責任

「なぁ、この辺でよかろ?」


 そう言った香月が切り出したのは自らの切腹と引き換えに、他の者たちに対する恩情を与えてほしいとのことだった。それに抗議したのは太一の面影を持つ青年だ。


「何言ってんだよ父さん! ちゃんと話せば壱兄ぃたちもわかってくれるって、だから俺たちは……」

「無理だ。藤五郎、儂らが立ち上がった時に壱心が使者ではなく軍を動かした時点でそれは分かっていただろう」

「何で兄さんは……!」


 藤五郎、壱心たち兄弟の末っ子である彼は激しい怒りを露わに古賀をなじる。


「お前たちが私腹を肥やし、皆を蔑ろにするから立ち上がったんだ! 俺たちはまだ負けてない! 帰って壱兄さんに伝えてくれ!」

「出来ませんな。私の使命はこの場の平定ですから。これが終わるまで戻るつもりはないのでその要求は受け入れられません」

「ちょ、古賀さんそれ直接言っちゃいますか?」


 さしもの宇美も古賀の直接的過ぎる返答に驚いた。その辺りはまだまだ桜の方が怖いと見当違いなことを考えつつ古賀は続ける。


「そもそも問いたいのですが、我々が私腹を肥やしているというのはどこから?」

「あれだけ稼いでおいて何を言う! それに、人気取りで農民にバラ撒いている金があるだろう! 奴等ばかりに金を撒き、皆がどれだけ大変か分かってるのか!」

「藤五郎!」

「でも!」


 藤五郎の話を聞いて古賀は肉食獣の笑みを浮かべる。それは今まさに、目の前に生肉が放り投げられた獣の笑みだ。


「なるほどなるほど。つまり君にとっての皆は農民が入っていないのか。小さいな」

「何を!」

「……貴様こそ知らないのか? 農民が今、どれほど飢えているのか……彼ら農民が居なければ我々の食事もままならんというのに。今お前が言っているのは自分の足を切って腹を満足させろということだ。正気か?」

「う、うるさい!」


 苦い顔をする太一を尻目に藤五郎は古賀に向かって吠える。しかし、古賀が狼とすれば藤五郎は家畜化された子犬だ。まるで迫力が違う。


「じゃあお前たちが儲けてる金はどうなってるんだ! 夷狄に国を売って得てる汚い金を自分たちだけで回して……!」

「国を売る? そんなことはしていない。国を売らずに済むように稼ぐ必要があることもわからんのか? 確かに、俺にはよく分からんが準備金とかいうので壱心様も多少は金を持っておられるようだが、あの方がそれに手を付けるところを俺は見たことがない」


 逆に、と古賀は続ける。


「俸禄を金に換えたというのにそれを次の為ではなく一時の悦楽のために使う輩は多く見て来たがな……!」

「古賀さーん。ちょっと止まりましょう? ここに喧嘩しに来た訳じゃないんですから」


 古賀に熱が入り始めたところで宇美が割って入る。藤五郎は思い当たる節が出て返す言葉もないようで黙ってしまった。古賀の言葉に彼が上の人間には金があると思うだけの根拠となる存在たちが身近にいること……逆に、そう言った者たちの方が今回の反乱に参加している率が高いことが脳裏に浮かんでしまったのだ。


 この二人の間の討論に決着がついたところで太一が再び切り出した。


「それで、此度の一件については儂の首で納得してもらえそうか?」

「……首謀者全員分は、必要でしょうな」


 古賀はあっさりとそう告げた。その答えは太一も予想していたらしく、彼は嘆息して項垂れつつ理解を示した。その後、自陣にいる二人に向かって告げる。


「そう、か……堅武様、藤五郎。覚悟は」

「待ってくれ! 壱兄さんに話をさせろ! 言いたいことがいっぱいある!」

「言いたいことがあるのであれば私に」

「お前じゃ話にならん! 父さん! こんな奴らここで叩き切って全軍一丸となって敵陣に斬り込みましょう!」


 立ち上がり吠える藤五郎。それに対する返事は太一の拳だった。そのまま転倒し地面に転がる藤五郎。彼は驚いた目で太一を見上げた。


「なっ……」

「藤五郎……お前、皆を守る為に立ち上がったのではないのか? 今のお前は自分の要求が受け入れられないのが気に入らない駄々っ子だ……だから…………あぁ、すまんなぁ、こんな時でも儂は口下手だ。何と言ったらいいのかわからん」


 太一はかつて、壱心が藩命を帯びて香月家を出ると選択した時の様に藤五郎に対して毅然と告げる。


「藤五郎。香月家現当主の名において命ずる。切腹せよ」

「父さん……嫌だ! 俺はまだ!」

「藤五郎!」


 叱りつける太一だが藤五郎は命令に従わない。それどころか彼は手近にいて御しやすそうな少女の下へ駆け寄った。


「動くな……ッ!?」

「そりゃあ動きますよぉ……あ! 何で受け身取らな……」


 人質に取ろうと動いた藤五郎を軽くいなし、その場に転ばせた宇美。だが、彼は受け身を取り切れずに顎から地面に衝突してしまった。


「……丁度いい。これで、やってくれ。加藤様、勝手に決めてしまい申し訳ない」

「………………いえ、ここまで付き合っていただき、ありがとうございました」

「閣下には、皆さま立派な切腹にございましたとご報告させていただきます」


 藤五郎を尻目にそう告げる古賀。その後、剣の腕を見込まれて介錯まで務め上げた古賀は前言通りに皆が見事な切腹を務め上げて関係者の助命嘆願を願い出たと壱心に伝えることになる。そして間もなくその報告は熊本に向けて援軍に出た次郎長の下へと向かった。






「……そう、か」

「皆さま立派な最期だったとのこと」


 小倉から出てきた兵を伴い、福岡から熊本城を目指している次郎長たちの下へその伝令が届いたのは福岡で決起が行われたという報告を聞いた翌日のことだった。

 久留米に居た彼らだが、当然のことながら今回の乱に敵方として加わった親類がいる人も多く、今回の一件を気にしている者も多かった。今回の福岡の変については香月太一と藤五郎を筆頭に加藤堅武などの首脳陣三人の切腹。そして他の首謀者である四人が斬首刑の他に死罪はなく、多くが謹慎。重くとも屯田兵として北海道に送られるという結果になったそうだ。

 その報告を聞いて安堵する小倉鎮台の兵たち。だが、死罪になった親戚を持つ者としては複雑な心境だった。


(……あの時、俺が日和見せずにふん縛ってでも止めてれば……何か変わっていたのか……)


 かつて、小倉城を攻め落とす際に考えた思考が再び蘇る次郎長。同時に、家族としての思い出が次々と蘇る。


 父に叱られたこと。褒められたこと。指導を受けたこと。兄と比べられたこと。それでも努力し、認められたこと。香月家代表として送り出してくれたこと。そして最後に、自分たちの忠義のために自身と縁を切ったこと。また、藤五郎との思い出も浮かんでは消えていく。


「……大丈夫か?」

「はい」


 次郎長を気遣う安川。この軍団の長である彼の耳にも香月家の訃報は届いており壱心の幼馴染でもある彼にとってもこの一件は色々と思うところがある。

 そう思って気遣いの声をかけたのだが、新兵衛に気遣われたことで次郎長の涙腺が少し緩んでしまった。


(……いかん。戦前の涙は不吉。これはここまでにしておこう……)


 涙を呑み、彼が向かう先は熊本城。現在、西郷率いる薩軍が殺到している天下の堅城だ。ここを落とされれば薩軍に勢いが付き、福岡を狙うに十分な足掛かりとなり得る場所である。

 今は熊本鎮台の長である谷干城がよく守っており、薩軍を寄せ付けてはいない様だが、熊本城単体では神風連の乱によって損傷を受けているため状況は良くない。


(考えるのは後だ。今は、己の忠義のために、この国のために、前に進むのみ)


 家族への思いを一時的に断ち切り、彼らは急ぎ熊本城の補給路確保のために現場へと急行するのだった。



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