第1話 出会い

 そんな顔しないでください。

 あなたは…あなたが正しいと思うことをした。それはとても人間らしいです。

 そして私は…私のしたいことをする。あなたと…■のためだけに。それはとても…神様らしいと思いませんか?

 泣かないでください。

 あなたはハッピーエンドを望んだ。そうして多くの笑顔を作った。とても立派なことです。

 そして私は…バッドエンドを望んだ。…だからこそ、あなたの笑顔を作ることが出来なかった。


 だから…やり直します。

 時を遡ることは許されず、起こった事象を変えることは出来ない。

 それでも私は…この可能性を信じたいんです。

 そう。この物語は…人の可能性を示す物語なのですから。


 また…笑顔で会えることを…信じています。












 【これは…■■■を主人公とした■■■に捧げる物語】












 溜息が虚空に消えていく。

 私ごときの溜息で主様が反応するはずもない。そもそも、ネタバレ防止のため、私からの情報をシャットダウンしているのかもしれない。

 それでも溜息が止まらない。誰かに助言してもらいたい。

 設定を網羅する方法は見いだせたが、何度反芻しても、何処かに落ち度があるように思えてしまう。

 …最後にもう一度確認しておきましょうか。


 私が直接現実世界に降臨し、現実の人間に雫を与えることで、【現実世界を舞台としたファンタジー】を展開する。

 まあ、これに関しては問題ないでしょう。

 雫の限界に関しては、雫を【■■■■■■■■■もの】と設定する。

 そうすれば、タイムリープ説や、そのほか人の理を乱す能力は生まれないでしょう。

 【成就しない恋愛】を成し遂げるには、申し訳ありませんが、横槍を入れるという野暮なことをさせてもらいます。

 主様にバレない様、自然な流れで妨害しなければなりませんし、そもそも私が、人の恋慕の情を読み取れるかが課題ですね。

 【アクション要素】に関しては、勝者にご褒美を用意しておきます。

 まあ、これだけで大丈夫でしょう。

 主人公は…自由に選択出来ますから、慎重にいきます。

 出来るだけ物語がスムーズに進み、珍しさが表れたものが良いでしょうね。女性や年配…逆に幼子なんてどうでしょう。

 …最後にバッドエンドに関してですが、これはあまり考えません。

 雫を手にした人間が、まともな最期を迎えられるとは思っていませんから。精々、我らを楽しませる可能性を見せつけて、■■してもらいましょう。


 溜息を1つ。

 やはり何度反芻してもこれで良いとは思えない。

 私のこの悩みを聞いている者がいるなら、ぜひ感想をいただきたいところです。

 …こういった時に、私の『■』の雫で生み出す■が、私と違えば良いのにと思ってしまう。確かに人の理を超えた能力なのですが、いまいち便利とは言い難いです。

 今回だって、主様の能力をお借りする始末ですから。

 両頬を両の手で叩く。迷うのはもうやめましょう。

 終わりを見失わなければ、必ずや満足のいく物語が作れる。そう…信じるしかありません。果たしてそれが■■■■■■物語なのかはわかりませんが…。

 主様からの選別を手に、地上へ降りる作業に入る。その途中で思い出す。


「あっ…。我が主の食事を用意していませんでした…。雑用も置いてきていますし、出発の挨拶もしていません」


 ここ最近は主様を満足させること、つまり物語のことしか考えていませんでした。完全に、我が主自身のことは忘れていました。

 ま、まあいいでしょう。これも、我が主のことを想ってのことですから。

 どうせ…そんなに長居するつもりもありませんので…。











 ここは…神社…でしょうか?

 自分が足蹴にしている賽銭箱から、そう判断する。

 適当な地に降り立とうとしたのですが、やはりこうなるのですね。神は神社へ、ということですか。

 空には輝く星々。神社の周りの林からは夜行性の動物。

 現在時刻は…月の位置から見て…夜の21時…といったところでしょうか。

 ブルッ。周りを包む冷気に思わず身震い。

 暦は2月の中頃…でしょうか。その時期の日本に降りるには、少しばかり軽装だったかもしれませんね。

 もう一度身震いをして、辺りを確認する。

 人の気配はありません。

 神社は少し…寂れた感じがしますね。神主はもう少し頑張った方がいいでしょう。


「さて…まずは主人公探しに行きましょうか」


 物語の主軸になるのですから、丁寧に選ぶ必要があります。

 しかし少なくとも、この神社に人は寄り付かないでしょうから、場所を移動しましょう。


「かと言って、何処に向かいましょう。こんな夜更けに訪れては、いかに神と言えど失礼に当たるかもっ…」


 独り言を中断する。

 寂れているように感じたこの神社に、参拝客が来たようです。いやそれとも、神主や巫女のような関係者でしょうか。

 より一層聴覚を敏感にする。

 確かに足音が近づいてくる。音の方向は、神社へ続く階段から。

 この息遣い、足音の軽快さから、走っている…と考えるべきでしょうね。

 ランニングついでに参拝に訪れるという殊勝な心掛けに感心していると、その感心な存在が、走る勢いそのままに境内に現れる。

 月明かりでも、その体躯から相手が成熟した男性であることが分かる。

 息を切らしつつ、一歩一歩俯きながら賽銭箱に近づいてきた男性が、視界の端に映る違和感で顔を上げた。


「だ、誰ですか?」


 声が震えながらの質問もごもっとも。こんな夜更けに、神社の賽銭箱の上で仁王立ちする存在は普通じゃありません。

 しかし、その質問に答えるわけにはいかない。

 関わりが強くなってしまうと、物語との結びつきが出来てしまいます。


「あなたには願いがありますか?」


 とは言っても、主人公としての素養だけは確認しておきます。もしかしたら、探す手間が省けるやもしれませんから。

 …私としては当たり前の質問だったのですが、目の前の男性はかなり驚いているみたいですね。完全にヤベェ奴を見る目になっています。

 これから赴く先々でこんな表情をされるのでしょうか。今から少し憂鬱です。少しは神に対して畏敬の念を…。


「願いは…ないです」


 これからのことについて考えていると、目の前の男性がそう答える。

 その足には未だ緊張を残している。

 私を信頼して答えたというよりは、波風立てないようにした結果…のようですね。


「そうですか。それではどうしてこのような寂れた神社に?」


 願いがない人間はいない。

 もしそう答える人間がいるなら、多くの願いの大きさが均等で、突出したものがないだけ。必ず願いはあるのです。

 現にこの男性も、無意識のうちにこの神社に導かれている。

 綺麗事で固めず、自分の欲望を表出してほしいものです。


「いや…『みんなが笑顔でいますように』って願いに来ただけ…なんですけど…。それが日課で…そんな大それた願いってほどでは…。」


 思わず眼を見開きそうになる。しかし神らしく、なんとか無表情を貫く。

 ここまで驚かされるとは思いませんでした。

 どうして声調を和らげるのか。どうして黒髪をかきながら照れているのか。どうして足の緊張を緩ませるのか。

 それはつまり、目の前の男性が本気で答えているからに他ならない。

 自分のためだけでなく、誰かのための願いを、心から願っているということです。それは少し、人間の在り方として異質である。

 イシツデアル?

 私は…それを…願っている……願っていた…ような…。


「それは感心ですね。つまりあなたには、今願うほどの切迫した願いがないということですか?…しかし、言うだけならタダですので、一応言ってみたらどうです?」


 この人間は、ある意味主人公としての資質はあるのかもしれない。

 ですのであとは、雫を授けるに値する願いがあれば良いのですが…。


「じゃあ、願いを叶える能力が欲しいって願いはどうですか?」


「それは駄目です」


 明らかに私が定めた雫の設定を逸脱しています。

 やはりこの人間は駄目だと、賽銭箱から足を離そうとした。次の人間を探しに行こうとした。

 主人公探しは慎重に。そう…決めていたのだから。


「じゃあ、『他人の願いを叶える能力』ならどうですか?自分自身のために乱用なんてしませんから」


 必死な訴え。

 さっきまで叶えたい願いは無いと言っていたのに、いざとなると惜しくなるのでしょうか。そういうところは普通の人間と一緒みたいですね。

 しかし、その願いであっても雫の設定を逸脱していているため…。

 あれ?靴が…賽銭箱に引っかかって…。

 颯爽と飛び込もうとした空が遠ざかる。落下を確信する。

 『葵ノ木神社』。ゆっくりと上に流れていく景色の中、不意に目に留まる神社の案内板。

 ただの偶然。


「「え?」」


 急に動くには不適当な季節。

 外出には不相応な衣装。

 元々人気のなさそうな神社から、さらに人を遠ざける時間。

 そんな時間に、物珍しい人間が現れる。

 そしてそもそも、私が葵ノ木神社の賽銭箱に降り立つ。

 ただ…偶然が重なっただけ。


「「んんっ!?」」


 だから私が、さっきまで簡単にあしらっていた人間と口づけしていることも…ただの偶然でしかなくて…。


「な…な…」


 私から腰砕けのまま後ずさりし、狼狽える人間。

 それに反し私は、素っ頓狂な表情を浮かべていることだろう。

 私も彼のように狼狽えれば、人間らしいのでしょうか。いや逆に、初物な感じが神様らしいのかもしれない。


「あなた…名前は?」


 どうすればいいのか分からず、そんなことを尋ねる。


環千無たまき せな…です」


 先ほどの彼の質問に、私は答えなかった。にも関わらず、疑いもなく即答する環千無。

 優しいというか、真面目というか、馬鹿というか、とにかく面白い人間である。

 そんな人間に私はこう告げる。


「私の名前は…神ノ木葵かみのき あおい


 …初めて口にする名前であった。

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神が人を■したはなし -Fine Line- 鍵田紗箱 @keydasyabako

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