内閣制成立
史実よりも少しだけ早く、町中に西洋料理店や中華料理店が幅を利かせるようになった頃。
日本に内閣制が導入された。
初代総理大臣は大久保利通。内務大臣に香月壱心。そして史実と綯い交ぜになっているのが以下の通りだ。
外務大臣が井上馨、大蔵大臣に松方正義、陸軍大臣に山縣有朋、海軍大臣に西郷従道、司法大臣に山田顕義、文部大臣に大野歩、農商務大臣に坂本龍馬、逓信大臣に榎本武揚という何とも豪華な顔ぶれが初入閣となった。
ただ、福岡藩から選ばれた香月、大野の両名は少しと言うには大分気乗りしない形だったようだが。特に大野は自分がこんなところにいていいのか不安そうにして拝命された時に何度も壱心に相談したほどだ。壱心の方はいつもの拘束時間云々、史実がどうのこうのという理由で嫌がっていただけだが。
それはさておき、本来初代内閣総理大臣になるはずだった伊藤博文は宮内省での宮内大臣としての仕事やその他、歴史と異なる点は多数あるが表向きには誰も異論なく収まるべきところに収まったとして民権運動は一時的に勢いを弱める。
そんな豪華な顔ぶれは現在、入閣パーティの真只中だ。ただ、集まったのはいいのだが、彼らの話題はあまり明るいものではなかった。
「……木戸の容態は?」
「厳しいみたいですね」
存命であれば確実に内閣の中に入っていたはずの男、木戸孝允。しかし彼は今回の任命に入っていなかった。それは彼の病気が原因だ。
酒も断ち、虫歯も抜き、考えられる手は様々試しているのだがそれでも彼の病を直すまでには至っていなかったのだが、ここに来て彼の容態が悪化し始めたのだ。
「……そうか。手は尽くしてくれているみたいだが、やはり厳しいか」
「えぇ……」
壱心らの最先端医療を受けているがそれでも治らない木戸のことを気にかける新内閣の重鎮たち。そんな中で壱心だけが浮いていた。
(いや、俺は結構頑張ったと思うしもういいんじゃないかと思うが……史実の享年が1877年だぞ? 8年も延命させりゃ大したもんだと思うんだ……)
壱心の考えだけが浮いていた理由。それは史実の木戸の寿命はとうの昔に尽きていることを知っているからだった。延命させること8年。それだけ生かせば十分ではないだろうか。そんなことを思うのだった。
「ま、ま、今日はその話はいいじゃろ。目出度い席じゃ! 飲むぞ飲むぞ!」
そんな暗くなり始めた席を農商務大臣となった坂本が盛り上げる。今日は祝宴が開かれているのだ。彼の言葉に暗い雰囲気を嫌う派閥が乗っかり、場の空気は次第に明るくなり始めた。
そして暗い気を散り散りにするためか、それとも時の人となった大臣たちは彼らに興味を持つ、もしくはコネを作りたいという財界人や政府高官との話し合いの中に消えていく。そんな中で文部大臣となった大野は壱心に話しかけていた。
「……なんだか凄いところに来た気がしますよ。私は本当にここに来てよかったのか……香月様のおこぼれでここまで来たというのに」
「何言ってるんだか……お前が帰ると言うなら俺が帰る」
「いやいや、香月様が帰ったらどうにもならないでしょうに……」
立食パーティの中で人混みから逃れて食事に勤しむ福岡の重鎮たち。他の面々は立派に交流をしているが、史実を知っていてそれをなぞっているだけという引け目を感じている壱心と、壱心の秘密は知らないが壱心に追随してるだけで自分ではそう大したことは考えていないのにここまでに来てしまったという感情を持っている大野はこの様な集まりが苦手だった。
そしてこの二人が集まっている場合は新政府内の重鎮による話し合いと見て近付く者が減るという点で彼らは互いに助け合っているようなものだった。
ただ、今回のパーティでは彼らの会話に割って入れる者がたくさんいるのだが。今回、その中で一番最初に大野と壱心の会話に割って入ったのは大蔵大臣となった松方正義だった。
「香月さん、ちょっと今よろしいか」
「はい」
「……では私は失礼して」
豪華な顔ぶれの中に紛れ込んでしまったという感情持ちの大野は壱心と松方の話が始まるとその場から少し離れた。そこで彼が司法大臣の山田顕義に捕まったのを見てから壱心は松方の話を聞く態勢に入る。
「どうしました」
「いえいえ、ちょっとした話をね……まずは不況の代名詞が如く扱われた私のことをここまで重用してくださりありがとうございました。まだまだこれからですが一応区切りということでご挨拶を」
「そんなこと仰られずに。閣下のお力に見合う地位を準備しただけのことです。寧ろまだ足りていなかったかと思う程で……」
まずは腹の探り合いからだ。この程度の挨拶であればわざわざ会話の最中に割って入る程の事ではない。
果たして、会話を進めていく内に松方は本題を切り出し始めた。
「……ようやく景気が盛り返し始めたところで、ここからこの日本が安定した成長を続けるために銀兌換を正式に発表すべきかと思いまして」
(どこがちょっとした話だ……)
松方が切り出した話の大きさにげんなりしてしまう壱心。壱心としては銀の価値が暴落しているこのご時世に銀本位制の導入は反対だったのだが、基本的なスタンスとして史実に合わせている。そのため、反対という意見は出していないのだがそこは忖度が起きていたというものだろう。そこで松方はお伺いを立てに来たというわけらしい。
「お、なんじゃなんじゃ。この祝宴の中でも仕事の話か! さぞかし楽しい話なんじゃろうな!」
「あぁ、坂本さん。実は……」
「うん? ワシは銀兌換してもいいと思うが……色々見て回って分かったが、通貨の信用は大事じゃからのぉ……この国もその段階には来ておると思うが……」
「そうですね」
(問題は金との金銀比価なんだよな。十数年前が金銀比が15.5が中心だったのがそこから数年で18.4、つい最近には22.1まで行ってる。数年後には30を超えることになるんだが……)
予想、というよりも史実の覗き見で考える壱心。しかし、金銀の価格差が本当に開き始めるのは1890年代に入ってからだ。その時代半ばに起きる……起こる可能性がある日清戦争のことを考えるとこのタイミングで銀本位制を一度実行し、国内の情勢を安定するのは良い手だと思う。
(尤も、俺は決定される話が回ってきた時に何とも言ってないんだが……)
隠していたつもりなのだろうか? 色々と思うところがある壱心だが、取り敢えずは問題ないとの回答をしておいた。
(金と銀で別会計処理を行った方が貿易上の損失は少なくて済むと言いたいところだが……まぁ、難しいだろうな。現実と折り合いをつけておこう……)
1885年、この世界線でも日本での銀本位制の確立が決定づけられた一瞬だった。正確に言うのであれば事前にそうなるという話は通っていたが、壱心が福岡に戻っている時のことだったので色々と後ろめたさがあったのだろう。これで心置きなく銀兌換紙幣の発行と銀本位制が敷設できる。
この他にも壱心はこのパーティと言う名を借りた相談会で色々な話をして今後の動きを決められていくのだった。
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