西南戦争司令部

 植木町で遭遇戦があった翌日。

 熊本城を包囲して兵糧攻めをしていた薩軍は壱心が送り出した二個大隊に対して兵を送った。その数1800。こちらも二個大隊に当たる軍勢だった。

 これは兵糧攻めをしている熊本城周辺の包囲網を突破され、兵站を届けられては困るということ。また、行き詰っていた熊本城攻略の他に北進という道もあるのではないかと考えたことが二個大隊を送った理由になる。

 こうして、薩軍は越山休蔵と池辺吉十郎に総勢1800名を率いさせて分かれて植木方面に進出する計画を実行したのだ。


 対する政府軍はこの時点で援軍が博多湾に到着したという状態であり、植木町への援軍は未だ見込めないという状況。不幸中の幸いが現地には既に2000を超える兵が集まっていること、そして彼らが意気軒昂であるということか。

 政府軍は木葉に展開。見込みでは援軍が来る前に決着をつけたい薩軍が朝にでも攻撃を仕掛けてくるというものだったが、予想外にも攻撃はなかった。


「次郎長、この地で気を付けるべき点は?」

「……敵が木葉山を迂回し、側面を強襲することですね」

「そう考えるのであれば敵もそう考えるだろうな。なら、そこに罠を仕掛けよう」


 「攻撃がなかった」「よかったね」……そんな調子では上等兵すら務まらない。現状の認識だけではなく現状が齎す意味を考えるのが将の役目だ。早朝に仕掛けて来なかったのは攻撃のタイミングを見計らっていたから。そう考えた安川は相手のタイミングとは何かを思案し、すぐに斥候を送り出して対策を済ませておいた。

 それを耳に入れていたからこその次郎長の答えでもある。尤も、仮にその話を聞いていなかったとしても周囲の警戒については進言したであろうが。

 一応、互いに油断していないことが分かったところで少しだけ雑談に入る。安川が気になっていたのは今回用いた斥候。壱心子飼いの何者かについてだ。やたらと正確な情報を持って来ている。それは非常に優秀でいいことなのだが、そんな彼の事情、引いては彼を扱える壱心がどうなっているのかを知りたいと思ってのことだ。上記の理由を遠回しに探るべく安川は事情を知っていそうな次郎長に問いかけた。


「それにしても……お前の兄はどうしてこんな風になったんだろうな?」

「こんな風に、とは?」


 先程までの空気を換えて安川が次郎長に問いかけてきたので次郎長は疑問を抱く。しかし安川はあくまで世間話と言った態で質問を続けた。


「いや、これほどまでに情報戦に執着し、予め・・に注力するようになったのは何時からかと思ってな……」

「……時代がそうさせたんでしょうね」

「確かに、そうかもしれんな。この国は情報に飢えている……それは、異国の情勢であり周辺国の内情であり、列強の技術であり、国内の差異でもある。だから情報は大切なんだが……」


 何だか納得いかないという感じの安川。幼馴染であるため壱心の幼少期から知っているのだが、あまりにも唐突に変わり過ぎている。その切っ掛けが本人の思い当たる節では転んで頭を打ったからというのだからもう何とも言えないのだ。


(まぁ、脱藩を命じられて意識が変わった可能性もあるが……いや、でもなぁ。脱藩を命じられる前からやけに弁が立つようになってたし……)


 思うところがある安川。だが、件の斥候がいきなり現れたのでその話はそこまでだ。


「敵襲です。越山隊が正面より、池辺隊が迂回して我が隊の側面を強襲しにかかっています」

「来たか……全軍に告げろ。隊列を崩すことなくその場で迎え撃て。勝ちに乗じて攻め込むなどは言語道断。己の役目を果たすように」

「伝えて参ります」


 斥候は音を出さずにその場を後にする。安川たちの一連のやり取りを聞いていた次郎長は安川が何か言う前に自ら告げる。


「では、我々は奇襲部隊の更に側面を強襲しに行きますので」

「あぁ。頼んだぞ」

「お任せを」


 出立する次郎長。ここで、少し話が逸れてしまうが全軍の動きを補足しておく。


 まず、薩軍の北上部隊について。薩軍は熊本城が堅いと見るや時宜を逃さぬように北部へ進軍した方がよいと考える隊とこのまま熊本城を総力で落とすべきと考える勢力に分かれていた。

 その中で、西郷の決断によって一部の兵団が北上することが決定されたが、北上が決定した部隊でも熊本城強襲の策を捨てきれない部隊が数多くおり、北上が決定されたというのに熊本城攻撃に参加してから北上するという足並みが揃っていないという面があった。

 今回、木葉山で政府軍と戦うのを命じられた越山隊や池辺隊ではそう言った類の人物は少なかったが、彼らに合流するはずの篠原、別府、桐野隊などは出発を一日遅らせて熊本城攻撃に参加していたというレベルだ。尤も、そこでの戦果は芳しくない結果に終わったようだが。そのせいで北上に時間がかかり神戸から援軍に来た新政府軍本隊5600が博多に上陸するのを遠目にすら見れずに見過ごすことになっている。新政府軍は順次南下しており、小倉の守りはそれほど必要なくなるのが目に見えている。古賀の南下も近いだろう。


 このような形で各戦力が九州に集中しつつある中で、現在主な戦場になっているのが熊本城、その北東であり福岡との県境に近しい木葉山とその付近。そして薩摩から別ルートで福岡を目指している宮崎となっている。


 その全体を見ているのが現在の福岡城だ。壱心を中心としたその場所には今回の戦で中核を担う人物たちがいた。


「初戦では既に勝利を収められたようで何よりです。ただ、あまりご無理をされては困りますな……辛い戦いになったでしょう。此度の戦は我々の方で……」

「親しいものと戦うことになるのはこの地に住まう殆どの者がそうなります。私だけが辛くない、そういう訳には行きません」


 話をしているのは史実で西南戦争の政府軍における事実上の総司令官だった男、山縣有朋と本世界線で西南戦争の事実上の総司令官である壱心だ。大村益次郎の下で働いている彼は大村と親しい壱心相手に微妙な距離感で話しかけていた。

 内容は、壱心が自らの指示によって父と弟を死に追いやってしまったことを気遣うこと。内実は指揮権を渡してくれというものだ。だが、壱心は断っていた。


(ここまで来ておいて、それは出来ん。何より、薩摩の方には俺が必要としているものがあるからな……)


 この場にいない西南戦争の海軍司令官である川村に命じ、黒田清隆に薩軍の後方から薩摩の攻撃を実行させていた壱心は内心でそう独白する。彼の目的は西南戦争後の褒賞にあった。

 だが、断じてこの場で言うつもりはない。国益のためとはいえ、利のために血族さえ利用するという噂を立てられては今回の一件へ自身が出張ったこと以上に負の利益がつくからだ。そのことを考えて壱心が黙っていると山縣は勝手に沈黙の意味を解釈して何も言わずにいてくれた。


「そうですか……あまりご無理を為されぬよう。それで、今後はいかがいたしますか? 田原坂の情報をいただいたからには私としては南進を急ぎ、田原坂を突破したいところですが」

「その方針に異論はありません」


 私事都合の話から軍議に戻る壱心と山縣。この場にいるのはその他に海軍総司令である川村純義。陸軍から大山巌、野津静雄、それから福岡県として喜多岡勇平と古賀勝俊、国守桜が出席している。


「さて、佐賀の方面には先の戦の事もありますし野津さん。お願いできますか? 兵は……まぁ、2000といったところですね。安定してからは南進してください」

「畏まりました」


 壱心の発言に野津は素直に頷いた。だが、川村がそれに待ったをかける。


「援軍は未だ来る。今の時点では敵に勢いをつけさせないために各地に戦力を派遣するべきかと思いますが」

「そうですね……ただ、田原坂を今の内に突破できなければ砲を進められないということですからそちらに力を入れたいですね。一歩及ばずに敵に渡ってしまうのが怖い。現時点では、敵に通過されているのでしたよね?」


 同調する山縣の現状確認に壱心は頷いた。


「そうですね。目下、安川と次郎長が奪還するために木葉山に陣取っています」

「何としても突破してもらわねばなりませんな」

「ですが、他の道からも敵軍の北進があるとの情報が……」


 喧々諤々。だが、基本的には壱心と山縣。そして川村の話で進んで行く。時折、意見を求められた場合に誰かが発言するだけだ。


「宮崎の方面には古賀と新兵器を派遣するつもりですが、現地の兵のことを考えると……1800程度は必要かと」

「宮崎方面は最悪、もう少し押されてもこちらに到達するには時間がかかりますし時間さえあれば瀬戸内から補給が期待できるのでいいのでは?」

「古賀殿であれば1000もいれば時間稼ぎは十分でしょう。後は、神戸から来た兵で……今回の重要拠点は田原坂です。博多の喉元にまで迫る場所ですから死守したいところですし」

「……壱心様。私は一向に構いませんが」


 現時点ではそこまで深刻な状況ではなく、押されているとはいえこちらに着くにはまだ時間がかかる宮崎よりも熊本城の兵が回ってくると一気に危うくなる植木のルートを警戒するべきだと進言する皆々。渦中にある古賀は桜のことを気にして少し席を離しつつ元気なことを言ってくれる。


(……こいつ、桜のことが苦手ってのは本当だったか……それにしても桜は何をやったのか……)


 ちょっと余計なことを考える壱心だが、軍議は真面目に行った。この後、調整が入るものの大筋としては神戸から博多に着陸した兵たちは博多から熊本への援軍と防衛を兼ねて山鹿、伊倉のルートを南進する方向で進み、その他に送る戦力は必要最低限とするということになる。


 そして、それが決まっている間に木葉山では戦が始まろうとしているのだった。



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