第7話 いっぱいかけて欲しいの……

『あ、ああっ、き、気持ち……イィ……』


 俺は何も言わずに手を動かした。


『あっ、そ、そこっ! もっと、やさしくコスって……ああぁん!!』


 呻くイーナ。その本来白い肌は薄赤色に染まっていた。そんな彼女を見ながら、俺は手に持っていたものを置いて、代わりにぬらぬらと濡れた黒光りするモノに手をやる。


 そんな俺の動きに気付いたイーナは、感極まったように叫んだ。


『ダメっ、も、もう我慢できない! かけてっ、ソレでかけてええぇぇぇぇぇっ!!』


 俺は彼女の望みどおりに、頭からかけてやった……つやつやした黒いゴムホースの先から噴き出している水を。


『あぁ、生き返る……』


 うん、気持ちよさそうだ。ここ四日ほど自然の多いところを回っての配送を頼まれて遠出したんで、泥やほこりが車体についてて気持ち悪かったみたいだからなあ。あーあ、水かける前に汚れをこそぎ落としてやってたブラシも穂先が真っ黒になっちまってるぜ。


 イーナを洗うのは、もう何回目だか忘れちまうくらいやってるからな。洗ってやると気持ちいいせいなのか、普段の生真面目そうな話し方じゃなくて妙に色っぽい感じで変な声出すもんだから、最初のうちは微妙な気分になってたんだが、最近はすっかり慣れちまったぜ。


 さっきまで空全体に薄くかかっている雲を通して薄赤色の光を投げかけていた夕日も完全に落ちたようで、その光を反射していたイーナの車体も、今は駐車場の水銀灯の下で元のように白色に戻っている。


 まあ、駐車場っても築六十年ってボロ民家の庭に砂利敷いて照明付けただけの空き地だけどな。数年前に亡くなった爺さんの遺産だったんだが、資産価値なんぞ無いも同然の田舎地所だから俺の家と駐車場にさせてもらってる。家賃や駐車場の料金を節約できるってのはありがたいぜ。その分、仕事先に出かけるのにも距離があって時間はかかるけど、そういった移動にかかる軽油代よりは町に近いところに家や駐車場借りる方が高くつくからな。


 何より驀進号バクシンゴーやイーナを洗うときに周囲に気兼ねしないですむのは気楽でいい。田舎っても一応上下水道は通ってるから、日常生活には困らねえしな。まあガスはプロパンだが、俺の仕事なら換えのボンベを運ぶのも楽勝だ。


 何てことをとりとめもなく考えていると、水を浴びて気持ちよさそうにしていたイーナが俺に声をかけてきた。


『なあ番太、明日は休むと言っていたな?』


「ああ。イーナも四日間働きづめで疲れたろ。明日くらいはゆっくり休もうぜ」


 そう答えたんだが、イーナは予想外のことを言ってきた。


『それで相談なのだがな……そろそろ一度帰郷したいのだ』


「帰郷って……エルフトリア王国へか?」


『うむ、我がこっちに来てから、もう三十五日になるだろう』


「そういや、一か月以上たってるのか……」


『一度報告に帰りたいのだ。一応は騎士団の仕事で出向している扱いになっているのでな』


「そうか……別にいいぜ」


『それでだ、番太も一緒に来ぬか? あちらで療養中の驀進号バクシンゴーの様子も気になるであろう?』


 そう言われると、確かに気になるな。無事だし直るとは聞いているが、一年もかかるというんだから、お見舞いに行って励ましてやるか。俺の大事な相棒だしな。


「よし、それじゃあエルフトリア王国に行くか」


『では、明日の朝一番で転移魔法を使おう』


 イーナがそう言ったのを機に、俺は蛇口をひねってホースの水を止めると、駐車場の隅に干してあった雑巾をとってイーナの体を拭きにかかった。久しぶりの帰郷ってんだし、綺麗にしてやらないとな。ワックスもかけてやるかな。


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