第19話 同盟の時
1866年1月20日。半年前に福岡藩における幕末の悲劇、乙丑の獄を回避した壱心だが現在、彼は現実逃避をしたくなっていた。
「壱心くん、そんなに外見てどうしたんじゃ?」
「……いや、何でもないです」
「相変わらず固いのぉ!」
ローテンションな壱心に対して上機嫌に壱心の肩をバシバシ叩いてくるのは幕末の偉人、坂本龍馬だ。そして彼がここ最近の壱心のテンションを引き摺り下げた原因でもある。
「もっと気楽にいこうや、な? 異国では堅苦しい言葉遣いなんてないらしいぞ? これから世界で活躍するんじゃから今から慣れておかないとな!」
「……いや、言い回しなんかで定型文みたいに決まったものは……」
「それはそれじゃろ!」
「……はい」
やたらと明るい龍馬だが不意に言葉を切ると隣の部屋で真剣に会議をしている一行の話題に移った。
「まぁだ話しあってるんじゃのぉ。既に腹は決まっとるのに……まぁ福岡は色々抱え取るから仕方ないと言えば仕方ないが……」
「……そうですね」
「あんまり他人行儀だといい加減怒るぞ? こっちが親しくしておるのが馬鹿みたいじゃろ? 礼儀っちゅうもんはな、過度に過ぎれば人を不快にさせるだけだから気をつけい」
「はぁ……わかりましたよ、わかった。じゃあ、何を揉めてるのか知ってる?」
ようやく距離を縮められたと龍馬は顔を明るくさせた。その表情だけで人の心を開かせるあたりこの人は本物の人たらしだなと思う壱心の前で龍馬は告げる。
「そうじゃな。簡単に言うなら三角関係じゃの。福岡が主導権を握るやもしれぬから薩摩が牽制し、長州は先の戦いで薩摩に京を追い出されたことを根に持っとる。で、長州から福岡に対しては前の幕軍の時に世話になったことから福岡寄りではあるが五卿流れがしこりじゃな。福岡に関しては壱心君の方が詳しいじゃろ」
「ま、大体そうだねぇ……」
壱心は史実から少々入り組んだ状態になっていることに頭を抱えたくなっていた。結局のところ、史実通りに話がまとまるのは壱心が屋根裏に潜んだり色々したりしたことでわかっているのだが、どうにも一手、決まり手に欠ける。
史実では龍馬がやって来たことで薩摩の西郷隆盛が長州の桂小五郎に頭を下げ、それによって両者は形の上で和解して同盟が締結されるのだが今回は福岡が入っていることから薩摩が簡単に頭を下げるとこれからの主導権を福岡に取られるのではないかと危惧して渋っている。
(しかも、本来なら薩摩を説き伏せる役の龍馬さんが早川様と月形様が何とかするだろって適当にしてるからな……どうでもいいけど福岡藩には行かないって言ったのに龍馬さんに連れてこられて早川様と月形様に睨まれたんだがその責任に関してはどう取ってくれるんだろうか……)
長州を助けるために奔走した福岡藩、筑前勤王党の早川養敬と月形洗蔵。彼らの誘いや加藤の頼みは辞退して代わりに友人の安川新兵衛を推薦したのに自身も遅れながらも普通に来たということで月形に睨まれた壱心。
尤も、これをあまりに交渉に時間をかけすぎているから来たと何とか誤魔化したため事なきを得たが、勘違いで加藤の怒りを買って殺されたらどうしてくれると壱心は機嫌を悪くしていた。
ついでに、後ろで歴史的な対話が行われているが壱心にとっては福岡で色々と画策していたことを途中のままにしてまで既に結果が分かり切っているこちらに連れて来られたこと。また、急に連れて行かれることになったためリリアンへ書置きが適当になったことなどがテンションを下げる要因となっている。
(あ~早く帰りたい。何かあったらこいつのせいにしてリリアンを船に乗せよう……もう殺されてるかもしれんが……)
龍馬の強引さに加えて藩主である黒田の直々の命令には逆らえずにこの場に来ることになってしまった壱心だが、リリアンのことが結構気がかりだ。内心の様々な思惑を飲み込んで龍馬と会話していると不意に襖が開いて笑顔の新兵衛がやって来て一言告げる。
「……薩長筑同盟。成りましたぞ」
「おぉ! これはめでたいのぉ!」
手を打って喜ぶ龍馬。新兵衛はせっかくのめでたい知らせにもかかわらず特にリアクションをしない人がいるのに気付いてそちらを見、それが壱心であることを認めて驚いた。
「壱心、お前何でここに?」
「……そこの人に連れられてきた。長溥様から直々に命令が届いてな……」
「そうか……」
「そこの人とはなんじゃおんし! わしと主の仲じゃろうにのぉ! ま、いい。今夜は祝杯じゃ! 壱心は行くとして、そこの……あー安川くんは来るか?」
「……いえ、私は早川様方と先約がございますので……」
何でこんなに親し気にしているんだろうかと新兵衛は壱心の方を見るが壱心は気難しい顔をして黙ったままだ。そんな壱心のあまり機嫌がよくない状態を見て新兵衛は壱心が龍馬のことを単なる素浪人と見て重役にあることを知らないのではないかと勘繰った。
そして疑いの目を持った新兵衛は今後のため、遠回しにそれと勘付かせることができるように、匂わせる発言をすることにする。
「申し訳ございません。私も方々で活躍し、土佐の雄でもあられる坂本様とは是非とも一献交わしたいと思ってはいるのですが……」
「あーあー、気にせんでいいよ! また今度な!」
「ありがとうございます。此度の同盟も坂本様がいらっしゃらなければもう少し長引いていたと思いますし、同盟のために少々お名前を……」
「詳しくは後で聞くから。書面にしてくれ」
自由人っぷりを遺憾なく発揮する龍馬。実際、同盟の協議自体には参加こそしていないが彼が来たことで同盟締結まで時間がかかり過ぎているという見えざる重圧が会議室内を覆い、それによって薩摩代表である西郷が折れたという経緯が室内で起きていた。それだけ、彼の存在は大きいのだ。
「じゃ、壱心! 飲みに行くかの!」
「……もう決定事項なんだなぁ……もう少し同盟の内容について知ってからがいいんだけど……」
壱心の龍馬に対する口振りに新兵衛は心底驚いて壱心に飛び掛かって頭を下げさせようとする。しかし壱心はそれを避けてしまい、自分だけでもと新兵衛だけが頭を下げる結果となる。
「も、申し訳ございません!」
「? 何がじゃ?」
「何分、この壱心という男は才能はあっても山に籠るなど少々浮世離れしたところがございまして、坂本様の勇名を知らぬという田舎者で……」
「……あぁ、そういうことか」
龍馬は新兵衛が言いたいことを理解して頷き、手を叩いて笑顔になった。
「大丈夫じゃ、壱心とわしはもう比翼連理の友でな。軽口程度ではもうこの関係は崩れん! な!」
「……何かさり気なくランクが上がってる気が……」
「ランク?」
思わず口を突いて出てしまったrankの説明をする壱心。そんな二人のやり取りを見て新兵衛は我を忘れて呆けたまま二人を見ていたが、龍馬の方が新兵衛を追ってやって来た薩長筑同盟の協議を行っていたお偉い方に連れて行かれる。
それらを見送って新兵衛は壱心に張りのない声で尋ねた。
「お前……春を売ったか」
「ふざけんな」
屈辱的な勘違いを受けた壱心だが即座にそれを撤回させてその後は仕方なく龍馬に連れられて京都の伏見にある旅館、寺田屋に向かうことになった。
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