維新三傑

 西南戦争が始まって一月が経過した。戦線は既に福岡から離れ、熊本城開放まで秒読みという段階に入っている。

 西南戦争に参加しなかった士族たちの間では「あの薩摩でさえも」という噂話で持ちきりとなっており、政府首脳部も胸を撫で下ろしつつある状況だ。


(緩み切ってるな……この緩みで先日は敗北を喫し、熊本城開放に失敗したというのに……)


 そんな中で政府首脳部にて今回の戦における事実上のトップはやるかたない気分で外を歩いていた。お供は京の町から呼び寄せた咲だ。亜美が財部のところで勉強中ということでその間の代理に呼び寄せている。


「不機嫌そうですね」

「そうだな。気が乗らん話に付き合えと言われてるんだ。誰も見てないところでくらい好きな顔をさせろ」

「私が見てます。口止め料はお団子とお茶でいいですよ」

「……安いもんだ」


 軽口を叩きながら移動する二人。感情が戻ってからというものの何とも言えない感じの距離感だったが、ここ最近に至ってようやく咲の美貌に慣れた壱心は普通のやり取りが出来るようになっていた。咲としては色々と聞いてはいたがそれで関係が微妙になっても困るので様子見をして放置をしている。

 そんな感じで普通になった彼らは現在、移動中の理由について話す。


「はぁ……福岡も荒らされたから今しばらく待てと言ってるんだがなぁ」

「今回の一件では優秀な人材が二度と戻ってこないというのが明らかになっていますからね。仕方のない事でしょう」

「せめて、この戦が終わるまでは仕事に専念させてくれてもいいと思うが」

「既に政府軍は二個師団、約三万五千名を派遣しており、敵軍は八千程度。現場では連戦連勝という高い士気の上に先の失態から油断も薄い。既に勝ちは見えていると国守ちゃんは言ってましたが?」


 そう言われてしまえばそうなのだが。しかし、万一というものがありその万一のためにトップという者がいる。壱心はそう考えているのだが政府首脳部の中には既に勝ちと見て次のステップに移ろうとしている人々がいる。

 今回、壱心が作戦本部を離れて外を歩いているのもそう言った人々が理由だ。彼を呼びつける偉い人が九州に来たため仕方なく持ち場を離れている。指定されたのは元御剣隊の隊士が家族で経営する少しお高めの料亭。明治政府が推進する肉料理が多くある店だ。

 中に入ると品の良い女性が案内してくれる。一番格式の高い部屋に通される壱心と咲。彼らを待っていたのは史実における維新の三傑が二人。


「待ってましたよ」

「おぉ……木戸さん、お加減は大丈夫なんですか?」

「……お前次第だろう」

「またそんなことを言う……さ、上がってください」


 木戸孝允、大久保利光……そして彼らの秘書としてそこにいる、香月組の才女たちだった。


「木戸さんが来るとは思ってませんでしたが。大久保さん、手紙になかったんですが?」


 出会うなりまずは軽く牽制と洒落込む壱心。大久保はじろりと壱心を睨むと低い声で告げた。


「何だ、来るとマズいのか?」

「いや、療養とか色々あるでしょうに」

「お前が中央で働くのが一番の薬だと思うが?」

「大久保さんに香月君。それくらいにしたらどうかな……胃が痛くなるよ」


 洒落にならない冗談を言って場を和ませる木戸。場が静かになったことで木戸の方から切り出した。


「さて……香月君。君のお蔭で薩軍は何とかなりそうだ……それでなんだけど、西郷はどうかな? 説得には応じてくれそう?」

「申し訳ないですが無理ですね。返事すら来ません」

「……ふふ、そうか。こういう時、君は真っすぐだね」


(……木戸さんってこんな感じの性格してたか? 何か、死を前にして人格が変わるとかそんなレベルなんだが……)


 壱心の方で虫歯は引っこ抜いたし、肝臓のために禁酒もさせている。その他にも胃薬に始まる様々な薬の提供をしてあるので史実より少し長生きしている木戸だが、やはり限界はあるようだ。特に、かつての仲間が争っているのを見ての精神衰弱が彼の身体に負荷をかけ過ぎている。

 そんなことを考えつつこの場を見ていると料亭から料理その他が運ばれてくる。そんな中、木戸が女将を呼び止めるとその秘書が止めに入った。


「あ、木戸さん。お酒はダメですからね」

「え、美味しいのに」

「……肝臓が悪いんですから。私も付き合うので今日は控えてください」

「く……寿命が縮まる思いだよ」


(だからまたそういう……)


 場を和ませるつもりなのだろうが史実を知る壱心からすれば洒落になっていないのだ。しかし何とも言えないリアクションを取る壱心は周囲の受けがいいので木戸は止めないだろう。


「そこまで心配するのならお前が中央に出所すればいい話だろうに……」

「ですから、こちらでもやるべきことが……」

「それはわかる。だがな、今回の西南戦争一件でやはり中央から県令を派遣する方向で進めることが決まった。香月殿、それは君も分かっていることだろう?」

「……それはそうですが、もう少し待ってもらっても」


 ダメだ。大久保はそう一刀両断する。木戸も大久保側になって付け加えて来た。


「今回の一件で私も考えを改めてね……士族の反乱に対抗するには、内務卿による警察力の強化と中央集権の徹底が必要だ。大久保さんの言う通りにね。そして強力な指導者の下、内務省が治安を維持することがこの国の安定につながると思う」

「そうだ。そしてその強力な指導者になれるのは俺かお前、そして木戸くらいなものだろう。ただ、俺たち二人がそんな強権を持ったとしてこれから地方の強化もやっていくに当たり、お前みたいな指導者が一地方福岡に居座り続けるとなれば我々も不安になるんだ。有事の際、今回の様に動かれるのではないか。そう考えるとな……」

「やらないです。と言っても、無駄なんでしょうね……」


 無言で首肯する二人。大事なのは実行する意思ではなくそこにいるという神輿性だ。西郷はそれで動かされた。そう言いたいのだろう。


「中央集権のため、お前には内務卿に来てもらいたい。いいか?」

「……いつからですか?」


 話を承諾する方向で進んでいる。その事実に安堵したのか大久保は料理に手を付けてから答える。


「征討軍の任務が終わり次第」

「……あまり時間は残されてないということですね」

「ふふ、凄い自信だね……」

「いや、指揮を執りながら引継ぎですから時間がないのは当然ですよ」


 長く見積もって二月程度。その間にやるべきことを考えるとこれから行おうとしていた事業についての展開どころか引継ぎの資料を作るので精一杯となりそうだ。


(……仕方ない。中央から派遣する奴に少々、色々と嗅がせて……後は福岡に残る利三たちに都市計画をまとめさせて遠くから色々とやることにしよう……)


 軌道修正しつつ色々と考える壱心。だが、内務卿に内定してしまったということは二人はどうなるのだろうか。そう思った壱心は素直に彼らに尋ねた。


「わかりました。で、お二人はどうするので?」

「私は少し療養させてもらうよ……最近、少しだけ快方に向かっているみたいだからこれを機に治療に専念させてもらう」

「俺はお前らが何だかんだ作っている資料で言う総理大臣になるが……いいな?」

「別にいいですが……何か?」


(……何かって、維新四傑なのに上下に優劣があり、自分で作った総理大臣の席を自動的に諦めるになってる確認だよ香月君……気にしてないみたいだけど……)


 史実を知っている壱心からすれば当然、というより自分が邪魔だなと思うレベルの話だが、この時代を生きる面々からすれば壱心も同格のメンバーだ。何も思わずに首相の座を譲るとは考え辛い。しかし、これまでの流れからして予想通りという何ともつかみどころのない壱心の動き。彼を見ていると少しだけ穏やかになれると思いながら木戸は酒を取られつつ食事のみを楽しむのだった。



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