第20話 遭難の時
さて、薩長筑同盟を成立させて祝賀モードになっている龍馬一行。その中でそういえばと壱心は気付いてしまった。
(あ……史実とはタイミング違うけど何かまずい予感……薩長同盟が成立した直後、龍馬って寺田屋で伏見奉行による襲撃を受けて指切られたはず……)
運命の悪戯だろうか。本人としてはこの時期は福岡から離れる予定もなかったがために忘れていたが日にちこそ違えどタイミングとしてはばっちり龍馬の捕縛、ないしは暗殺を目的として起こされる事件である「寺田屋事件」もしくは「寺田屋遭難」と呼ばれる事件に巻き込まれた気がする。
史実の概要では伏見奉行の林肥後守忠交の捕り方が龍馬を捕縛か暗殺しようとして捕り方30人程で龍馬や長州の三吉慎蔵らを取り囲む。
それに気付いた入浴中だった龍馬の妻であるお龍が着替えもせずに裏階段を駆け上がって危険を知らせたというのは有名な話だ。お龍の機転により辛うじて準備をすることが出来た龍馬たちは負傷しつつも逃れることができるという事件である。
(……えぇ……巻き込まれた……)
ご機嫌で宴会をしている龍馬とその護衛である三吉。そしてきちんとお龍もいる。ついでに紛れ込んだ自分さえ除けば状況は完璧だろう。
「お、進んどらんのぉ? 黒田節、見せてみぃ!」
「お? 後悔するぞ?」
(……大体丑三つ時(深夜2時)ごろに突入を受けるんだよなぁ……でも大役を終えてせっかく上機嫌になってるのをぶち壊すのもアレだし……)
場の空気を壊さないように一升を一気に飲み干した壱心。それを見て盛り上がる一行。しばらくはそんな形で宴会は進み、壱心は時間を忘れて飲み食いする。他人の金で食う飯が美味いのは古今東西変わらないことで、壱心は深酒し始める。そんな中、お龍がそろそろ寝るために風呂に入った。
(ぅいっ? もうそんな時間かよ……失敗した……)
人の動きでようやく我に返った壱心。酔いも醒める中で外に気配を探りに行くと既に10名程度の息を殺した集団が。
「おん? 壱心は何か急に緊張し始めたのぉ? お龍の艶姿でも想像したか?」
「……いや、何か酒の味が変わってね……何もなければいいんだが……」
もう遅い。龍馬はからかうように言うが壱心が急激に酔いを醒ました様子を見て訝しみつつ盃を傾けて勢いよく裏口を駆け上がる音を聞き、身構えた。
「龍馬! 囲まれてる!」
「なっ……ま、まぁ一先ずお龍。服を……」
「きゃぁっ!」
お龍は大事な個所を隠して下に戻る。龍馬と三吉は既に酔いを醒まして逃げ支度に入っていた。
「壱心の勘は当たってしまったなぁ……外れればよかったんじゃが……」
「囲まれているほどの人数であれば今から逃げるよりも相手が駆け上がって来て隊列を乱してからの方がいいと思います……」
「そうじゃな。あ、そうじゃ。薩摩藩士だって言ってみたらどうじゃろうか? 通じんかのぉ?」
「……それが通じればいいんですがね」
三吉は手槍を片手に苦笑して龍馬の言葉に応じる。しかし、まもなく慌ただしい足音が廊下から響いて来て勢いよく襖が開いた。
「御用改めでございます! 肥後守よりの上意である! いざ神妙に!」
「おうおう、ご苦労さんじゃ。じゃが、わしは薩摩藩士じゃぞ? お奉行様とて……」
「戯言を! 抵抗すれば斬る!」
龍馬の嘘はいとも簡単に見破られてしまった。交渉は決裂とばかりに捕り方が勢いよく駆けて来るのに対し、迎え撃ったのは巻き込まれた形になる壱心だ。
「あっ! 壱心! 馬鹿、室内でそんなに振りかぶって……」
龍馬が拳銃で相手を追い払おうと撃ちつつ壱心が長刀を振りかぶる様を見て思わず声を上げる。相手もその刀は天井に阻まれて胴ががら空きになる……そう思ったまま、彼は唐竹割に胸まで割られ絶命した。
「なぁっ……? 何ちゅう力じゃ……」
続けて発砲しようと思っていた龍馬が思わず呆けてその手を止めるほどの力。壱心の刀は障害を切り裂いてそのまま相手を両断する勢いで振り下ろされたのだ。
「本物の示現流か……?」
どよめく捕り方、その隙を壱心が見逃すわけもなく既に斬った人物を奥へ蹴り飛ばして後詰の人物にぶつけ、動きを止めるとそこを一突き。
「がっ!」
奥にいた人間ごと貫くと一度、壱心は刀から手を離して壱心が近づいて来たことに反撃に出ようとしつつも目の前で見方がやられて数瞬のラグを生んでいた相手に発砲する。眉間に穴が空いた男はそのまま前のめりに倒れた。だが、壱心はそんなことを気にせずに落ちていた刀を蹴り上げて取ると死体で蓋をされる形になっていた廊下の捕り方たちが出てきたところを更に斬る。
「チッ……」
しかし、刀が良くなかったらしい。綺麗に骨の間を通って首を刎ねたというのに刀身が曲がってしまった。仕方がないのでこの刀に関しては思いっきり投擲して相手を壁に縫い付けることにして壱心は奥にいる相手を蹴り飛ばして刀を奪う。
「お、いい刀……」
蹴られた相手は肋骨が肺に突き刺さり血を吐きながらのたうち回っていたが壱心に首を蹴られて妙な方向を白目で見続けて痙攣するだけになった。
そんな壱心の動きを見ていた相手は標的を壱心から元々のターゲットである龍馬に移すべく彼を他の誰かに任せたいとアイコンタクトを送る。
だが、相手が獲物ではなく傑物だった場合、標的から視線を逸らすのは愚か者の極みだ。当然、回り込ませようと目配せした男はもう二度と目を覚ますことがないようにさせられ、これで指揮系統を失ったのか相手の狼狽が酷いレベルになる。
「あ~……相手から斬りかかってきたけぇやったけど、あんまぃやっと西郷さんに怒られるけぇなぁ……こっち来ちょっから猶更やん……」
ここで、壱心はいい意味でも悪い意味でも有名になっている龍馬に変わって自身が薩摩藩の人物であることを仄めかすようなことを口調を向こうの真似て告げる。
正当な指揮系統を失っている捕り方たちは御用改めをしようとした相手が奉行所の力の及ばない薩摩藩の人物であり、正当防衛と言う名のもとに反撃して来たという風に勝手に解釈して更に狼狽え始めた。
「さ、薩摩は今回の話に関わりのないことだろう? 正当な理由もなく我々がお尋ね者を探す邪魔をし、た、隊員を殺傷したことは重罪であるぞ? 即刻、彼らを引き渡せ」
「邪魔? 先に攻撃を受けたとはこっちやぞ? そいとも君らは嘘を吐くと言うのか? 証人ならそけ二人おるが、どげんすっか?」
龍馬と三吉の方を見て壱心は捕り方を代表している状態になっている男に問いかける。彼はバツが悪そうにもごもご言っていたが後ろの者たちと相談して気を取り直して告げた。
「……本件に関しては、我々現場の判断できる範囲を超えている。速やかに人を派遣するため、この場に残って沙汰を待たれよ」
「自分らに有利なことばっかい言って奉行様を惑わすなよ? 今は国難に挙国一致で当たっべき時だ。国内で争こんは、誰い凄ぜよかこっじゃらせんからな……」
壱心がそう言うと捕り方たちは殺された隊員たちを引き取って撤収して行った。しばらくの間、警戒していた一行だが完全にいなくなったのを確認すると大きく息をつく。
「ぷはーっ……壱心、おんし強いのぉ! びっくりじゃ!」
「……まぁ、そんなことより戻ってこられても困るんで本当に薩摩の藩邸に逃げましょか。あー酔ってちょいとやり過ぎたな……卑怯者の俺が表に出たらダメというのに……ちゃんと裏に潜らなきゃ……」
ぶつぶつ言いつつ無傷のまま薩摩藩邸に逃れる一行。壱心だけ状況説明を終えた後は福岡藩邸の方に顔を出してそのまま泊まったが、龍馬一行はそのまま薩摩藩の庇護下に入った。
その後は史実通りに薩摩藩に対して奉行所から龍馬を引き渡すように命令が下るも薩摩藩はそれを拒否し、寺田屋事件は終了することになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます