合側に居るオランダとベルギーをどう守るかにかかっている。


 連合軍はドイツ軍の挑戦に対し、そう評価していた。


 しかし、現実は予想を大きく覆した。


 河川を防衛線に利用しようとしたオランダに対し、ドイツ軍は空挺を使用すると共に速やかな行軍によってオランダを開戦から4日で降伏させることに成功。

 また、オランダが降伏した5月14日と時をほぼ同じくしてドイツ軍は大規模な軍の移動が困難と判断され、手薄になっていたマジノ線のすぐ西方にあるアルデンヌ森林地帯を装甲部隊で駆け抜けてセダンの奇襲に成功した。

 そして様々な要素が重なってアルデンヌ地方突破後はソンム川河口域まで移動してオランダ、ベルギーを保護する手筈だった連合軍の北翼を包囲することに成功。ここに西部戦線の趨勢が決まった。そして、5月28日にベルギーは降伏することになる。

 西部戦線で敗色が濃厚となると連合軍はノルウェーから撤退を開始する。その結果6月10日にはノルウェーもドイツに降伏した。


 これらの戦いはメヘレン事件などの様々な運が絡んだとはいえ、ドイツ軍が行った集中運用が功を奏したという側面が大きいだろう。連合国陸軍がオランダ、ベルギーという連合国を守る為に長大な防衛ラインを築くために予備兵力を全て回したことに対し、ドイツ軍は攻撃重点を定め、一気呵成に攻撃を仕掛けた。

 空軍も短期決戦を挑んだドイツ軍が全体の3分の2を出撃させたのに対し、持久戦を望んだ連合軍は4分の1しか出撃させなかった。

 全体の兵力では連合国軍はドイツ軍を上回っていたが局所的には数的劣勢を被ることになったのがこの戦いで連合国軍が敗北した大きな要因の1つだった。


 その後、西部戦線でまやかし戦争が終結してから1月あまりでドイツ軍はフランスの首都パリを占領。ソ連がバルト三国に侵攻する間にドイツはフランスを降伏させることに成功する。


 1940年7月には連合軍に残された最後の主要国であるイギリスとドイツの本格的な戦闘が始まった。

 イギリス本土を侵攻するための前哨戦であるバトル・オブ・ブリテンの第一陣ではイギリス空軍がドイツ空軍に辛くも勝利。ドイツからイギリスに対して行われた和平交渉は決裂。ここに更なる戦雲が巻き起ころうとしていた。


 欧州では大戦が起きている。日本はどうすべきか。複雑で迅速な国際状況の変化に対し、世論が沸き返る。


 そんな中、1940年の8月初旬。ドイツとイギリスの和平交渉が決裂した直後。福岡の本邸に居た壱心の下に急報が届けられる。


「壱心様! ソ連赤軍が東アジアに展開されつつあります!」

「まだバルト三国の併合中だろうに……規模は?」

「極東での動員兵力のみで20万を超える模様! 更に欧州地方より極東方面へ派兵が行われているとの情報も入っております! 仔細は追って報告致します!」

「……成程、本腰入れてやる気みたいだな」


 慌てて部屋に転がり込んできた恵美に対し、壱心は冷静に立ち上がった。


(スターリンの奴め。国内に天然資源を大量に抱えていると言うのにそんなに石油が欲しいか? それとも鉄道利権か……)


 現在、中華民国北京政府がソビエト連邦より脅迫に近い形で要求されており、日本に助言や支援を求めている事項を思い浮かべながら壱心は首を回し、思案する。


(いや、満州にある天然資源だけを狙って動くとは考え辛いな。今度こそイギリスに蓋をされていない不凍港を手に入れようとしてるのか……それとも帝国軍が保有する技術狙いか?)


 色々と考えたところで壱心は溜息を吐いた。ソ連が南進して来る要因など幾らでも考えられる。ただ、どうにもソ連という国にしては行動理念が不明確な状態での攻撃であると思えた。それが不明である状態では外交段階で重点を置くべき箇所が不透明になってしまうため、壱心は顔を顰めてしまう。


「ソ連のプロパガンダは何として国民を煽動してる?」

「いつものように、満州において同志が弾圧され、虐げられているため解放すべきであるといった内容が主なものです。その他には千島樺太の元居留民を使った旧領回復のキャンペーンもやっている様子ですね」

「……前者は兎も角、旧領回復か」


 壱心は再び思案する。


(旧領回復、か。そう銘打つとすれば大規模動員したとしても樺太地域と千島列島の北部くらいしか回収出来ないぞ……? あの国は中小国相手には旧領回復や民族保護の名の下に攻撃を仕掛けて来るが、列強クラスの相手であれば相当慎重にことを運ぶと思ったが……ドイツを見て焦ったか?)


 人口、経済規模、兵力、装備。そのどれをとっても日本という国は日露戦争の時と比べて非常に大きな国になった。そんな国を相手に戦争を仕掛けるには千島樺太辺りの地方だけでは少し見返りが少ない気がする。


(考えられるのはどこかの国と密約を結んだか……順当に考えて南京政府か中国共産党、韓国辺りが怪しいな。満州でり合ってる最中に背後から刺されないように気を付けるべきか。とはいえ……)


 色々と思案する壱心。しかし、壱心が今やるべきことは彼らが何故進行して来たのかを考えることではない。既に軍は動いているのだ。壱心が考えるべきことは彼らをどう撃滅すべきか。その一点に限られる。


「桜、亜美を呼んでくれ。それから帝都に連絡だ。緊急事態宣言の下、大本営を設置する」

「畏まりました。すぐに手配します」


 これより、史実より5年早いソ連軍の南進に対する日本とソ連の全面戦争。日ソ戦が始まる。

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