監獄島のミトラ
民間人。
第1話監獄島のミトラ
厚い雲に覆われた空から、一筋の光が射す。空を仰げども太陽は見えず、それが灯台の明かりであることに気がついた。荒波が打ち付ける岩肌はごつごつとして波を打ち返し、寂れた難破船が打ち上げられている。
私は立ち上がり、隔絶されたその島を見渡した。
高台には灯台があり、コケと黒く侘しい岩肌ばかりの中では、目立って白く映る。海鳥が空を舞い、時折羽を休める。岩肌の頂上に止まった一羽の海鳥が、よちよちとコケの上を歩き、バランスを崩して転がり落ちる。その音は荒波の音でかき消され、海鳥は全体的に黒い岩肌の上に、これまた目立って横たわっていた。
足場の悪い岩の上を辿ると、島にぽっかりと空いた窪地の中に、目的の建物があった。外界からは確認できない。深い場所からまるで自然と生えてきたように黒い岩壁と一体化した黒い石を積み上げて作られた監獄だ。監視塔は、四方と岩に沿って建てられた有刺鉄線の接続部八方に、小さなものが建てられている。私は滑り落ちるように岩肌を駆け下り、脱出が困難なこの監獄に足を踏み入れた。
意外にも門番は穏やかで、通行許可を取ったことを告げて名刺を渡すと、すぐに門を開いてくれた。私は軽く礼を述べ、要塞のような巨大な監獄の前に立った。
目前で見るそれはますます威圧的であり、人を寄せ付けない雰囲気があった。窓がなく壁は石積みであり、人の住む気配は微塵もない。私は鉄製のひんやりとしたノッカーに手をかける。その音が中で反響する。そして、2分ほど後に、その扉がゆっくりと開かれた。
「お待ちしておりました……。どうぞ、中へお入りください」
いよいよ、謎に包まれた監獄島の全容が明らかになる。私は暗い監獄の中に、足を踏み入れた。
ここは罪人を閉じ込める監獄島、一歩足を踏み入れれば誰も逃れることはできない。私はその第一歩を踏み出し、周囲を見渡した。
憔悴しきった表情の老若男女が監獄に押し込まれている。恨めしそうな瞳には覇気がなく、目の周りを真っ赤にさせてこちらを見つめる。私は目を合わせずにそそくさと牢獄を通り過ぎる。
そして、階段を登ろうとした時、背後からかつかつと靴を鳴らす音が響き渡った。
足音を追い、顔を持ち上げる。監獄島の冷たく仄暗い混凝土の床の上に、水音のように断続的に続く、その音が響くと、終始恨めし気だった多くの瞳が爛々と瞳を輝かせる。そして、電灯もない中でつまずきもせず、まるで夜目を得たかのようにスムーズに、その尊顔は現れたのである。
「お初にお目にかかります。私、この監獄島を管理しております、ロックスと申します」
私は闇の中からすっと現れた手を握り返す。角ばった、分厚い皮膚のその手には、幾つかの火傷跡や、銃痕のようなものさえ見られた。
「此方こそ、取材に御快諾いただきまして、有難うございます。ロックス猊下。」
私達は互いに手の感触と顔かたちを把握しあう。収容所には似つかわしくない、黒い生地の修道服に、赤い帽子を被っている。目鼻立ちはイタリア人らしくしっかりして鼻筋も通っているが、帽子から覗かせる禿げ頭以外には年相応の皺を持ち、柔和な顔立ちをしているが、何層もの額の皺が長年の苦労を想起させた。
何を隠そう、このロックス猊下こそ、監獄の虚ろな瞳の一切に輝きを取り戻させる大罪人の救い主、『監獄島のミトラ』であった。
監獄島のミトラ 民間人。 @gomikkasusan
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