第14話 邂逅の時
「それで、藤五郎は藩を抜けた兄上のせいで虐められたって泣いて、兄上のことを恨んでるよ……まぁ、正直それはただの口実で藤五郎が威勢だけいいから揶揄われてるようにしか見えないんだけどね」
「そうか」
自身が眠らないために利三に元家族の近況について話させていた壱心だが、末の弟が自身のことを恨んでいるらしいという話の辺りでリリアンが水浴びから戻って来たため、話は一旦そこで終わらせる……というよりも、戻って来たリリアンに利三が驚いて言葉を失ったのだ。
「Are you all right?」
「……か、可憐な……」
(……利三、何か凄いなお前……)
利三の感想に妙な関心をする壱心だが、それはそれとして立ち上がり伸びをする。
「Here we go.」
「Sure.」
「利三、じゃあな。用があったら新兵衛を通して連絡してくれ」
来るときにリリアンが入っていた籠の中にリリアンは自ら入り、壱心はその上に板を差し込んでリリアンが潰れないように固定し、その上に薬などを乗せていく。
「ちょっと兄上、スミスさんが……」
「別に問題ない。それに妙にもめる方が負担がかかる。後、俺も眠いのが、結構来てる……じゃあな」
眠いのであまり無用な問答をしたくない壱心は荷物で潰されていないかとリリアンの心配をする利三に少しきつめの答えを返し、欠伸を殺して即座に移動を開始する。利三は凄まじい勢いで離れていくそれを見送る他出来ることはなかった。
「……いや~頑張ったつもりだったけど、まだ道のりは遠く、壁は厚かったかぁ……まぁ、しばらくは兄上もこっちに残るみたいだし……慌てずに行こうかな」
「香月様、お待ちしておりました。お話は既に伺っておりますのでどうぞ……」
急いで加藤が手配してくれた家に移動した壱心は従者の案内を受けて部屋に入る。脱藩志士ということで従者も積極的な支援はできないと言って去った後、壱心は誰も来ないのを確認してリリアンを籠から出した。
「I'm sleepy. Good night.」
「は? What did you say?」
布団を敷き、装備を取って寝る準備に入った壱心。それを見てリリアンはしばし考える素振りを見せたかと思うと非常に慎ましく、躊躇いがちにゆっくりと壱心が横になった隣に横になる。近くに来た熱源に壱心は顔を顰めて呟く。
「暑い……」
「Wow! It's a very soft and fluffy futon! We have a sweet dream!」
「リリアン、暑い……後、何か凄い仄かに川の臭いが……」
もう寝る体勢に入っている壱心は日本語ではリリアンにあまり意味が通じないということを意識の外に半分追いやってしまっており、抵抗する気もなく眠ってしまう。その様子を見ていたリリアンは壱心の邪魔にならないように静かにする。しかし黙ってはいるものの久し振りの柔らかな布団に興奮していたが、山中の気を張り詰めていた状態から落ち着いて気が緩んだところでスイッチが切れたかのように眠りに就くことになる。
(うー、暑い……水……)
意識が浮上した壱心が目を覚ますと左手に重りがついている感覚がした。しかし、半分寝ぼけている壱心は昔やっていたトレーニングの感覚で別に気にすることなく立ち上がろうとしてリリアンの髪の毛の海に手をついて引っ張ってしまう。
「Ouch!」
「おわっ……なんだ、リリアンか……Sorry.」
驚いたことで意識が完全に覚醒した壱心と寝ていた状態から半分だけ意識が目覚めたリリアン。状況を理解したのは当然、壱心が早かった。彼女は隣で壱心の寝間着を掴んで寝ていたらしい。一先ず水が欲しいので掴んでいる手を優しく解こうとする……が、思いの他しっかりと掴んでいるようだ。
(……力強いなこの子。)
だが、壱心の感想はそれくらいだった。左手にしがみついている寝ぼけ眼の天使はまだ意識が覚醒しないようで壱心を掴んでいた左手を外して眼をこすりつつ首をゆらゆらさせている。その間に壱心は水瓶に水を取りに行った。
「……あー、今何時だ? こういう時に時計がないから不便だよな……とりあえず暗くなってるが……」
「What's up?」
「うん? you know the usual.」
壱心に遅れてリリアンも目を覚ましたらしく壱心の下へやって来た。壱心は彼女にも水を与えるとリリアンも素直にそれを受け取って飲み、壱心に柄杓を返す。
「Now, Let's study Japanese. Are you OK,Lily?」
「No! I'm hungry! Please give me something to eat!」
「In japanese please?」
「……ゴハン、クダサイ」
顔を顰めて考え、恐る恐るそう言ったリリアンに壱心はそう言えば自分も空腹だなと言うことを思い出して飯炊きを始める。その間、腹抑えに熊の干し肉を齧りながら壱心とリリアンは日本語の勉強、英語の勉強を行う。現時点での壱心の英語レベルは日常会話レベル、リリアンの日本語レベルは現代で言う幼稚園児レベルといったところか。それでも二人は頑張った方だ。
しばらく話している内に飯が炊ける。藩から結構な金額を貰っている壱心は食事に困ることもない。リリアンと向かい合って食事を摂り、会話をしつつ考える。
(大野の協力もあって武器流しの交渉で浮いたほんの一部だけだが自分の懐にしまい込むことができた……尤も、まだ時期が来てないから大量購入と大量の儲けは後のことになるが。それはともかく、元々の給金と危険などに関する手当、後裏切るなよと言う名の奨励金として渡された分の金額に方々から渡されてるちょいとした献金を考えると色々引いても……2000両は固いか。)
壱心が考えていたのは金勘定の事だった。来年、南北戦争が完全に終わってイギリスが武器を大量に余らせ、その武器の売り付け先を太平天国の乱が続いている中国と政情不安が続き、内乱が予想される日本に決めるまで壱心もそこまで力を入れるつもりはない。
しかし、1863年のゲティスバークの戦い、そしてヴィックスパークの戦いでアメリカ北軍の優位が決定しており、1864年でアメリカ南軍の逆転の一手であったワシントンDCへの攻撃が失敗したことで大勢はほぼ決まっている。
更に、今年の夏の時期では北軍が南部残存地域の中心地であり要衝であったアトランタ攻略に差し掛かっており、それも時間の問題であることから終戦は間近であるとイギリスは踏んでおり、商人たち余剰武器を抱えることになる。
それに先んじて彼らはアジアに売りつけており、壱心もそれとなく色々と匂わすことでそれなりの条件で買い付けが出来るようになっているのだ。
(エンフィールドは長州とかが買い付けると1挺で大体15両だったか? こっちはいいお付き合いが出来ていて何よりだ……ただ、向こうの戦争が終わった後に買い叩くことが出来なくなったが……ま、それでも他のところにはそんなに負けてない価格で買える予定だからいいとして……)
武器の買い付けに関してはそれでいいとして、壱心は懐具合について考える。
壱心は貯蓄分の貨幣はなるべく良貨で揃えたいと主に流通している悪貨はすぐに流し、いいものがあれば少しだけ金を余分に払ってでも良貨を集めている。
現在の彼の所有資産は現在の価値に直すと一概に言うことは出来ないが、金銀だけで大体1億2000万円と言ったところか。壱心はその大半を銀貨、特に天保一分銀で揃えている。一分銀は市場における基本的な流通貨幣だが、この時代では天保一分銀と安政一分銀の二種類が流通している。この内、品位……つまり貨幣に対する銀の含有量が高いのが天保一分銀。そして低いのが安政一分銀だ。重さは一緒だが大体10%程純度が違う。
壱心は激しいインフレを起こしているこの時代で資産として天保一分銀を保有しており、高騰する米価などで本来困るはずの雑費などはほとんど藩や懇意にしている別の藩の相手からの献上物、またその他諸々に任せて自身は貯蓄を重ねていた。
因みにこの保有資産だが、壱心の実家が代々重ねている貯蓄分を超えている。
(財産を持つとそれがどうなってるのか気になるとはよく言うものだが、京に置いてきた分は大丈夫だろうか? 一応、全財産を失うと困るから万延小判だけは全部持ってきてるが……)
持ってきている分は200両。これを物価などを考慮に入れて適当に現在価値に直すと約800万円程度で結構な金額になる。基本的にここでの滞在費は加藤を通して藩が持ってくれるので減ることはないだろう。使おうと思えば博多の街に出かけて博打でも打つか柳町、遊郭などに行けばいいが生憎今の壱心にはそんなことをしている暇もない。
(って、金勘定のことばかりを考えていても仕方あるまい。まぁ釜屋惣右衛門のところに顔を出しておく必要はあるがな。)
幕末の博多の豪商。櫨蝋売りの釜屋の代表だ。通称は「釜惣」であり、壱心が訓練する際や京都に出て行った際に互いに利用し合い、懇意にしている相手である。
元は釜屋の名の通り鋳鉄を行っていたが六代目辺りから博多の代表的な生産物である蝋を扱い始め、幕末の今も
(後で顔を出さないとな。)
リリアンとの会話をしながらの食事を終えると壱心は惣右衛門の頭である瀬戸に向けての書簡を書き始め、それを下男に届けさせるために一度家を出ることにする。その際に決してリリアンに外に出たり家の戸を開けたりしないように厳命し念のため隠れさせて出かけて行った。
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