武士の終焉

西南戦争勃発

 1877年初頭。薩摩立つ。それに呼応し、九州全体の不平士族が動いた。


 壱心の負傷によって神風連の乱からの一連の流れである秋月の乱、萩の乱が史実より早まったことに従って、西南戦争も史実よりも前に勃発することになった。


 まず、動いたのは薩摩。総勢一万人を超える人員が九州北部を目指して殺到した。彼らは軍艦で本州を強襲することも出来たが、香月組率いる福岡との戦闘を避けたと見られれば薩摩隼人の名が廃るとして北上したのだ。現在、薩摩軍は福岡藩との戦闘を目の前に、挟撃を避けつつ拠点を構えるために熊本城を包囲している。

 次に動いたのが薩摩軍に呼応した福岡。九州鎮台である小倉鎮台にいる兵が動く前にその機能を叩きに佐賀、小倉から人員が向かい、約五千の兵が動いた。現在は下級士族が多く暮らしている西新に更に西の佐賀から来るとされる援軍、約千名を待つ不平士族が千五百名。小倉方面に第二次長州征討の時の怒りや秋月の乱の時の恨み、そして自分たち士族ではなく他の貧民や町人に金をバラ撒いている嫉みに、士族の商法やそもそも禄が少なく、身を窶していた貧民たちの妬みで集まった兵が二千名。その他、近隣の不平士族が集まり総勢五千名となっている。

 そして、それに続く形で九州各地で士族が立ち上がり、総勢二万五千を超える数となっていた。


 それに対するは征討軍。薩摩が動いた段階で電信による報告が中央へと向かい、福岡がそれに呼応する前日には既に編成が済まされており有栖川宮熾仁親王の下、香月壱心を総合トップとし、陸軍トップに山縣有朋、海軍トップに川村純義を据えて動いていた。ただ、辞令が下ったのはいいが兵力は未だ九州に向けて輸送中。軍備として小倉鎮台には兵力が四千人程度。ただし、薩摩の動きから熊本城強襲が予想されたため、台湾より戻って来ていた安川新兵衛率いる三千が熊本城へ南下しており福岡は鎮台以外の義勇軍などを合わせて全兵力で三千程度。

 この兵力で本州から来る援軍が到着予定の二日後まで福岡城に籠城するなりして持ちこたえることが壱心にとっての仕事となる。


 ……はずだった。


「……えぇと、壱心様。今、打って出ると仰られましたか?」

「そうだ」


 だがしかし、現実では壱心は打って出ようとしていた。萩の乱の事後処理と称して福岡に居座り続けていた古賀はそれに喜び勇むが桜は真顔で問いかける。


「何故か。その理由をお伺いしても?」

「……雷雲仙人の居た場所が気になる。俺が知る限りの予想が合ってるとすれば、何としても手を打つ必要がある」

「雷雲仙人……その名を出されてしまうと、何とも言えなくなるんですが……一応言っておきますと壱心様、総大将の自覚はございますか?」

「中々厳しいことを言ってくれるな……総大将の自覚はある。その上で問題ないと判断している」


 ランチェスターの法則戦闘力=武器の性能×人数の自乗から考える場合、武器の性能と言うのは人数差によって容易に覆る。相手が主力の銃として用いているエンフィールド銃とこちらの主力のスナイドルで比較すればこちらが優位だろう。だがしかし、援軍が来る前に相手が合流してしまえばその優位など即座にひっくり返されてしまう。

 だからこそ、合流する前に打って出るということだ。まさか相手も総大将が居るというのに無茶をするとは思っていないはず。そこが狙い目だと壱心は考えていた。


 しかし、桜の考えは違う。


「……大人しく籠城しておけばいいと思うんですが」


 彼女の優秀な脳裏を過るのは古典兵法攻者三倍の法則。普通に考えて援軍が見込める状況で総大将の下に三千。敵兵が集まっても五千というのだから籠城戦で味方を待てばいいだけで、無茶する必要はない。だが、壱心は続ける。


「雷雲仙人の拠点の危険性は伝えただろう? それに、今の時点で相手を挫くことが出来ればその後が楽だ」

「……後者には他の手法があると思うので納得しかねますが、前者が……うぅ」


 これだから人外の者は。戦略も予想も簡単にひっくり返して何の後始末もない。そのように不機嫌になる桜だが、理解はしてくれたようだ。それは壱心が製糸場を守る為に相手を先んじて潰したいという言外の欲も汲み取ったということだ。


「仕方ありません……が、ただでさえ少ない兵力。兵力差は約1.7倍、これはどうされるおつもりで?」

「相手は立ち上がったばかりで合流もまだ済ませていない。南は薩摩と合流するか福岡城へ向かうかで揉めている。動きを止め、方針で迷っている相手程脆いものはない。この機に乗じて集まる前に潰していく」

「……具体的には」

「桜、お前は千人で喜多岡殿とこの城を防衛。俺が唐津街道を進みながら雷雲仙人の置き土産の確認をしつつ佐賀の不平士族の合流部隊を潰す。そして古賀は千五百名を引き連れ、この地で声を上げながらも小利を得てからは己が欲に夢中になって空中分解を始めた不平士族を潰して黙らせろ」


 大将である自らの場所が最も兵力が少ないという意味の分からない指示を飛ばす壱心だが、引き連れる部隊が御剣隊を中心とした歴戦の部隊であること。また相手の情報を亜美から詳しく説明があるとその声も小さくなる。


「……いいですか壱心様。事前情報と異なる舞台と会敵した場合は戦わずにすぐに退いてください。もう、御身一人の身体ではございませんから」

「分かってる。そのために亜美も宇美も連れて行くんだからな」

「……二人とも、分かっていると思いますが非常時は」

「わかってますよ~!」


 暗殺未遂の一件から何やら女性陣が少し過保護気味になっている気がする。尤もその気持ちも分からないでもないので壱心はとやかく言わずに行動を促す。


「で、これでいいな桜?」

「……細心の注意を払ってくださいね。何度も言いますが後詰は既に向かっているのですから無茶をする必要はありません」

「分かってる」


 策はこれで行ってもいいようだ。桜の承諾を受けて壱心は正式に指令を出す。


「古賀、聞いていたな? 小倉鎮台兵を連れ、東進してくる不平士族を西新で迎撃しろ……あぁそうだ。倉庫にあるアレ・・、お前の一番お気に入りのあれの実験を許可する」

「オチキスですね? 畏まりました」


(……いや、まぁいいんだが……)


 ここで数が少ないだの不満も言わず、正式な軍議はしないのか。誰の意見も聞かずに攻撃に向かっていいのか。などと問わないのが古賀だった。壱心が決めたのだから問題なし。それが彼だ。今回はお気に入りの玩具を持って行けるということで表情にこそ出さないもののうきうきとした雰囲気を身に纏い、すぐにでも発とうとしている。


「ちょ、ちょっとお待ちを! 香月殿、あなたはもう少し落ち着いてだな……」


 だがそこで別の男から声がかかる。これまで黙って成り行きを見守っていたが、あまりの無鉄砲さに思わず声を上げてしまったらしい。彼の名は喜多岡勇平。史実では乙丑の獄を引き起こす近因となった男だ。

 現在、加齢により第一線から退いた彼は中央から福岡に戻り、史実における明治初期の薩摩の様に藩の体制に似た形で独立に近しいものを続けているように見える福岡県の監視をして中央に報告することで半隠居で仕事をしつつ暮らしている。

 つまり、香月組の中には入っていない外部の人間だ。今回は日本を揺るがす大事態のため、参謀に入っている。そんな彼は落ち着くために咳払いをして告げた。


「状況をもう一度整理致しますと、薩摩軍は熊本城に攻め入り、こちらに攻め来ているのは佐賀と小倉、福岡の不平士族で彼らは合流のため動くのに時間がかかる。ということですな?」

「そうですね」

「そして、こちらの軍勢は先日の薩摩の動きから既に中央へ援軍要請を済ませ、後は援軍到着を待つのみ。いいですかな?」

「その通りです」


 喜多岡の言葉に同意する桜。言外にもっと言ってやれという感情が分かるような形だ。そして、この場にいる誰もこの話に対して異論自体はなさそうだ。


「……でしたら、打って出る必要はないのでは? 仙人などという眉唾物の相手をまさか本気で信じている訳でもありますまい。どうしても出たいというのであれば古賀に先の千五百を与えて動きの鈍い輩に一泡吹かせて籠城。それでよいのでは?」

「ふむ……まぁ、普通に考えるのであれば大体その通りなんですが……」


 悩む壱心。理性の通りに言うのであれば喜多岡の案が正しく、感覚的には先の案が望ましい。もっと言うのであれば折角手に入れたアレ・・を実戦投入してみたいという欲もある。

 ただ、立場上は明治新政府が神道を推し進めている以上迂闊なことは言えないという問題、そしてまさか兵器を試したいから等と言える訳もないので思考をまとめた上で言葉を選ぶ必要があったのだ。


 そんな中で、あの男は一言だけ告げる。


「どちらにせよ、私めは出陣と言うことですよね? でしたら、仰られた編成で突撃したいのですが」

「……え、ちょ」

「まぁ……そうだな」


 話は未だ。そう続けようとした喜多岡。だが、壱心は彼らであれば先程の作戦を遂行するに当たって問題はないと簡単に頷いた。それが彼の出陣合図だ。


「畏まりました。必ずや壱心様に勝利を捧げます」


 そう言うと古賀は威風堂々と言った形で会議室を後にした。それと入れ替わりにこの部屋に入って来る影が。彼が壱心にのみ聞こえるように何かを告げた後、再び影に戻りこの部屋から消えると会議室に残った壱心は静かな部屋の中で呟いた。


「……俺の出陣は取りやめだ。出る必要がなくなった……安全策で何の問題もなくなったみたいだからな……」


 あまりに行き当たりばったりな形で話が進んだように見えた喜多岡はこの時点から非常に気疲れしつつ事の成り行きを見守ることにしたのだった。

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