軽音楽

 壱心たちが花園と話をしている頃。


 雷雲仙人たちを楽しませることが出来るような歓楽街を目指すようにと言われた亜美は弥子が来てもよいと告げた日時になっているのを確認し、雷雲仙人の倉庫に足を運んでいた。


「お待たせいたしました」


 亜美が薄暗い倉庫の中に入るとその中では何やら聞いたことのない音楽が鳴っており、弥子はその音を聞きながら作業をしているようだった。しかし、亜美が入るとすぐにその音は消える。


「ん……時間前だし、別に待ってないよ。じゃ、今日は何しよっか」


 音楽を止めた弥子は亜美の来訪に応対する。しかし、応対された亜美の方はその聞き慣れない音が気になって彼女に尋ねた。


「その……今鳴っていた音は何ですか? この国では聞き慣れない音楽でしたが」


 彼女の質問に答えるかどうか弥子は少し考えたがやがて素直に答えてくれた。


「……この国の未来の音楽だよ。小悪魔ってバンドの音楽だけど見る?」

「はい」


 少しだけ明るく答えた弥子を見てこれが彼女の好みの音楽なのだろうと聞いてみることにした亜美。それを受けた弥子が何やら手元にある小さな端末を弄ると亜美の目前に3Dホログラムが浮かび上がった。そして映像が動き始める。同時に奏でられるのはギターとベース、ドラムとキーボードにボーカルという軽音楽。後世の人間からすれば数あるバンドの一つだと思うだろう。しかし、時に演奏し、時に歌って踊っている彼女たちは煌めいていた。

 最初は破廉恥だ、衆目にそんな肌を晒すのかと色々考えていた亜美だがすぐに映像に見惚れて食い入るように見て始める。壱心が兇刃に倒れてから復活した後の反応から分かる通り、ここ最近の亜美は感動しやすくなっている。そんな彼女に弥子は少し誇らしげに言った。


「中々いいでしょ。皆武術の達人だから動きもいいし、楽しいよね」


 本当に見ていて楽しいだろう。弥子たちが居た時代では彼女たちの人気曲の動画再生数は幾つか億に届き、時の人として人気絶頂だった美少女たちだ。そのライブ映像が眼前で流れているのだ。亜美は口を開けてそれを見ていた。その音楽が終わったことでようやく彼女は自分の口が開いていることを自覚した程、忘我の境地で映像に見惚れていた。


 そんな彼女を見て少しだけ笑みを浮かべて弥子は告げる。


「歌って踊って演奏もして、しかも全部上手だから凄いでしょ」

「はい……はい……!」

「まだいくつか曲はあるけど聞く?」

「お願いします……」


 綺麗なお辞儀で続きをねだる亜美。数曲聞いても感動は同じ、いやそれどころか増す勢いだった。メンバー毎に演奏を中心とした音楽、踊りなどのパフォーマンスをに注力したもの、パフォーマンスと演奏をバランスよく混ぜ合わせたもの。演者だけでなく舞台も様々な仕掛けや演出で大盛り上がりだ。次は何が来るのか楽しみで仕方のない亜美はその映像に没頭する。映像に興奮している亜美を見て弥子が少し引くほどだ。


「……そんなに? まぁ慣れてないとそうなのかな……」

「凄いです……もう、本当に感動しました。これです、これが私の探していたものです……」

「探してた?」


 特に意識をしたわけではないだろうが可愛らしく小首を傾げる弥子。そんな彼女に亜美は自らに課せられた使命を包み隠さずに告げる。ただ一点、仙人と弥子に協力を仰ぐために彼らの心を動かしたいという目的のみを伏せて、だが。


 亜美の使命を聞き終えた弥子は少し考える素振りを見せた。


「歓楽街、ね……この時代の歓楽街って言ったらそういうお店じゃないかな?」


 少し微妙な顔で答えを告げる弥子。しかし亜美はそれに食い気味に反応した。


「いえ、今から私が変えてみせます。これを、らいぶを皆に見てもらうんです! この楽器は何ですか? どうやって動かすんですか?」


 新品のトランペットをガラス越しに見つめる少年のように目を輝かせてホログラムの楽器を指さす亜美。弥子は少し考えて首を捻る。


「うーん……それくらいなら教えてもいいかなぁ。これはギターとベース、ドラムとキーボードだよ。で、歌って踊ってる人がボーカルね。動かすのは……本物がないと説明は難しいかな……」

「……この楽器、どうにかして手に入りませんか?」


 心配そうに尋ねる亜美。弥子は軽く記憶をさらってみて答えた。


「……ロックバンド? これは無理かなぁ。クラシックじゃダメかな」

「これがいいです」

「んー無理だと思う」


 無言でショックを受ける亜美を見て弥子は少しだけ悪い事をしたかなと思い、考えてみる。すると、少しばかり思い当たることがあった。


「あぁでも、似たような楽器なら揃えることは出来ると思うけど……」

「本当ですか……? お金なら払いますので用意していただけませんか?」


 亜美は遊び慣れた玩具を壊してしまった後、新しい玩具を見せられた子犬の様な目で弥子の発言に食いついた。そんな亜美を見て弥子はあまり過度な期待を抱かせないように告げる。


「んー……確か、歴史的に考えると一応ギターはもうあるし、ベースになりそうなアコースティックギターも今頃だとどこかで製品化されてるって聞いた気がする……キーボードも多分何かしらあるはず……でもドラムセットは確か後二十年ぐらい待たないと……」

「そこを何とか」


 何とか。そう言われてもないものはないんだけどな。そう思いつつ弥子はその何とかに対応してみる。


「……和太鼓を改造してみる? それなら前に小悪魔の人がやってたのを見たかな。普通とは結構違うけど」

「やってみてください」


 土下座せんばかりの勢いで亜美は弥子に頼み込む。そこまでされては仕方がないとばかりに弥子は頷いた。


「じゃあ……とりあえず今あるギターとかベースを取りにアメリカかイギリス辺りに行ってみよっか」

「あ、亜米利加と英吉利ですか……」


 先程までのテンションに陰りが見える亜美。流石に音楽の為だけに長期間この国を離れるのは難しい。どうにかならないものかと縋るような眼で弥子を見上げる亜美だが、見上げたところで弥子は薄く笑っていた。


「大丈夫だよ。そんなに長く離れてたら君の好きな人が誰かに盗られるかもしれないってことはよくわかってるから」


 予想外のところの心配が帰って来た。確かに、そこも気になると言えば気になるが、本来の業務というものがあるため離れられないと思っていたのだが……


(流石は恋に生きる天女様ですね……)


 感心する亜美。そんな彼女を連れて弥子は立ち上がった。


「大丈夫、飛行機で行けばいい。加布里湾に行こう。一週間もあれば隠れたままで日英間を往復出来るよ」


 完全に時代背景を破壊しに来ている。しかし、亜美は飛行機のことを天女や仙人の仙術や妖術の類と思っているのでその辺りに気が付かない。雲に乗って飛ぶようなメルヘンなものだと思っている。尤も、弥子は言っていないが悪坊主の飛行機は乗員が被曝せず、周囲に放射線をバラ撒いたりもしない完成された原子力飛行機とかいうある種のロマン的メルヘンな乗り物なのであながち間違いではない。

 それは兎も角、足が確保されたとはいえある程度の間この国から離れるとなっては亜美個人の判断では難しい。少し待ってもらいたいと申し出る。


「え、えっと流石に外泊は壱心様に許可を取ってからじゃないと……」

「じゃあ取って来て。いい? これが最初で最後のチャンスだからね? ダメならもう知らない」

「そんな! 絶対に許可を貰ってきますので少し待ってください!」

「いいけど……あ、言い忘れてたけど君以外には絶対に飛行機見せないからね? 文句あるなら記憶を消すから」


 頼み込む亜美に弥子は少し物騒な本音を挟みつつ素直に許可を出した。それを受けた亜美は喜び勇んで壱心のところに戻り「ひこうき」に乗ってアメリカに行くことを告げる。それに対する壱心の反応は当然、飛行機を見たいという回答だったがそれは事前の申し出通り却下。なるべく飛行機の情報を引き出すように亜美に頼んで出発を許可した。

 当然、壱心の頭の中では楽器のことなどよりも飛行機、アルミの精錬、ジュラルミン、レシプロエンジン、噴式エンジンなどの単語が踊っており亜美に任せた歓楽街のことなど吹き飛んでいたが、何も知らぬ亜美はバンドの結成に向けて胸を膨らませるのだった。

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