士族の商法

 明治の京都にある茶屋の一室。その一言からイメージされる部屋からかけ離れ、西洋風に作られた会議室にて咲は何とも言えない顔で月形の対応をしていた。


「……商いについて教えて欲しい? 何故、私に」


 正直、何を言っているのか全く分からないといった口調で話は聞いているという形での返答。月形も非常に言い辛そうに告げる。


「正直に言ってしまえば、士族としての誇りの問題だ。いくら困窮しようとも商人に頭を下げようとは思えない。だが、このままでは確実に飯も食えん。彼らが納得する形で商売を教導するには、そう考えてのことだ」


(だから、そこでなぜ私に……)


 今一要領を得ない。その思考を敢えて彼女は面に出した。それを見て取った月形は言葉を注ぎ足す。


「……ここに連れて来た彼らは理想だけは高くてな。私の言う事は聞くが、自分の身内より身分が下の者の言うことなど聞きやしない。しかし、そんな高貴な身分でそこらにある問屋のような商売をしている者はいないのだ。ただ、香月殿とお主らを除いてな……」

「……ここがどういった場所かはご存知ですよね?」

「あぁ。今、京で一番人気の茶屋だ」


(これは……知らないんですか。えぇ……かなり中央にいて、しかも元福岡藩ですよね……?)


 どうやら、月形は何で壱心や咲たちがこんな茶屋をしているのかを知らないようだった。気配を探っても特に含みもない。高い隠密能力がこんなところで自分たちに牙をむくか。そう思うも自分から身バレするようなことは出来ない。


(言う必要がないから黙っているのでしょうから……ここは、仕方ありませんね)


 一つ息を溢して咲は告げる。


「お話は分かりました……ですが、私も暇ではありませんので限られた時間になります。その上、私の噂はご存知でしょうか?」

「世に名高い美女で、香月殿の細君ですか」

「……冗談ですよね?」

「いや、現に見てそうだと。相手が香月殿でなければ是非、ご相手願いたいところですな」


 雇うなら高額になる。そして、私の裏の顔は知っているよな? そう言うつもりで切り出した咲だが、なんかもう色々と疲れた。


(……利のある相手ですが、今日はいい気分のまま終わりたいですしお値段と交渉の方でお断りをさせていただきますか……)


 この後、どうにか出来るとは思えないと逃れつつ値段で断りを入れる咲。だが、月形はその方面に入ってからすぐにその有能さを遺憾なく発揮し、咲に多額の金を払い、成功の見込みはないとしても任せることを了承させた後、時間がないとしてこの場に連れて来た面々を残して遁走した。




 さて、月形が去った後に残ったのはそれなりの家格の持ち主たちだった。その家の名を使えば商人が金を貸す程度には名家の人間だ。尤も、それだけの家であってもまつりごとではなく商いに直接手を染める辺りに技能値が現れているが。


「こちらが我が店になります」


(……やっとですか)


 うんざりするほどのおべっかと下心の透けて見えた発言。そして自分たちの事業が上手く行かないのは環境の所為だという愚痴を聞かされていた咲はようやく彼らの内の一人の店に到着する。


「……これは、何屋ですか?」

「うむ? 汁粉しるこ屋じゃ。そこに張り紙があるであろう?」

「……そうですね」

「ハハ、しっかりしているように見えて案外抜けておるものじゃなぁ」


 男が笑うのに合わせて周囲も笑う。しかし、咲が言いたいのはそういうことではなかった。

 

(……茶屋で私が何を売っているのか、というよりあなた方が何を食べたのか覚えていますかね? 商売敵に認識されていないという意味、わからないんですかね)


 行きかう人々は人がたくさんいることを見て不思議そうにしている。だが、中に入る者はいない。そのため何が問題なのかは分からない。尤も、一見すれば何屋か分からない見た目の問題というのが大きいと咲は思っていたが。

 一応、そのことを言う咲だが、何やら咲の負け惜しみみたいな形で受け取られて流されているのでこのまま潰れればいいと思った。

 それは兎も角、折角来たのだからということでこの店のお汁粉が出される。この家の主である男の一人娘が丁寧な作法で持ってきてくれたお汁粉。味は普通だ。


「……因みにですが、何故お汁粉を?」

「何、簡単なことだ。一家揃って汁粉が好きで、味もわかる。それに奥が作るのが得意だからな」

「左様でございますか」

「そうだ。ここだけの話、月形様は心配し過ぎなんだよ。今は始めたばかりで客が少ないやもしれぬがこれから増える予定だ。ウチに関しては心配いらないよ」


 その言葉に賛同の意を表す男たち。咲は月形の言い分が正しいと理解しているが今ここで言ったところで聞き入れられるのは難しいだろうということも同時に理解していた。


(……それでいいのでしたらそれで。私の言うことを聞かない範囲については私の義務の範囲外という念書は貰っていますので……)


 そう考える咲だが、彼女が月形から渡された契約書には各人が説明を受けたことを承認する署名欄がある。それに咲からどういった指示を受けたのかを自筆で箇条書きし、署名させなければ咲の今日の仕事は終わらない。

 だが、彼らは女に何が分かるという手合いであり、月形さんも余計なことをしてくれたものだと考えている。つまり、説明を受ける気がないのだ。しかしここで咲は思いもよらぬ申し出を受けることになる。


「のう、互いに時間もない身。ここは協力せぬか? 書く内容をお主が言えばいいじゃろう」

「……では、端的に言わせてもらいます。外観をもっと見やすく。品種を増やす。接客を簡素化して従業員の接客効率をよくし、回転率を上げる。一先ずはこれで」

「うむうむ。何のことかはよく分からんがこれでいいのじゃろう? では、ウチはこれで」


 満足げに紙に言われたことを自分用の紙と咲の分の紙に認めてそのまま店に帰る主人。そのやり取りを見ていた集団から同じような声が上がり、時間がないという理由で多くが我先にと自分の店から回ってくれと言い始めた。近い順番から回るとして、数を順調に減らしていく集団。料理屋や汁粉屋などの食べ物屋が彼らの中で多数を占めていた。それを見て回る中で咲は頭痛を覚え始める。


(接客が過剰なんですよね……ただ、茶屋の本当の顔が集めた情報と乖離が過ぎる場所も幾つか。一般客が居た場所では私達への接客と町人との間に酷過ぎる乖離が見られた場所もありましたし……一見では、流石に無理ですねこれ……)


 途中から同じようなことばかり言っているなと思いつつ、周囲からもそう思われながら移動する集団。今回の依頼を受けてから茶屋の本来の顔……京都の町の情報収集という面を使用するまで時間が少しかかったが、それによって咲は遅れながら色々と見え始めていた。

 彼らの接客は見事なものが多かった。それが故に逆に窮屈さを感じたり効率が悪く思うのだろうと咲は思ったのだが、途中で入ってきた情報により接客が過剰なのは自分たち等、彼らにとって接客する必要があると判断した相手だけで普通の客に対しては接客どころか自分たちの要求を押し付けている場所もあると知ったのだ。最初の失策に気付いたのは彼らが自宅に帰ってから。後の祭りだ。


(これは、普通に見て回っただけでは気付けませんね……私たちに見せているのは綺麗な接客ですから。事業が上手く行っていない理由が上に伝わらない理由はこれですね……後は……)


 取り敢えず、頼まれていた一行を目に見えない範囲に片付けることだけは出来た咲。本来は頼まれていない追跡調査まで色を付けて月形に送ることにはしたが、今残る数は片手で数える程度。これが終われば咲の仕事は終わりだ。もっと言うのであれば、後日の追跡調査も自分が動く必要はない。部下に任せる予定だ。


 しかし、これからの一行はこれまでの一行と質が異なる。彼らは、本格的に事業が不味くなり始めている部隊。


「では、ウチの状況からお願いします……」

「……包み隠さず、お願いいたします」

「はい」


 ただ咲が説明を行い、一筆添えるだけということではない本格的な介入が必要なグループだった。



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