第5話 エロいーな
俺はイーナが百八十歳と聞いて愕然としたんだが、イーナの方は平然としていた。
『ああ、そういえばゆかりんも寿命が違うと言っていたな。我らエルフは長寿の種族だから、九百歳から千歳くらいまでは生きるぞ』
「はー、ファンタジーだねえ。にしても、だいぶ年上だったんだなあ。敬語使わないといけねえかな?」
『何を今更。前に王女だからといって敬語など要らぬと言ったではないか。我も気軽に話してもらった方が嬉しいからな』
「そういやそうだったな」
と、そこでもうひとつ気になってたことを思い出したんで、ついでに聞いてみようかと思ったんだが……
『痛っ!』
「どうしたイーナ!?」
『何だか、トゲが足に刺さったような感じがする』
「何!? ちょっと待て、見てみる」
イーナの様子が変なので、路肩に停車して様子を見ることにした。ハザードランプを点灯させ、荷台の端に載せていた三角形の停止表示板を出すとトラックの少し後ろの路上に置く。別に高速道路じゃないから掲示義務はないんだが、曲がりくねった山道で見通しが悪い上に薄暮時だ。事故を防ぐために掲示しておくに越したことはない。何しろ、今朝貰い事故しそこなったばかりだしな。
それからダッシュボードに置いておいた懐中電灯を取り出しながらイーナに尋ねる。
「痛いのはどこだ?」
『左足……左側の後輪だ』
「こっちか……」
回り込んで懐中電灯を点灯しながら、タイヤをのぞき込むときに何気なく左後輪のホイールに手をついた。
『ひゃぁん! そこはっ!!』
「うぉっ!?」
またしてもイーナの嬌声が聞こえたんで、思わずコケそうになった。
「お、おい?」
『ば、馬鹿者、いきなり太股に触るなっ!』
そうか、タイヤが足なら、ここは太股なのか。
「おう、悪ぃ」
『わ、わかればよいのだ』
素直に謝ったら許してくれたんだが……何か、照れてるっぽい雰囲気だな。
……にしても、イーナみたいな美人(百八十歳だけど)の太股に触るなんて、普段なら事故でも美味しいと思うところなんだが、トラック状態じゃなあ。こんなのもラッキースケベのうちに入るのかね?
なんてことを考えながら、今度はうっかり触ったりしないようにタイヤの様子を懐中電灯で見ていたら、溝に小石が挟まっていた。
「タイヤの溝に小石が挟まってた。取るけど、いいか?」
『ああ、構わぬ』
結構深く食い込んでたんだが、幸いタイヤに傷をつけるほどではなかったんで取り除く。
「取れたぞ」
『うむ、痛みがなくなったぞ。感謝する』
「いいってことよ、大切な相棒なんだからな」
礼を言われたんで、そんな他人行儀にしなくたっていいぞってつもりで答えたんだが……
『た、大切な相棒!? うふふ……ぬふふ……』
「あ、ああ、当然だろ」
『そ、そうか? ぐふふ……』
……何か、イーナの様子が少しおかしくなった。変なスイッチ入れちまったかな? まあ、この反応は、男として悪い気はしねえが……って、おい! 白い車体がピンクがかってねえか!?
……気のせいだってことにしとこう。
三角停止表示板を取り込んでから、運転席に戻って懐中電灯をダッシュボードにしまい、シートベルトを着けて発車する。
それで、さっき聞きそびれたことについて聞いてみた。
「にしても、なんで『いすゞエルフ』なんだ?」
『ふむ、どういう意味だ?』
質問の意味がイーナにはよくわからなかったようで、聞き返されたんで説明する。
「いやさ、ナンバープレートとかは
『ああ、そういうことか。実は我もそれは考えたのだが……精霊術においては「
「言霊?」
『ゆかりんに聞いたことがあるのだが、この世界にも「名は体を表す」とか、そういう
「へえー」
『それでな……我がエルフという種族だということは前に言ったな。だから「キャンター」という名前のトラックよりも、「エルフ」という名前のトラックの方が変化に際しては相性がよいのだ。変化の際に使う力も少なくてよいし、変化後にもより多彩な能力を発揮できる。知り合いにだけ幻術を見せて誤魔化すほうが、総合的に考えると使う力が少なくてすむのだ』
「へぇー、なるほどねえ。名前ってのは
『そうだぞ。だから、ゆかりんが我の名前から連想される意味を教えなかったことには……あああああああっ!!』
「うぉっ!? どうした?」
突然、イーナが大声を上げたので驚いて聞き返したんだが……
『何で我が日本に来てからおかしいのか、ようやく原因がわかったぞ。我の名前のせいだ。そなたが説明してくれたではないか』
「へ? イーナの名前ってのは、確か『エロイーナ』だろ……ってえ、エロいーなァ!?」
『わかったようだな。我は精霊化しているので言霊の影響を受ける。つまり、我は日本で精霊化しているときは、名前に含まれる意味に引っ張られて、その、そういう性格や感覚になってしまうのだ』
「な、なんだってー!」
思わず、以前に勤めてた会社の運転手待合室に置かれていた昔のオカルト謎解きマンガみたいなリアクションしちまったら、何だかじとんとした感じの声でイーナが言ってきた。
『何やら
「ああ、そうか。だから、ゆかりんって魔法使いの姉ちゃんは『エロ』の意味を教えなかったんだな」
俺が納得していると、イーナが思い切ったように言ってきた。
『だから、せ、責任はとってもらうぞ。これでも未婚の若い娘なのだからな』
それを聞いて、思わずつぶやいちまったんだが……
「若いっても俺の六倍以上生きてるんじゃ……」
『何か言ったか?』
「いえっ、何でもございません!」
危ねえ危ねえ。やっぱ女性に歳の話は禁物だわ。
にしても『責任』かあ。まあ、前の会社やめたときに受付嬢やってた元カノとは自然消滅しちまったんで今はフリーだし、しばらく女っ気もなかったんだから、イーナみたいな美人相手だったら『責任』取るのもやぶさかじゃねえけど……俺とイーナは文字通り『住んでる世界が違う』んだぞ。どうすりゃあいいんだろうなあ?
何とはなしに黙っちまった俺とイーナは、日が落ちて完全に暗くなった山道をゆっくりと下っていった。
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