戊夜
七奈を黙らせるために悪坊主が熱いヴェーゼ……ではなく、暴力的な解決をするまでに壱心たちが聞けたのは以下のような内容だった。
・悪坊主が所謂
・この国の未来において、日清・日露の戦争は不可避のものらしく七奈が悪坊主に黙らされることもなく説明を受けることが出来た。また、その開戦時期も内容も壱心が知っていることと変わらない。
・世界大戦については悪坊主として、何か思うところがあるのか凄まじいまでに嫌そうな雰囲気を出しながらも七奈の言う通りにして七奈を黙らせた。
これが彼らの過去についての話で聞けた分になる。そして次が彼ら二人にとって今だった時代の話だ。
・彼らの時間軸では日本は恐らく明確に軍と呼べるものを保有している。
・民間に軍需産業が普通にあり、悪坊主は現在、その界隈でも規模の大きい会社を運営し、人材派遣として正式な手続きを踏んで傭兵派遣などを行っている。
これらの事情を語る間に七奈の
「この色呆け嘘吐きが……ようやく黙りやがった……」
「えへへ、二回かぁ。まぁまぁかなぁ……でも痛かった。もう静かにするから普通にだっこして」
「まだ減らず口を叩くかこの……」
壱心の目の前には悪坊主から殺す気の締め技を受けながらも余裕の七奈がいた。一度、悪坊主にキレられて喉を抉られたというのに元気なものだ。
(何だこれは……)
そんな光景を見続けていた壱心は違和感を抱く。悪坊主たちの言動をどう見ても悪坊主がこの少女に好まれる要素がないと疑念を抱いたのだ。人外のことを人知で推し量るというのが無謀なことなのかもしれないが、それでもこれまでの行動からして少なくとも七奈にはある程度、人間の心理が存在しているように見える。
それを踏まえた上で彼女のことを見ていると、その語りや騙りもそうだが傍から見ていて……いや見る必要もなく声音だけで七奈が悪坊主のことをどれほど愛していることが窺える。明らかに愛想を尽かすような態度を見せられても尚、だ。
そうなるのであれば疑わしいのは悪坊主だ。しかし、悪坊主から七奈の方向には彼女がそう言った類の行動をするのを嫌がる素振りを見せることはあっても、歓迎する様子は一切見当たらない。あまりに不自然な関係。外見から判断するに行動者が真逆であればまだ分かるものだが……
(訊きたいことは幾らでもあるし、聞かなければいけないこともどれだけあることか……しかし、どうしても気になる。あまり真面目な空気ばかりだと相手の油断も誘えないし、ここは……)
自分の心に浮かんでくる感情に理屈で肉付けをした壱心は他の質問を差し置いてある質問をする正当性を作り出し、悪坊主に声をかけた。
「……率直に聞かせてください。結局、お二人はどういった関係なんですか?」
訊きたかったこと、それは思っていたよりも真面目なトーンになってしまった。壱心がそう気づいた時には既に相手に音が届き、反応を見せた後だった。悪坊主は嗜虐的な笑みを浮かべ……すぐに下からの視線に気付いて一瞬だけ顔を顰めて口を開く。
「腐れ縁だな」
「関係としてはプラス、マイナス、どちらなんですか?」
壱心はすかさず斬り込む。悪坊主は案外、素直に受けてくれた。
「んー個人的にはあんまり仲はよくないと思うがねぇ……さっきも言ったが、俺の状況はもう少しで悲願達成というところで過去に拉致られてるんだ。仲良くしたいと思う奴がいるか?」
「……ごめんなさい」
謝る七奈だが、悪坊主は止まらない。自嘲気に笑いながら話を続けた。
「しかも過去に来て何をしたいのかと思えばノープランと来たもんだ。この時代に来てやりたいことも特になく全て、本当に生活基盤とかも全て俺に丸投げ。後先考えず俺の計画を潰すことだけ考えてたんだとよ。さてここで質問。そこまで手の込んだ嫌がらせをしてくる奴とそれを受けた側の存在の関係、プラスと思うか?」
悪坊主の言葉は壱心に答えているようで七奈に言っているようだった。そのことは彼女にもわかっているようで七奈は先程まで上機嫌だったのを一転させて謝罪した後は黙り込んでしまっている。そんな彼女と悪坊主と見比べた後、壱心は言うべきか悩み、そして意を決して言った。
「……見ている限りだと、そうです。確かに酷いことをしているようにも見えますが、お二人の信頼を判断すると大したことでもなさそうに見えます。はっきり言ってしまえば言葉ほどの深刻さは感じません。じゃれ合いの様にしか見えないんですが……」
壱心の口ごもりながらの返事に七奈は反省していますという態度のままどこか期待した目で後方で彼女に組み付いている悪坊主を上目遣いに見やった。二人の目と目が合い、僅かな時間彼らの間に沈黙が降りる。
しかし、傍から眺めていた壱心はすぐにあることに気付いた。悪坊主の眼差しは目の前にいる少女を連れられて行く仔牛を見ているかのような憐憫を込めたものであるということに。少しの間の後、悪坊主は呟く。
「まぁ、言ってしまえばもうすぐお別れだしなぁ……確かに、そこまで本気で怒りはしてないな。色んな計画との兼ね合いとか、過去の契約とか……こいつを本気で処理しようとしない理由は色々とあるが……やっぱりもう終わりってのがあるから多少は目を瞑ろうかと」
まぁこの時代に飛ばされた瞬間はそんなこと考える間もなく衝動的にぶっ殺そうかと思ったが。半笑いでそう続けて七奈の動きを確認し、大人しくなったかと確認してから戒めを解く悪坊主。七奈は解放されたのを確認すると少し負い目を感じている表情で花唇を開き、謝罪する。
「あの……ごめんね? でも、やっぱり別々は……」
「別に。戻ってから邪魔しなければ今回はいいよ……そもそも、これまでのお前の環境とその環境の中でこれからも一人で頑張らないといけないという境遇を考えると情状酌量の余地はあるしな……まぁ、少し、悪いことしたな」
「うん……うん?」
悪坊主の端的な許しの言葉。仲直りの時間……と思ったのもつかの間。悪坊主の発言に違和感を覚えた七奈は体勢を入れ替えて彼と向かい合う形になって言った。
「……待って。戻ってから邪魔ってどういうこと? これから一人って何?」
「? いや、そのままの意味だが。過去に飛んだすぐ後の時間に飛び直すだろ? 俺が特異点だからその時点以外だと俺が作って来たモノが全部ない世界になるし。で、その戻った時点から半年後の星辰が揃った時に邪魔をするなって話。一人ってのは普通に……」
何やら専門的な用語が飛び交い始め、理解が覚束ない壱心と桜。だが、少女は彼が何を言っているのかすぐに理解したらしく焦りながら訂正してくる。
「え。ご、ごめん。言ってたと思うけど、違ったかな? あの、ちょっと、ごめん。ボクが作ったタイムマシーンにそんな細かい設定は……」
「分かってるよ。だから今から別世界に行って
悪坊主が徒労感を滲ませてそう溢した瞬間、七奈の纏う空気が熱を持った。壱心は知っている。それは戦の前触れの空気だ。彼女はポツリと言葉を漏らした。
「まだ、足りてなかったんだ……」
彼女がそう呟いた時、先程までの熱が真逆に反転した。それと同時に部屋の温度が一度下がったかのような寒気が室内にいた者を襲うのだった。
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