君が死ぬのは気がすまないから
木谷さくら
ゆり咲く部屋で
気づいたら、大嫌いなその手を掴んでいた。冷たくて、白くって、やっぱり大嫌いだと思う。君の無自覚さがその小さな器に揺れながら映っているようだった。
君はひとつ、ため息を付いた。
「何で?」
「知らない」
君の疑問は全く最もで、僕の言葉は同仕様もなく真実だ。
「ここで何をしていたの?」
その言葉を聞いて、彼女は心底呆れた顔をした。僕が彼女の表情の中で最も好きなものだった。
「この状況を見て分からないわけ?」
彼女の体は、僕の手一本にぶら下がっている。川の上、崖に横たわる僕の身体、、、。ああ、そうか。
彼女は妙にやせ細っていて、重みなんて僅かだろうけど、流石に僕の右手はひしひしと悲鳴を上げてきた。それでも、伊達に4年間弓道で鍛えてきたわけじゃない。あと20分は持つだろう。
「早く離してよ。私は死にたいの。分る?」
「じゃあ尚更僕は君の手を離したくないよ」
だって僕は君が嫌いだから。君の望んだどおりになんかさせてたまるか?
いつか、本当に死にたい人はいない、と誰かが言った。死ぬ間際には、助かりたいと言うものだ、とまた誰かが言った。僕は君に関してはこうは思わない。今の彼女には、恐怖も痛みも失望も哀しみも苦しさも、、、楽しさも、持ち合わせてはいないようだった。その目は適度な光しか伴っておらず、つかむその手に少しの力も感じられない。それとも、まだ死ぬ間際では無いというのか。この手を離せば君は、新たな藻掻きをおぼえるとでもいうのだろうか。
また、彼女はため息を付いた。
「もういいわ、分かったわ、諦めるからさっさと引き上げてよ。」
君は、何かを勘違いしている。
君の手に少しの力が宿った。
いつも部活をサボってばっかの僕に、自分と君を両方助ける力があると思う?君に対するいじめを無視して生きる僕が、わざわざ大嫌いなキミを助けるためにこんな自殺の名所という崖にやってきたと思った?
「さよなら」
刹那、僕の身体を重みにして、君の体は浮き上がる。君が崖の上に生還した頃、僕は崖から落ちていた。僕の手を繋ぐものはもうない。なるほど、こうなると少しは死にたくないと思うようだ。最後に大嫌いなキミの笑顔を見てみたかった。キミの泣き顔を見てみたかった。ああ、それは、どれほど美しいんだろう。
「なっ狩屋!?あんた何して!!!」
さよなら、ほら、ちゃんと見ていてよ。僕の醜い死に様を。
2度とこの崖から降りて死にたいだなんて思えないように。
死ぬならゆりの花が敷き詰められた密室で静かに眠ってしまえるように。
川に落ちた音が僕が聞いた最後の、音だった。
君が死ぬのは気がすまないから 木谷さくら @yorunikagayaku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます