贈り物

「お帰りなさいませ」

「あぁ……」


 利三、織戸、壱心らが地方からの客人へもてなしを行ったその日の夜遅く。利三や織戸が夜の街へと更なる接待をしに向かった頃、壱心は一人翌日の予定を理由に帰宅していた。出迎えたリリアンはすぐに壱心が持っている大きな紙袋に気付く。


「お持ち致しますか?」


 すぐに気を利かせるリリアンだが壱心は微妙な顔をしてその袋を引いて代わりに言葉を投げかける。


「……いや、あぁそうだな。起きてる奴はどれくらいいる?」

「起こしますか?」


 何かあったのかと過敏に反応するリリアン。だが、そんなことを大きくされても困る壱心は微妙な顔を続けたままだ。


「いや、まぁ何というか……まぁ中身を見てもらえばわかるんだが」


 そう言いつつ壱心が紙袋を開けるとそこには刺繍が施されたハンカチやレースの入った手袋、藍染めされた小物入れなどの絹で出来た製品と兎のファーだった。


「え、これ……」

「リリアン、亜美、宇美、桜で使ってもらおうと思ってな……あぁ、恵美と咲にはまた別に送ってあるから気にすることはない」

「……! ありがとうございます!」


 夜遅くというのに元気に喜ぶリリアン。その様子を見て壱心は密かに安堵の息を漏らす。


(……一応、喜んではくれるか。なら大丈夫だな……)


 今回、壱心が彼女に渡した物は生糸として使うには不向きな繊維をアクリル処理して得られた紬糸、絹紡糸けんぼうしで作られた絹織物だった。兎のファーについては品種改良により殺さずに毛を刈ることで繊維が得られる長毛種の走りとも言える存在から得たものだ。


(さて、リリィは喜んでくれたからいいとして……問題は亜美、宇美だな。あいつらは外に出る機会も多いし、俺の側近として周囲に認知されているから贈り物をされる機会が多い……)


 第一段階として目の前にいる少女を喜ばせることには成功した壱心は内心でそう考えつつ次に待ち受ける淑女たちのことを思う。どうやら起きてはいるようですぐにこちらに来るということだった。


(……にしても)


 それは兎も角として、金髪の少女の喜びように思うところが出て来る壱心。これ程までに喜ばれるとは思っていなかったのだ。


(そんなに喜ばれると少し、気まずいな……試作段階のものを貰ったわけで、別に買ったということでもないし……)


 以前にも絹で出来た肌着を贈ったことはある。だが、その時は防刃繊維としての縮緬ちりめんに着目したものであり、防具としての支給品の扱いだった。


「んー……何ですかぁ? そろそろ寝ようかと思ってたんですけどぉ」

「……宇美?」

「はぁい……わかってますよぉ。もう……」


 続いて出て来たのは亜美と宇美。どうやらそろそろ寝ようとしていたらしい宇美は眠そうにしながら出て来た。その交代で今から活動を開始しようとしていた亜美がそれを窘めるが、若返ってからという者の今一迫力がなく、宇美は微妙に生意気な態度が増している。


「……あれ? リリィ、何か嬉しそうだけど。それ?」

「壱心様からお土産です! お二人の分もありますよ」

「え~! それを先に言ってよ~! 何があるの?」


 眠気を吹き飛ばして元気になる宇美。現金なものだが、彼女の明るさがそれを許してしまう。亜美もやれやれと言った面持ちになるだけだ。


「わぁ~! 可愛いですね~どれにしよっかなぁ? あ、亜美さん先に選んでいいですか?」

「………………えぇ、まぁ」

「わーい!」


(今、随分と溜めてたが……いいのか?)


 珍しく長考していた亜美を見て壱心はそう感じた。だが、他でもない当人同士がいいと言っているのだから口を挟む余地はない。今の外見ではそう変わらない年に見えるが実際は当時の親子ほどの年齢が離れているのだ。このやり取りは別におかしなものではない。ただ、今回の様に長考する亜美は珍しかった。


(……何かちょっと色々と思うところが出て来るな)


 貰って来たモノを選ばせるということで格差が生まれているのを見て壱心は結構考えることになる。こんなお座なりな対応でこれ程までに喜ばれているのを見ると居心地悪さが加速していくのだ。


(明日、ちゃんとしたものを買って来るか……今回のこれは見本だったということにでもして……)


 ちょっと思い直し始める壱心。ただ、目の前ではこれを渡すということで盛り上がっている面々がいる。


(あ、これはこれであげないとダメだな。それはいいんだがはこれをあげたとしてどう言い訳をしたものか……新しいの渡すとしてその口実になりそうなもの……)


 悩み始める壱心。そんな彼の元に新しい女性の影が現れる。とは言うものの屋敷内では見慣れた少女だ。彼女は燥いでいる面々を他所に壱心へ忍びよると小声で告げた。


「今からでも遅くはありませんよ? はっきりと意図を仰ってくだされば分からぬ相手ではないかと」

「待て、何の話だ」


 突然の話に壱心はそう問い返しつつも意味は既に通じている。この場に最も遅れて現れた少女、桜は意味深に笑いつつ続けた。


「うふふ……お土産を持ってきて、皆が喜んでいるというのに持って来た側が一人だけ浮かない顔をしていれば内面こそ分からなくても少しは察しますよ」

「……壱心様?」


 二人のやり取りに気付いたリリアンが首を傾げる。壱心の様子がおかしいことに皆が気付いたようだ。事ここに至れば最早隠すということもない。そう考えた壱心は切り替えた。


「いや、ここにある分は何が欲しいかと聞くつもりでな……本物の絹製品を明日、買ってくる」

「え~! いいんですかぁ? でしたら、私も一緒に買いに行きたいなぁ」

「む……いや、まぁ。いいか……」

「わーい! やったぁ! でも、急にどうしたんですか?」


 どうしたのか。そう問われてもどう答えたものか。素直に言うのであれば試作品が出来たのでそれを貰って喜ぶかどうかの実験だがそれをそのまま言うほど野暮な壱心ではない。


「……日頃の、労いとかその辺りだな」

「え?」

「ありがとうございます! どんなのにしよっかなぁ~……あれ? 亜美さんどうかしたんですか?」


 簡単に転がってくれた宇美。それとは対照的に一人だけ少し距離を取って品物を見ていた亜美の方が声を上げた。目敏く反応する宇美。亜美は澄まし顔で宇美に何でもないと答えるが桜が意味深に笑いながら壱心に尋ねた。


「うふふ、こちらの品々……かなり良いモノですよね? 私はてっきりどなたかに結納の贈り物をされたと……」

「いや、そんなつもりはないが……」


 はっきりと、何の含みもなく、素早く反応した壱心。皆が彼のそんな反応を見ていたが、一同の中で宇美だけが壱心ではなく亜美のことを見ていた。


「あれぇ? 亜美さん、がっかりしてませんか~? もしかして~」

「……何かしら?」


 睨むように反応する亜美。宇美はそれを茶化すようにリリアンの後ろに隠れる。その流れを見て桜も口元を抑える。


「うふふ」

「何でしょうか? 桜さん。何か、言いたいことでも?」

「えぇ~? 言っちゃっていいんですかぁ? 亜美さ「宇美、余計なことを言うと分かってるわよね?」」


 宇美の言葉に被せるように亜美が睨みを利かせる。宇美は怯んで止まったが亜美は止まらない。


「いえ、分かっていないから余計なことをしているのかしら? ねぇ? そうなのでしょう。なら、明日は一日私に付き合いなさい」

「あ、亜美さん……今日、遅番ですよね? 無理しなくても……」


 宇美の危機察知能力が動き始める。だが、それは少し遅すぎたようだった。


「貴女が気にすることじゃないわ。さぁ、明日が待ってるわよ……今日は早く眠りなさい」

「えぇ~! 明日は壱心様とリリィとお買い物なんですよぉ~!? ねぇねぇ、壱心様ぁ! 助けてぇ~!」

「……そうだな。執務が終わってから買いに行くからそれまでにしてくれ」

「畏まりました」


 全然助けられてないと声を上げる宇美。そんな彼女を見てくすくす笑う桜と呆れと諦念が混じった顔の亜美。リリアンと壱心も静かに笑う中で香月家の夜は更けていった。

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