第4話 新しい相棒

「遅くなってすんませんでした。途中で事故に巻き込まれそうになっちまいまして……急ブレーキを踏んだんで、少し荷物に衝撃がかかったかも」


 俺は配送先の温泉宿の人に謝っていた。


「いや、配送予定は今日中ということだったんで問題ないですよ。それに布団ですから急ブレーキの衝撃ぐらいは平気でしょう。持ってかえってもらう古い布団はこちらです」


 従業員らしき若い男は気にした様子もなく伝票に印鑑を押すと、玄関横に積んであった荷物を示して言った。本当に、今回の仕事が打ち直しする客用布団の集配で助かったぜ。実の所は急ブレーキどころかドラゴンにフルスピードで体当たりしたんだもんなあ。


 既に日は落ちている。朝一番で配送に向かったのに、こんな時間になっちまったのは痛いな。まあ、飛騨高山の山奥への配送と集荷ってことで、今日はこれしか仕事は入れてなかったんだがな。集荷した古い布団を布団屋に渡すのは明日でいいことになっちゃあいるが、これだと夜通し走って戻ることになりそうだ。


 俺は純白に輝く真新しいトラック――『いすゞエルフ』ドライバン型2トン標準タイプ――の荷台の扉を開けて積んできた新しい布団を出して宿の玄関まで運び、そこに置いてあった持ち帰る古い布団を持ってきて積み込むと、扉を閉める。


「ありがとあんしたー!」


 従業員さんに挨拶すると、俺はトラックの運転席に乗り込み、ドアを閉めてシートベルトを着けてからエンジンの点火イグニッションキーをそうとした。今は挿さなくても持ってるだけで使えてエンジン点火スイッチが別になってるキーレスタイプもあるけど、俺はこのエンジンキーを挿すって動作が「これから運転する」って感じがするから好きなんだよなあ。


『あっ! ちょっと待て、そんないきなり……』


「へ?」


 突然、頭の中に響いた声に驚いたものの、手の方は慣れた動きをそのまま続けていた。


『はあぁぁぁぁぁぁぁぁん!! そ、そんな奥まで……』


「な、何だ、どうした!? おい、?」


 頭の中に響き渡った妙につやめかしい声に、俺は思わずに呼びかけていた。


『ば、馬鹿者、いきなり奥まで挿すな! 敏感なところなんだから、もっと優しく扱え!!』


 怒ったようなイーナの声が俺の頭の中に聞こえてきた。


「わ、悪い……けど、これエンジンキーだぜ?」


 思わず謝りながらも言い返したんだが……


『だからだ! これは言うなれば、我のの心臓部を制するところなのだから、感覚も敏感になっていて当然だろう』


「そ、そうなのか……そりゃすまんかった」


『わかればいいのだ。それでは起動してくれ』


「おう」


 そう答えながら、今度は慎重にキーをつまむと、ゆっくり回したんだが……丁寧に回しすぎて、エンジンがかからない。


『そこまで慎重にならなくてもよいぞ』


「そ、そうか……」


 何か、さっきの声を聞いたら気が引けてな……よし、今度は少し強く回そう。


 ブルルルルン! 今度は力強いディーゼルエンジンの起動音が聞こえてきた……のはいいんだが……


『あぁん! そんな風にえぐるなんてっ!!』


「おい!」


 やっぱり嬌声が聞こえてきたんで、思わずツッコんでしまった。いや、この状況で『ツッコむ』とかいうと何か変な意味にとられそうなんだが。


『す、すまぬ……になってから、何かおかしいのだ。感覚が妙に敏感になっていて……』


「まあ、んだから、いろいろ感覚は変わってても不思議じゃないが……」


 そう、俺の新しい相棒『いすゞエルフ』は、あのエルフの姫騎士イーナが変化へんげした姿なんだ!


 イーナが「トラックの代わり」と言ってたのは、文字通りの意味だったんだよ!!


 イーナの使う精霊術『精霊変化せいれいへんげ』というのは、自分を精霊に変えることができるという精霊術の中でも特に難しい秘術らしい。一度使ったら一年間は使えなくなるんだそうな。その代わり、精霊に変化することで生身だった頃とは比べものにならないくらいの力を得ることができるんだとさ。


 そして、イーナは俺と一緒に日本に異世界転移してくると、その精霊変化の秘術を使って驀進号バクシンゴーと同じような『トラックの精霊』、それもさらに力の強い『大精霊』に変化したんだ。大精霊というのは必要に応じて実体化できるというので、そのままトラックとして実体化してもらったんだ。


 『道の駅』の隅に転移してきて、目立たないうちにイーナが『精霊変化』の秘術を使ったんだが、そこで実体化したときには最初からエンジンがかかった状態だったし、エンジン止めてキーを抜くときも特に何も言ってなかったんで、まさかエンジンキーを挿したり回したりするだけで、出すとは思わなかったぜ。といっても直接音声を出しているんじゃなくて、『念話』とかいうやつで頭ん中にテレパシーみたいに語りかけてきてるんだけどな。


 ちなみに、転移前に驀進号バクシンゴーはエルフトリア王国の王城に魔法で転送して、王宮勤めの優秀な精霊使いシャーマンに自己治癒力強化の術をかけてもらっている。俺と一緒に邪悪なドラゴン退治をした英雄的な精霊ってことだから、下にも置かないようなもてなしだったぜ。


 それで、荷物の布団だとか運転席のダッシュボードに置いてあった小物とかだけ一緒に日本に転移したんだ。荷下ろしとかで汚れることもあるから着替えの作業着も常に用意してあったんだが、常備しておいてよかったぜ。怪我は魔法で治してもらえたけど、服に付いた血はそのままだったからな。あとで染み抜きして洗っておかないと。


 今度は俺の方が事故を起こしたらシャレにならんから、夕暮れで視界の悪くなった山道を慎重に下っていく。幸い、ほかに山下りしてる車がないから少し遅めに走ったところで後ろから煽られたりもしないしな。


 今日は何しろいろいろな非日常的な経験をしたんで、すっかり疲れてる。こういうときは黙って運転してると、かえって危ないんで、気分転換にイーナに話しかけてみた。


「それにしても『精霊変化』ってのは凄えな。イーナみたいな小柄な女の子が、二トントラックに変身できるってのは」


『そうであろう。特に今回の「精霊変化」は「大精霊変化」だからな。我のように若くしてこの技を使いこなせる者は少ないのだぞ』


 自慢そうに言うので、ちょっと気になって聞いてみた。


「そういや、イーナって何歳ぐらいなんだ? 『若くして』ってんなら、まだ歳聞いても失礼にはならねえだろ?」


『ああ、別にかまわぬぞ。まだ百八十歳にしかならぬ若輩者だからな。成人してからほんの三十年ほどにしかなっておらぬ』


 それ聞いて、思わず叫んじまった。


「ひゃくはちじゅっさい!? さんじゅうねん!? 俺が生まれるより前に成人してたのかよ!?」

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