大陸利権

 ヨーロッパにおいては未だに戦乱が続いている1915年。日本軍はドイツ領だった青島と膠州湾の要塞を落とし、マリアナ諸島、カロリン諸島、マーシャル諸島まで占領を完了した。これと同時に、史実では旧ドイツ権益を日本に引き継がせることやその他の日清、日露の戦争で手に入れた日本権益の期限切れの延長要求に関する対華二十一か条要求が行われ、対日感情の悪化につながることになる。

 この対華二十一か条要求に似た要求はこの世界線でも行われることになる。それはイギリスとの密約で認められており、関係国にも理解を示すよう事前通達をしていたからだ。

 ただし、その内容については要求時点において大きく変更されており、特に史実でアメリカの反感を買う第四号、中国の領土保全について沿岸の港湾・島嶼を外国に譲与や貸与をしないことについては削除。そして史実でアメリカが最も注目した第五号についても一条目の中国政府に政治顧問、経済顧問、軍事顧問として日本人を雇用すること、そして一定の数量以上の兵器の供給を日本より行うか、中国国内に日中合弁の兵器廠を設立し、日本より技師・材料の供給を仰ぐこと以外の五か条を削除した。

 これでもアメリカから第五号について懸念が届けられたため、第五号の二条目にある一定の数量以上の兵器の文面に関して譲歩を図ることでアメリカとの関係を史実と比肩して各段によいものとした。そして、中華民国から第五条の一条目、日本人顧問の雇用については難しいとの連絡が入ったので第一号、第二号の締結を優先する日本はそれで締結することになる。


 これで対アメリカとの関係悪化は免れたが、第五号一条以外の要求を呑まされた中華との関係は悪化する。特に、ドイツによって行われた日中離間の計に中華民国の国民は乗せられ、不満は噴出。ただし、史実においては袁世凱の顔を立てるために行われた最後通牒が出されなかったことで、各国の圧力のみで屈した袁の権威は失墜。不満の矛先を日本に向けようとしたドイツと袁世凱の策略は不十分なもので終わることとなる。


 このような状況下で、袁は自らの権威の失墜は中華民国を空中分解させることに繋がってしまうと考え、この様な状況をまとめ上げるには自分にもっと強い権力が必要であるとして自らを皇帝として中華帝国を設立することになる。

 尤も、これは袁の思い描いていた理想とは全く逆方向に作用することになり、中華国民に強い非難を受け、中華帝国は1916年に廃止される。そして失意の中で袁は病死することになる。


 それはさておき、史実と異なる方向に舵切りをすることに成功した日本では戦争に勝利したこと。また、対華15か条要求を結ぶことに成功し、国中が沸いていた。

 そうした中、壱心は今後のことについて亜美と桜で会議を行っている。議題は今後の大陸利権……特に、朝鮮半島と満州についてだ。


「満州の権益については引き続き確保することが出来た。だが、これからの情勢を踏まえてどうすべきか。これが問題になる」


 対華15か条要求の成立により、確保した権益の再確認を行うと同時にそう確認を取る壱心。それに対して亜美が呟く。


「大陸利権を英米に売り渡し、海洋国家に徹するか……それとも、大陸利権を一部保持し、独立した強国となるか……ですか」

「私としましては当初の計画通り、海洋国家となる道を考えているのですが……」

「俺もそう考えていたんだが……」


 言い辛そうに壱心は亜美を見ながら口を開く。


「亜美の知識と今の技術力があれば満州油田の開拓が出来る上、製油にも問題がないとなっては少し話が変わって来る。それに対華15か条要求に対する列強の……特にアメリカの感触がそれほど悪い反応じゃないという史実との乖離がある。それに、経済政策が上手く行った結果、国産車や耕耘機が出回ったりしたことで石油の需要が史実よりかなり伸びているんだよな……」


 悩む壱心。桜が告げる。


「あまり、欲を掻いては……満州に油田があると分かればロシア……ソ連の反応もまた変わって来るでしょうし、列強……何より中華民国の干渉もあるかと」

「満州の利権については各国の了承を得た話だ。それをひっくり返すことは恐らくないが……確かにソ連については心配だな。朝鮮半島の利権を回収し、アメリカに渡して国防の裏についてもらうか?」

「朝鮮についてはこれ以上渡すと日韓双方の国民の感情悪化が考えられます。また、朝鮮の首脳部も混乱することになるかと……」

「……満州油田についてはアメリカと共同開発を行い、防共の壁にするというのはどうでしょうか?」


 亜美の発言に壱心は唸りながら首を傾げる。


「うーむ、独力で獲得できる上、こちらが持っている技術をわざわざ渡したくはないんだが……それに、資源があると分かった後、世論が契約に反対したりとか、苦労して勝ち取った資源を格安で売り渡すのかなどと騒げば大変なことになるぞ? アメリカの防衛軍に関しては満州の利権をやらずとも、朝鮮の一部権益を譲渡すればそれを守る為に出て来そうなものだがな」

「確かにそうかもしれませんが……」

「……交渉カードは一枚でも多い方がいい。石油のアメリカ依存を避けられる機会があるのであればそうしたいところなんだが……それに、朝鮮の鉄道敷設権の時にも相当揉めたからこれ以上になるとするとさらに面倒なんだが……」

「それは、そうですが……」


 既にアメリカには朝鮮半島の一部に鉄道敷設権を認めている。同時に、その鉄道が敷設された周辺の開発も認めていることからアメリカとの関係は悪くなく、寧ろ良好と言ったところだ。だが、リスク管理はしておきたい。ついでにリスクという面では国内感情の問題もある。アメリカに朝鮮半島の鉄道敷設権を一部譲渡するとなった時に国内感情の悪化が起きていた。それを解決するために壱心はかなり苦労したということを覚えている。

 ただし、その苦労のお蔭でこれから北の国が真っ赤に染まる頃には日本にとって更によい状況が出来上がる事だろう。


 それはさておき、今は満州の国防と利権についての話だ。


「ですが、壱心様の言う史実では関東軍が力を持つことが対中華民国戦に繋がったと……満州油田を掘るとなればその防衛にも力を注がなければなりません。必然的にその役目は関東軍に割り当てられることになります。彼の地の重要度を増して権益を強くすることが果たしてよいのでしょうか?」

「その問題があるんだよな……関東軍の代表にウチの派閥から声掛けさせてもらうというのも一つ、手ではあるが……」

「暴走する可能性というのは誰にでもありますから……」


 しかし、懸念すべき点はアメリカと国内感情以外の点にもある。現地軍の暴走もその一つに当たった。


「南下するソ連に対抗して軍は必要。だが、必要以上の軍を送れば権力の暴走に繋がりかねない。難しいところだな」

「幸いにして、軍部には壱心様の力が入り込んでいるのでそう簡単には独断専行は出来ませんが……」

「遠い異国の地にまで目を光らせ続けるというのは幾ら香月組の力を用いたとしても難しいですからね……」


 課題が山積みだ。壱心は腕を組んで瞑目する。重い空気が流れようとしていた。そんな中、亜美が控えめに告げる。


「……石油に関してはフィッシャー・トロプシュ法を実行出来る設備を作りますのでそれで代用という訳には行きませんかね? それと満州油田の石油と合わせれば米国に利権をある程度譲ったとして、量は確保できると思いますが……」


 暗にアメリカに満州利権を少し渡して国防の備えとすることを勧める亜美。それを受けて壱心は少し首を傾げた。


「フィッシャー・トロプシュ……あぁ、あの石炭から石油を作り出すやつか。量とコストが合えばそれでいいんだが……出来るのか?」

「石油の精製自体は時間をかければ出来ます。ただ、量については研究段階ですので何とも言い難いですし……コストは……流石に石油を採掘するよりかは高価になりますね……」

「だろうな……」


 再び訪れる沈黙。今度は桜が口を挟んできた。


「勝ち過ぎた上に経済政策が上手く行き過ぎましたね……これでは大陸利権を売るという話にも異論が出てしかるべきです」

「そうなんだよな……いずれにせよ、早く行動指針を決めないと二進も三進もいかなくなる。この件は内密にした上でまた後日話そう」

「……そうですね」

「仕方ありません」


 結局、この日の内に大陸利権についてどうすべきかの方針は出ず、世界情勢の成り行きを見守ることになるのだった。



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