カフェー
壱心が福岡を離れるまで残り僅かとなる頃。中洲川端はその営業を始めていた。この地の中には少し先の日本が受け入れる様々な性文化が渦巻いている。その中を壱心は花園、そして北海道から東京へと戻る途中で中州の噂を聞いた坂本と一緒に歩いていた。
「へへへ。いい感じに賑わってるねぇ」
「おい、壱心くん。こっちに来る男どもは皆飴を食っとるんじゃが、あれはそんなに美味しいのか?」
「……あれは既に店で
「ほー! じゃが、帰りには誰からも声を掛けられんとなると帰り際はちと寂しいのぉ。儂は何店でも遊ぶつもりじゃしなぁ」
金はあるところにはある。農業の効率化が進み余暇の時間を財産にしようと隆盛な鉱業に費やしていた一般人たち。軽工業の発展に伴い事業に手を出して成功した者たち。そして、不平士族によって壊された福岡を直すために支払われた日当をあぶく銭のように使いに来る大工たち。そして修繕のために必要なものを売る仕入れ元。
彼らを中心にして中州の町は賑わっていた。この賑わいが最初だけにならなければいいが……そう思いながら壱心は遊び人二人とその町を歩く。
「さてさて、ここからは僕が案内するよ。へへへ、既に色々と視察してるからね。楽しみにするといいさ」
「よっ、お大臣!」
(……本物が本物に言ってる……)
なんか変なところで笑いそうになったが壱心の表情は表向き変わらない。二人について行くだけだ。
「さて……それはそれとして、ちょっと壱心くんは着換えた方がいいよ? すっごい女の人の匂いがする。所有権を主張してるみたいに」
「ん……いや、何か少し前に贈り物をしたお返しに貰ったものだから無碍にも……」
「髪の毛織り込んでありそうなほどの存在感だよ……」
まぁでもそういう匂いをこれからつけにいくから別にいいか。そう言いつつ花園はきょろきょろしている坂本に声を掛け、二人の注目を集めた。
「さぁさぁ、取り敢えずどこから行くか。気になるお店がなければ僕のおすすめで行こうと思ってるんだけどいいかな?」
「あぁ、亜美に呼ばれてる時間があるからそれまでなら別にどこでもいい」
「おすすめで行ってみようかのぉ。餅は餅屋じゃ」
「決まりだね! じゃあまずはカフェーに行こう」
喜び勇んで夜の町へと繰り出す一行。カフェーは昼間からやっているが、やはり夜の方が客入りは多い。しかし、花園の案内ということですんなりと入ることが出来た上、彼らはVIPルームに案内された。
「お香と申します」
「清です」
「絹子です」
「花です」
現れたのは煌びやかな衣装に美しい
そんなどうでもいいことはさておき。美女たちが現れたところで花園は美女の中で少し万人受けはしないかなというタイプをいの一番に引き受け、壱心と坂本に対して告げる。
「さぁさぁ、後は流れに任せて。花ちゃんは僕と遊ぼうか」
「まぁ……こんな大金をいただいて私をどうされようというのですか?」
「こうするのさ」
(……おっぱじめやがったか。さて、場の流れ的には残り三人がこちらを相手にする心算みたいだが……坂本さんはどう出るかね?)
接吻に始まり首筋を吸い、胸への愛撫へと続ける花園。彼は酷く慣れた手つきで花に色っぽい吐息を漏らさせる。それを見ていた坂本も火が点いたようだ。絹子に狙いを定めたらしく、彼女と睦事を開始する。
さて、残されたのは壱心と女性二人だ。二人とも綺麗な顔をしており、体つきも情欲を誘う。最近は咲という極上の美女と行動を共にし続けている壱心のお眼鏡に適う美女たちだ。
「香月様、よろしくお願いします」
「粗忽ものですが、本日は楽しんでいただけますよう誠心誠意、尽くします」
そんな彼女たちが壱心を挟んで密着する形で座り込んできた。着物越しとはいえその体のラインが分かるほどの密着だ。壱心はどちらに返答を返したらよいものかと思いつつも適当に返事をしておく。そんな釣れない態度にもめげずに女性二人は話を続けた。
「本日は暑ぅございますね。服を脱ぎたくなります」
「ほら、こんなところにまで汗が」
着物を
(慣れてるな……まだ開いたばかりだというのに。流石は花園……というのは失礼な気もするが、実際凄いな……)
流されるままだが別の思考回路を働かせている壱心。手を引かれ、柔らかいものを触っている間ながら己の思考に従ってこの店の主である花園の方を見ようとする。だが、清がそれを遮って自らの方を見させた。
「余所見しないで……?」
「む」
近づいて来た顔はそのまま壱心との唇の距離を零にする。それを受け入れた壱心は舌を絡ませ、清は更に唾液を入り混じらせる。
「あ、ずるぅい」
更にお香も交えて舌を絡め合わせる三人。壱心はそれも受け入れた後に取り敢えず受けた分だけチップで支払おうとして気付く。
(……幾らだ? いくら払えばいい? 周囲を見ようにも邪魔される。ついでに俺はこの子らと深い仲になるつもりはない。手ごろな価格はいくら支払えば……)
下手をすれば客単価を決めかねない支払いだ。上辺だけの会話を続けながら壱心は困惑する。取り敢えず、壱心は十銭銀貨を三枚ずつ出しておくことにした。
(……これでいいだろ。多分)
ある種、先程までの性的な接触よりもドキドキしている壱心。ただし、表情には出さない。格好悪いからだ。
(うーむ、これは難しいな。チップの習慣がない日本だと相場っていうものがないからサービスで揉めるんじゃないだろうか? いや……時価という認識はあるから行けなくはないのか? そういえばそもそもは交渉して決めるものだよな。ちょっと聞いてみるか……)
きゃいきゃいしている女性二人に壱心は話の流れをそれとなく切り上げに向かわせる。察しのいい二人はすぐに気付いたようで壱心の質問をいい感じに誘導してくれる。
「聞きたいこと、ですか?」
「あぁ、幾ら払えばいい」
「え……」
ちょっと言葉足らずが過ぎるような発言内容だ。桜との圧縮会話に慣れていた壱心の痛恨のミスである。彼女たちは少し花園を見た後に小声になって告げる。
「あの……身請けの話でしょうか?」
「それとも、睦事の話で……」
急に愛らしくもじもじしながら告げてくる二人。壱心はすぐに訂正した。
「……そういうのも含めた金額だな。どこまでが幾らになるのか。その辺りを知りたい」
「そんなの人に依りますよぉ。殿様みたいな方でしたらそれはもうお気持ちだけで結構です」
「流石にお店から出るとなるとお給料前借してますし、結構お金が必要になりますけど……あ、でも多分遊郭よりはよっぽど」
「……別の奴に紹介したいんでな。普通の金額が気になる」
自分では上手い切り口を見つけたと思っている壱心だが実際はそうでもない。しかし彼女たちもプロだ。自分たちの相手をする気がないという意味にもとれる壱心の発言に対して嫌な顔一つせずに相場を答えた。
(よし……恐らく、ここらで一番高く、適性な値段だ……後は身の丈について訊いていこうかな……)
未来の日本でどこかの官僚がやっていたような貧困調査ではなく、本物の貧困調査を始める壱心。そんな彼の話をこっそり盗み聞きしていた花園は苦笑する。だが、それは花の胸の間に隠されており誰からも見ることは出来なかったが。
尚、壱心から引き続き貧困調査をするように指令を下される者が生まれることになるが、それが奪い合いになるのはまた先の話となる。
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