世界大戦勃発

 1914年。サライェヴォ事件を契機としてドイツ、オーストリア、一時はイタリアを中心とした同盟軍とロシア、フランス、イギリスを中心とした連合軍との間に第一次世界大戦が始まった。

 特に日本に関連するのが8月の事。ドイツが中立国だったベルギーに侵入したことによりイギリスがドイツに宣戦布告。史実では日英同盟に基づき8月中旬に宣戦布告することになる。

 だが、この日英同盟に基づくドイツへの宣戦布告だが実のところ自動参戦条項は含まれておらず、イギリスが求めなければ応じる義務はない。そして史実のイギリスは当初、日本の参戦に反対していた。その為日本も中立を宣言する。

 しかし、その後ドイツ東洋艦隊による通商破壊作戦の危険性に関する海軍の報告を受けたイギリスの外相は日本側に参戦を要請。日本側はすぐに行動を開始する。その後、再び意見を変えて参戦延期を求めるイギリスに対してもう止まれないことを宣言するとドイツに対して最後通牒を送りつけて宣戦布告。青島の戦いが始まることになる。


 さて、本世界線ではそれがどうなることか。事態は8月7日、ドイツの東洋艦隊による通商破壊作戦の危険性を軍から報告された外相から日本に参戦要求を出された日から始まる。



「日本にドイツと戦ってほしい、とのことですが」

「情勢の把握が出来るまで保留で」


 世界大戦への対応を巡る閣議が始まる前のごく短い会談で、八尋はこちらの様子を窺って来た立憲政友会の議員に対してそう告げた。八尋は戊辰戦争の時より古賀と行動を共にしていた香月組でも古株の男である。現在は立憲護国党……香月組が中心となって作る政党の重鎮として香月組の方針を発信する役割をしていた。


「はぁ、香月様は何と……」

「イギリスの対日方針は二転三転するが初期は恐らく参戦延期を求める。しかし、ドイツとの戦いが長引き東洋艦隊による通商破壊が実現することになるため、結局は参戦要求を出すことになる。そうなってから参入するとのことだ」

「……そうなのですか。ふむ……」


 考え込む様子を見せる議員。壱心の発言を疑いもしない態度に少し思うところはあるが、信じてくれれば好都合のため八尋は何も言わない。考えるところと言えば政友会として戦争に反対している者の声が大きいようだが、彼個人としては戦争に賛成のようだということぐらいだろうか。


「いやはや、参考にさせていただきます」

「えぇ、明後日にでもイギリスから参戦の延期を申し入れされるとのことですのでご参考まで」

「はい」


 その後は取り留めのないやりとりだ。八尋は時間通りに政友会の有力議員と会談を済ませると閣議に向かう。


(……本当、閣下の思う通りにことが運ぶなぁ。この年になってもあの方の神算鬼謀ぶりには驚かされる。まぁ、まだ来てないイギリスからの通達をさも既に来たかのように扱う俺も俺だが……)


 内心で壱心のことを疑いもしない自身に対しても自嘲する八尋。しかし、果たして議論に結論を出さないまま訪れた二日後にイギリスから参戦延期を求める声が届けられるのだった。


 そしてその更に二日後、イギリスは日本に対して行ったドイツ艦への攻撃要請を正式に撤回することになる。


 日本国民はこれらの動きに対して賛否両論あった。しかし多くは戦争回避として好意的に受け止められたようだ。「大正新時代の天祐」は壱心の手によって人工的にもたらされており、この戦争に参加して無理に国益を作り出す必要もなかったのが国民感情を大きく左右したものと思われる。


 だが、その一月後。事態は大きく転換することになる。史実通りにドイツの東洋艦隊が活発に行動を開始したのだ。

 中でもドイツの巡洋艦ケーニヒスベルグによる英艦ペガサス撃沈、同じくドイツ艦の軽巡洋艦エムデンによるイギリス汽船の撃沈などはイギリス海軍に大きな動揺を与え、イギリス軍は日本に対して強く参戦を要請してきた。

 これを受けた日本はドイツ領となっている中華民国と南沙諸島を攻略した場合、そのドイツ軍の権益を日本に受け継ぐことを対価として参戦を決定。当初はアジア圏での日本の台頭を恐れ、難色を示すイギリスだったが9月22日にエムデンによってイギリス領インド、チェンナイ(現マドラス)に砲撃を実行されるとこれ以上単独で事に当たり、イギリス海軍ロイヤルネイビーの威信を失墜させることは出来ないとして日本に正式に参戦要請を出したのだった。アメリカもそれに異論を挟むことはなかった。


 これで日本は国際的な大義名分を得て行動を開始。国内に対して日露戦争の同盟国であるイギリスへの義理(と借金)を返すと大々的に銘打って10月初旬にドイツ軍に対して最後通牒を叩きつけると宣戦布告を実施。そのままイギリス陸軍と共にドイツ軍の東アジアの拠点である青島を攻撃開始する。


 海戦においては日本海軍による海上封鎖を当初より予見していたドイツ軍は南米経由でのドイツ本国へ撤退の姿勢を見せた。洋上行動能力に乏しい、残った小型艦たちも装備を要塞用に陸揚げし、自沈した。これにより日本軍とドイツ軍の間では大きな海戦はなかった。これで日本が補給線に困ることはなくなる。

 それらの下準備を終えたところで神尾中将率いる日本軍は山東半島の北部、龍口に上陸し青島に向けて慎重に行軍した。そして青島市背後にあり、青島を見下ろすことが出来る浮山と孤山のドイツ軍前線に到達。猛攻を仕掛け、陥落させるとそこに陣地を築いた。ここへ労山湾から上陸させた破壊力の大きな榴弾砲、カノン砲、山砲が続々と到着させることで準備は整う。


 因みに、これらの入念な準備を行ったことに対し、史実では旅順攻略の時のように突撃しないのかという疑問が国内外から投げかけられ、神尾に臆病風に吹かれているのかという疑念が生まれることになるが、本世界線ではそれは存在しない。

 理由は参戦時期がズレたことにより、築陣の工期が伸びなかったこともあるが、日露戦争時に壱心……引いてはそこから通じる通信社や関係者が無理な突撃を賛美しなかったこと。それから日清、日露……いや、西南戦争の時より補給重視の戦い方と敵が少数でも侮らずに徹底的に潰しにかかったことが挙げられるだろう。

 神尾はこれらの前例を踏襲して勝利に向かっていると思われたのだ。果たして、その認識通り神尾は入念な準備の果てにドイツ軍を撃滅することに成功する。


 海で勝ち、陸でも勝った。そして、この第一次世界大戦より空でも戦いが始まることになる。戦争前、一機だけ作られた試製国産飛行機を見て壱心はこの世界線の日本の技術力に感嘆しつつそれを成し遂げた亜美を思わず人前で抱きしめた。


 その機体の名は雷電。名前こそ史実の太平洋戦争末期に導入された局地戦闘機と同じだが、雷雲仙人らの技術から完成した機体ということに因んで雷雲より生まれたいなづまという意味で名付けられたものである。

 性能は流石にあの仙人たちが作った物より遥かに劣るが、この時代の物としてはオーバーテクノロジーもいいところだった。設計者の亜美に手を貸していた大工町一家に「この魔女はまた数十年単位で技術を飛ばす」と呆れさせ、極秘で量産体制を整えられるかと問われた帝国大学のお歴々をして「量産は不可能。そもそも何故この速度と性能で安定飛行しているのか分からない」と言わしめたものである。

 詳しいことは壱心にはよく分からなかったが、これを製造した亜美が凄いことは分かった。因みに、詳しいことを考えた場合、亜美は変態と言っていい。


 だが、こんなものを使えば日本への警戒心が高まるだけである。喜ぶ壱心と亜美はその場で桜に怒られた。


 そんな経緯の結果、今回の世界大戦に参加することになったのが「烏」と呼ばれる、この時代にしてはオーバーテクノロジーだが、まだ航空力学のお歴々が大絶賛出来る範囲にある複葉戦闘機だった。

 しかし、そんなものを使えば当然、極東ドイツ軍にいたルンプラー・タウベなど一溜まりもない。高速で動く「烏」によりタウベを撃ち落とされた後は「烏」は撤退して普通にこの時代からあった爆撃機……モーリスファルマン式複葉水上機による爆撃に晒され、地上は大混乱だった。


 これにより日本は今後の戦いは空を制した者……即ち制空権の確保が肝要となることを強く認識することになる。



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