秘密兵器

 古賀の号令が下り、紛争が始まってから数刻後。戦場は縮小しつつあった。その代わりに道に刻まれる塹壕の波。戦後、何と言われることだろうか。そんなことを考えるのは為政者の役目だと言わんばかりの行動だった。


「撃てぇッ! 撃ちまくれぇぇえェッ!」


 銃の乱射によって薬莢から飛ばされた大量の黒色火薬で顔を真っ黒にした政府軍の下士官が叫ぶ。銃声に負けぬ大音声だが、それもその周辺にしか聞こえない程の銃弾の大合唱だ。両軍共に死力を尽くしている。


「古賀様! 敵軍の守りは固く、崩れません!」

「……ふむ、流石は香月様の父君だ。数の上でも武器の上でも地の利でさえ我々に劣るというのによく持ちこたえている……」


 激戦の中、古賀は静かに伝令の言葉を聞いた。戦況は既に新政府軍優位。決め手は亜美の調略であり、それによって数的優位と防御の一角が崩れたことが要因だ。

 しかし、それでも敵軍は総崩れにはならなかった。崩れた場所を修復すべく守る箇所を縮小、並びに限定することで神社周辺を堅固に守り抜いている。

 現状、新政府軍はじわじわと勝利に近づいてはいるものの決め手に欠けている。そんな状態だ。意気揚々と出てきた割に今一つの成果となっている古賀だが、彼はこんな状況にもかかわらず内心ではにやにやしていた。


(既にこの拠点防衛には意味も未来もないが……うぅむ。それでも己の信念のために戦う。天晴なことだ……)


 自分が最も尊敬する男の父親が強いのが嬉しかったのだ。何よりもその負けても戦うという気概が気に入ったらしい。だからこそ、彼は一切手は抜かない。自らも黒色火薬に彩られながら彼は前進する。


 じりじりと、一歩ずつ、確実に、相手を追い詰めるために……前進する。


「……そろそろ射程圏内か? 設置の準備は出来ているな?」

「射程圏内にはまだにございます。ですが、設置の準備は何時でも!」

「そうか……」


 乾いた唇を舐める古賀。黒色火薬の何とも言えない味……強いていうのであれば苦みを舌が伝えて来るのを感じつつ彼はお気に入りが火を噴く時が来るのを待つ。

 彼のお気に入り。それは先の戊辰戦争でも激戦地として知られる北越戦争で長岡藩が用いたガトリング砲、それを小回りが利くように改良した疑似重機関砲だ。

 古賀としては新しく和名をつけるように壱心に進言したのだが、壱心が「次郎長がプロイセンとフランスの間を渡り歩いて大枚叩はたいて手に入れたのだから」ということで設計メーカーの名を借りてオチキスという仮名になっている。

 因みに、今回は関係ないので割愛させていただくが、このオチキスの設計図を手に入れるに当たってのフランスとプロイセンとの間の政治的なやり取りや駆け引き。

そして後にパリ近郊でこの重機関砲を正しく設計図通り作り上げるオチキス社を立ち上げたアメリカ人のベンジャミン・ホチキスとの交渉等は、行く前に壱心からやっておいてと言われた次郎長が金と手間を惜しんで一生懸命やったことだ。だが、交渉は難航。そこにふらりと現れた坂本龍馬にいいところだけ掻っ攫われるという事件があったりした。


 それはさておき、戦場だ。


 かます土嚢どのう)を積み上げ、こちらからの銃弾を防いでいる敵陣は近くに見え始めた。彼らにもかつて戊辰戦争を戦った者がいて散兵戦術を学んでいる者がいる。だが、そうとはいえ本陣が敵に晒されている状況で散兵していられる程、呑気な思考はしていない。この状況であれば密集した場所に対するガトリング砲(改)は効果的である。


 その時が来るまで、彼らは一歩一歩確実に進み、敵を射程圏内に押し込んでいくだけだ。その時が来るまで、もう間もない。


「ガトリング砲! 準備だ!」

「古賀様! 敵陣より使者です!」


 声が上がるのはほぼ同時だった。まるでガトリング砲の脅威を予知したかのようなタイミングで伝令より通達がある。古賀はそちらを睨むように振り向いた。


「何だ! 内容は!」

「降伏の申し入れです!」


 その伝令は古賀の目を丸くすることに成功する。彼は塹壕の中で何度か瞬きして外を見る。


「……これでか? この状態で、降伏を申し入れる。と?」


 外では銃弾の雨が降り続いでいる。伝令兵は頷いた。


「降伏申し入れのための使者が敵陣に戻った際に攻撃は止めるとのことです。また、降伏条件等の詳細につきましては交渉の席」

「…………わかった」


 苦い顔をしてそう溢す古賀。今回の戦功でガトリング砲(改)の命名権を貰おうと考えていたのだが、使っていないとなるとその権利は難しいか。そんなどうでもいい事を考えつつ彼は冷静に呟く。


「まさか、オチキスの存在が敵に漏れたりはしていないだろうな……」

「は、今何と……?」

「いや、何でもない」


 銃弾の雨の音に掻き消された音についてそれ以上誰も聞くことはなく、和平交渉は受け入れられることになる。しばらくした後、銃弾の音は止むのだった。







 天幕に招き入れられたのは古賀、そして戦場を暗躍していた宇美だった。この二人が居れば特に暗殺等の問題もクリアできるだろうという判断だ。

 招き入れられた先に居たのは三人。老齢に達しながらも未だ筋骨逞しく、眼光も鋭い男とその隣にいて男の面影のある若い男。そして、古賀と面識のある加藤堅武がこちらを苦々しい表情で見ていた。


「……さて、和平の席に着いたということは我々の提案を受け入れるということでいいか?」

「提案?」


 加藤から唐突に告げられたのは身に覚えのない提案という言葉だった。和平交渉に来た使者は条件に付いては交渉の席で決めると言っていたはず。その旨をそのまま伝えると加藤は豹変した。


「何と! 貴様は我々を愚弄するというのか! こちらを欺き、攻撃の手を止めさせる! それが貴様らのやり方か!」


 ぴくりと古賀の眉が動く。そこに空気の読めない小娘が口を挟んだ。


「ねぇ、何を言ってるんですかぁ? 使者さん、詳しい話は何にも知らないって言ってましたよぉ?」

「詭弁を! 此度の戦における処罰は我々首謀者以外は謹慎以下に減刑すること。そして私と太一殿は能古島に流刑の上、禁錮刑。それで話が付くはずじゃなかったのか! この話が飲めるというから「で・す・か・らぁ~」」


 男の怒鳴り声に対して宇美の、女性の高い声が重なる形で告げる。


「使者さんは、今回のこの策略……簡単に言うなら私たちを担いで敵指令を本陣に誘導し、交渉内容が良ければ解放。内容が悪ければ逆上して切り捨て、攻撃再開するっていう策について、な~んにも知らないって言ってたんですよ?」

「な……」

「あれあれぇ? 今度は愚弄するかって言わないんですか? 今言ったことの方がずぅ~っと酷いと思うけどなぁ」


 一瞬の隙をつく少女。その笑みは美貌も相まって恐ろしさすら感じさせる。彼女は止まらない。


「壱心様と次郎長様は強硬派さえいなくなれば士族の味方をしてくれる。だから、先陣切ってやって来る敵司令官、強硬派筆頭と見られる古賀を暗殺すれば。とか」


(……横井先生のところの小間使いに似て来たなこの小娘……)


 どことなく桜の面影が出てきている宇美を見て少し引きながらも私は不機嫌ですという面持ちを作って敵を見やる古賀。内心では苦手な桜に似て来た目の前の少女に勝手に苦手意識を持ち始めるという何とも情けない有様だが、歴戦の強者の硬い表情はそれだけで意味があった。


「ざ、戯言を! 気分が悪い! これ以上愚弄するようであれば和平の話は……」

「いいんですか? 弾薬、誰かに燃やされたみたいですけど」

「……貴様ぁッ!」

「私じゃないですよー! あなた達のところの寝返り希望者の方々が勝手に「もういい。この辺にしとこ」……」


 口論に入りそうになったところで老齢の男が止めに入る。彼の一言で加藤は黙り空気を読んだ宇美も黙った。


「壱心に伝えてくれ。今回の一件は俺が腹を切るから穏便に済ませてくれと」


 老齢の男、香月壱心の父である香月太一は穏やかにそう告げ、古賀の目を真っすぐ見据えるのだった。



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