1916年

 欧州ではまだまだ戦乱が続く1916年。日本にいる壱心らは空軍の設立に関しての意見を求められると共に第一次世界大戦で活躍した「烏」の製法についての表明を行いに亜美と共に東京に出て来ていた。

 会議の終了後、壱心たちはこれからの戦争では陸海軍それぞれに空軍部隊が必要であることを認めさせて言質を取った上でその価値を説いた。憲法の壁がなければ空軍の独立した部隊を作りたいとまで公言し、取り敢えずは臨時軍用気球研究会から発展し、陸海軍が平等に意見を出せる恒常的な陸海軍の合同部門を形成するところまで確約を貰えたところで壱心は満足して会場を後にしていた。


(いい気分だ。何より、陸軍と海軍がいがみあっていないところがいい。まぁ、純国産軍用機を今のところウチしか作れないから表面上かもしれんが……)


 そんなことを言っている壱心だが、彼の前では基本的に陸軍も海軍もそんなに仲が悪いということはない。しかし、今回の件に至っては向こうから合同開発を言い出したのだ。これには壱心もご満悦だった。そんな感じで気分を良くして帰ろうとしているところ、亜美がぽつりと漏らした。


「……『烏』程度で満足されては時代に取り残されると思うのですが」

「飛行機のことについては詳しくないからよく分からんが、これから拡充すればいいだろう? 何が不満なんだ」

「そうですね。今、話を聞いていた面々が既に開発した『烏』を揃える程度で満足しそうな点です。『烏』はあの方に教えていただいた航空史によれば1920年くらいまでであれば最前線で戦える品物です。しかし、それ以降となると……」


 言葉を濁す亜美。しかし、その先は誰が聞いても明白だった。


「そうか。因みに『雷電』は?」

「1950年くらいまでは最前線で戦える代物だと自負しています」


 胸を張って答える亜美。そんな彼女に壱心は呆れたように尋ねる。


「……そんなもの作ってたのか。量産は?」

「そうですね……まぁ、二十年もあれば技術、設計共に揃うと思いますよ。それまで私が生きていればの話ですが」


 割とシャレになっていない冗談だった。亜美については二十世紀に入ってからも雷雲仙人から新たな薬を投与されたからか、まだ二十代で通じる若々しさを保っている。壱心も外見こそまだ三十代後半といった風貌だが、それ以上に内面に関してそろそろ壱心にも老いが襲い掛かっていた。それを踏まえた上で壱心は告げる。


「……桜が言う分を信じるのであれば後、十年は問題ないそうだが」

「その先が心配ですね……」

「言った桜自身も自身の先が分からないと言っていたからな……まぁ、いずれ我々も死ぬ。それを見据えた上での行動を取らないとな」

「後継者の問題ですね……」


 幾度となくされたやり取り。それだけ心配なのだろう。取り敢えず、二人の子どもであり、壱心の子どもの中で現状唯一の男子である鉄心については先程、空軍合同部門の責任者の一人にねじ込んである。


「……鉄心は驚いていたが、まぁあいつのことだ。何とか頑張るだろう」

「まだ少人数で機体も揃ってないことから名ばかり昇進で左遷扱いになっていますが……これからですからね……」

「あいつには迷惑をかけるが……これも今後のため、二つ返事で受けてくれたのが少々気になるところだがいいように受け取っておこう」

「お願いします」


 そんな会話をしていると壱心たちを車に乗せていた咲夜が第一目的地に到着したことを告げる。空軍設立会議を終えた彼らがまず目指していたのは東京にある壱心の別宅だ。そこで彼らの帰りを待っていた金髪の美女が駆け寄って来た。


「旦那様、お帰りなさいませ」

「リリィ、待たせたかな?」

「いえ!」


 車に乗り込みながら元気よくそう答えるリリアン。後部座席に三人は厳しいものがあるため、リリアンは助手席だ。リリアンが乗り込んだことを確認すると車は発進する。今度の目的地は今や国内最大規模の財閥と言っていい巨大財閥となった香月組の表の顔、香月財閥のトップ、香月利三の自宅だ。


「珍しいですね。私を外のお仕事に連れて行って下さるなんて」

「利三の希望でな……」


 壱心が何となく後ろめたい気分でそう告げるとリリアンは微妙に強張った笑みになる。しかしそれでも彼女は笑顔で言った。


「で、でも大丈夫です! 一緒なら!」

「そうか……それならいいが」

「はい! 義弟ですから!」


 元気よく答えるリリアン。そんな感じでリリアンと会話をしながら車を走らせると目的地まで殆ど時間を気にせずに済んだ。


「着きました」


 咲夜がそう告げて車を停めると壱心たちは先に利三の家に向かう。彼らを迎え入れてくれたのは好々爺と化した利三の姿だった。


「おう、兄さん。来たか」


 片手を上げて壱心に軽く声を掛けてくる利三。その隣には香月組から護衛として若い秘書がついていた。彼女は壱心たちに黙って頭を下げた。


「おう。元気にしてたか?」

「ハッハッハ……この年になるとあちこちガタが来てね……兄さんが羨ましい限りだよ」

「お互い歳を取ったな」

「嫌味かな?」


 笑いあう二人。ひとしきり笑ったところで利三は次に亜美に軽く声を掛けた。


「お、亜美さんも元気そうだ」

「お陰様で」


 慇懃に頭を下げる亜美。そんな彼女に利三は続ける。


「いやいや、活躍は聞き及んでるよ。何でも新しい飛行機を作ってるんだって?」

「飛行機自体が新しいものですからね……まぁ、色々と作ってますよ。もっと人手が欲しいところですね。利三さんのところの優秀な技師をお借りしても?」

「アッハッハ。こっちはこっちで手一杯だよ! 大戦景気で儲かって儲かってね。その分の設備投資と事業拡大でもうてんてこ舞い! 猫の手も借りたいよ!」


 上機嫌な利三。そして彼は最後にリリアンの方を見た。


「よく来たね」

「えぇ、お元気そうで何よりです」

「うん、まぁ……うん」


 自分から呼んでおきながら微妙な反応しか示せない利三。言いたいことはあるのだろうが、上手くまとめられないようだった。


「ま、まぁ……取り敢えずここじゃあ何だ。上がって」

「そうだな」

「お邪魔します」


 咲夜が合流したので利三も全員を屋敷に招き入れる。出迎えに家人が数名並んでいても狭く感じない程広く、手入れの行き届いた玄関には豪華な鏡が置いてあり、

一行の姿を曇りなく映していた。


「今日は人数がいるから第二応接でいいかな?」

「あぁ、どこでも構わん」

「じゃ、そこで……」


 お茶などの準備をするのだろう。その会話だけで出迎えに来ていた家人は優雅に礼をして去って行った。そして少し移動すると広い会議室に出る。


「じゃ、どうぞ」

「あぁ」


 壱心と利三が対面に座り、壱心の両隣にリリアンと亜美が来る。そして、各主人の後ろに護衛が控える形となった。


「さて、それじゃあ大戦特需についての話でよかったかな?」

「そうだな。これが後二年続くことになるが……上手く売り抜けるんだぞ?」

「ハッハ。その辺りについては抜かりなく……他の財閥集団に声掛けは?」

「……まだしてない」


 壱心がそう答えると利三はにやりと笑ってみせる。


「その情報は僕が食ってもいいってことかな?」

「まぁ、好きにしろ」

「ありがとう。神算鬼謀の情報は高く売れるからね……ところで兄さん」

「ん?」


 壱心が出されたお茶に手を付けようと手を伸ばしていると利三が切り出した。


「この戦争に日本は介入しないのかな?」

「もうしただろ。東アジアのドイツ領占領」

「それ以外に、さ。一部界隈で兵站と思わしき物資が国内向けで動いてるって話があるんだが」

「……まだ大戦に参加しているところだからな。東ドイツ領の権益を認める代わりにヨーロッパ戦線に艦隊を派遣しているのは知っているだろ?」


 ロシア革命のことは伏せてそう告げる壱心。そうじゃないと利三は尚も続ける。


「……ヨーロッパ戦線に使うのは海軍部隊だよね? 今、動いてる兵站は陸さんのモノだって聞いてるよ」

「仮にそうだとしてお前はどうする気だ?」

「情報は早い方がいい。こちらとしても準備する必要があるからね……生産計画に入れておきたいんだよ」


 国防の最大手を担う重工業の持ち主はそう言って低く笑う。そして、単刀直入に尋ねて来た。


「……シナ? ロシア?」

「……答えはどちらでもない、だ。ただ、間違いなく声掛けはあるだろうな。これでも極秘の情報だ。扱いには注意してくれ」

「どっちでもない、か……なんかまた厄介なことが出てきそうだねぇ」

「ホントにな」


 苦笑しながらお茶で口を湿らせる壱心。日本最大の財閥のトップとの会談はこの日だけで終わることはなく、翌日にまたがって続けられることになるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る