丁夜
壱心からの質問時間。まず最初に壱心が考えたのは相手の素性を探ることでこれまでとこれからの発言内容の信憑性を確かめたいということだった。また、同時に零れた情報も得られるのではないかと期待して次のような問いから彼は始める。
「質問時間ということでまずはお二人について。いつの時代から来たのか、そしてどんな人物だったのか、それからお二人の関係を訊かせてもらいたいですね」
そう切り出して壱心は七奈の方をちらりと見た。質問内容、特にその最後の部分に対して七奈が敏感に反応するのを見越してのことだ。情報源として、悪坊主よりも彼女の方が御しやすいと判断した彼の思考。それは疑いの余地なく的中し、効果は覿面だった。落ち着きをなくした彼女は何度か露骨に悪坊主相手に視線を送る。
だが、悪坊主はそれに一瞥をくれてやるのみですべてを封殺して言った。
「そうだねぇ、順に答えるか。まずいつから来たかについては数字で換算するならこの時代から大体150年ほど後の時代ってことになる」
少女からの発言を期待していたところで当てが外れた形になる壱心だが、悪坊主からの情報でも情報は情報。何らかの意図が込められてこちらが本当に欲しいものではないかもしれないが、ないよりはマシということで聞く態勢に入る。そのことを分かった上で悪坊主は続けたようだ。
「……尤も、君が知ってる時代の流れとは異なる歴史を歩んでるからあんまり参考にはならないだろうな。詳しい歴史の流れについては俺より七奈の方が詳しいからそっちに聞いてくれ」
「……わかりました」
早速だが壱心は悪坊主の発言に引っかかりを覚える。彼の言が正しいとして七奈の方が詳しいのであれば彼女から話させればいいはずだ。彼女が何か言いたそうにしていたのを封殺してまで話し始めたのは悪坊主の方だ。
(……聞いてくれ、ねぇ。その時間は果たしてくれるものか……)
だが、それは内心で思うだけに留まらせておく。下手に突っ込んで相手の気分を害し、先の二の舞になるのは避けたいところだったからだ。それに、時間もない上にこの話題よりも後の内容の方が重要だ。この件は置いておき、後でまとめて一転攻勢に出ることを決めた壱心は悪坊主の発言を待った。
そして彼は続ける。
「で、どんな人物だったか……か。困るな。そもそも俺は人間じゃないし……まぁその辺はいいか。ざっくり説明すると俺はちょっと存在が気に入らないという理由で神使に半殺しにされて元の世界を追放された
「で! 二人の関係は婚約中だよ」
「は?」
急に割り込んできた七奈といがみ合いを始める悪坊主。その間に壱心にも考える猶予が生まれるが、どうにも反応に困ってしまう。予想外の方向に続いてしまった二人の自己紹介が一笑に付して軌道修正したい程奇妙な内容だったのだが、そうも出来ない雰囲気を目の前の二人が纏っているからだ。
「……桜、どう思う?」
「すべて真実だと……後、怖いです。あの、喧嘩はここでは、その……」
困った壱心は桜に判断を委ねた。しかし明晰な頭脳を持つ桜の反応も壱心が思う内容とあまり変わらないようだ。目の前で一触即発の気配を纏い始めている二人を見る限り、常人でないのは明らか。
ただ、そんな彼らの素性の一端が分かったところで、そこから壱心たちが欲しい情報には繋がりにくいだろう。寧ろ、それを探ろうとすればかえって混乱を招いてしまう。どうにも発言内容が濃過ぎて一々話が脱線しかねないのだ。
どうしたものかと考え込む壱心。その間に目の前の争いは火が点きそうになっていた。何度も壱心に目配せしたというのに思考中で無視されてしまった桜は諦めて席を立って二人を宥め始める。
「え、えぇと! こ、壊れますから! あの! 落ち着いてくださぃ……!」
その声で我に返った壱心が顔を上げると桜の声を受けて同じソファで睨み合いを利かせていた二人は剣呑な空気を纏ったまま一先ず臨戦態勢を解いていた。そして悪坊主が不機嫌そうに七奈の発言を訂正する。
「あー、俺とこれの関係性は腐れ縁だ……このアホが幼児の時から十年来の。で、このくだらない婚約云々の冗談は俺が化物に両足突っ込んで腰まで浸った連中五人と死闘を繰り広げて瀕死になった時、逃げた先で二千の完全武装した敵軍と遭遇して半分自棄になった時に失言した内容。それをこいつが持ちネタにして遊んでいるだけだ」
七奈を睨みながらそこまで言った悪坊主は疲労感を滲ませて溜息を溢す。
「はぁ、最近は本っ当にしつこいなこのネタ……口を開けばすぐこれだ。しかも、妄想を垂れ流し始めて収拾がつかない。何よりも厄介なのはどんな話からでもこのネタにつなげようとする捻曲がった根性だな。おいアホ、お前はいつまで俺の失言で遊ぶ気だ? ネタにしてもしつこい」
「遊んでない、本気。言ったのは言った。絶対守ってもらう」
うんざりしている悪坊主に返されたのは真剣な目だった。見ていれば吸い込まれそうな大きな瞳。それを支える表情は無駄なものを全て削ぎ落とした真顔だ。整い過ぎていて恐ろしさすら覚えるその顔を前にして壱心たちは思考を忘れ、息を呑んで成り行きを見守る。だが至近距離でそれを見ている悪坊主は露骨に苦い顔をして言葉を転がすだけだ。
「どこが本気だ……気持ち悪い死ねとまで言っておきながら」
「言ってないでしょ? 何? まだ喧嘩したいの……? いいんだよ、ボクは無理矢理でも。もうなりふり構ってる時間ないし」
「……はいはい。でもそっちが断ったのは事実」
狂気すら感じさせる七奈だが悪坊主の投げやりな一言で動きが止まった。言葉を詰まらせた七奈だがすぐに何やら小声で言い始める。だが、悪坊主は「金なら払うからいい加減やめてくれないかねぇ……」と流すだけだった。
そして生まれる奇妙な間。それで壱心は今回聞いた分の返答を悪坊主が終わらせたという雰囲気を出し始めたことに気付き、次の質問を考える。
(……気になるのはさっきの発言。七奈という少女はこの世界の住人で、日本語を話している……が、そんな彼女と十年来の付き合いという悪坊主は完全武装した敵兵が二千と言っていたよな……この国の未来はどうなってるんだ? 俺の知っている流れと違うとすれば、ここから先の時代は何が起きる? 俺がここに来たばかりの頃に書いた歴史とは違うことがあるのか? ……この辺りの擦り合わせがしたいな……)
そこまで考えたところで壱心は悪坊主を見る。彼は余裕そうだった。そして今度は七奈を見る。彼女は悪坊主しか見ていなかった。そこで壱心はにやりと笑って桜の方を一瞬だけ見て目を合わせた後に口を開いた。
「ちょっと勘違いの話が聞きたいですね。どんな感じで告白されたんですか?」
「! 聞きたい!?」
「あ、はい……私も、気になります……」
壱心の所作から意を察し、追随しようとした桜が遅れてタイミングを逃すほどの素早い反応だった。狙った獲物は一本釣りだった。それにほぼ同じ早さで気付いた悪坊主が七奈を制すと彼女は大人しく悪坊主の膝の上に座る。そして悪坊主は自分の上に座らせた七奈を両手で拘束し、彼女の後頭部に何度も鈍い音を鳴らす頭突きをしながら言った。
「待て馬鹿。お前、ここに来るときの話忘れたのかこの馬鹿」
「覚えてるよ! でも、約束守ってたけどくっつくのに抵抗してる!」
「これ以上くっつくってなんだ。どれだけこっちが我慢してると思ってんだお前」
「……あのねぇ。あ、いや、分かった。じゃあどうしてもボクが喋るのを止めたいなら口で口に蓋して」
一際大きな鈍い音が響く。凡そ、人体から聞こえていいはずのものではない音が悪坊主と七奈の居る辺りから聞こえて来た。しかし、音の発生源たる少女はそれを意に介さずに天使の讃美歌の如き麗しい声で語り始めるのだった。
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