第6話
――少年は瞼を透して明るさを感じた。ゆっくりと目を開けると、無数のライトの光が飛び込んだ。
「まったくぅ〜、なんじゃいなぁ……年寄りをびっくりさせるもんでないよぉ」
少年は目をこすりながら身体を起こした。
「あの……」
ぼやけた頭を軽く振って斜め下に視線をやると、友人が、グースカ、グースカと寝息を立てていた。
「あ……、あれ?」
「きっとお父さんや母さんが心配しとるよ。今は……もう朝だで。四時をちょいとまわったとこだけどもな。どうすんだぁ? 電車はまだ通ってねぇし……車もなぁ……」
「それは、別にいいんです。自転車だから……」
「そうかね」
警備員のじいちゃんとはこの人物であろうか。
「友達はどうだ? 死んでねぇな?」
年老いた警備員は冗談を言って、へへへと笑った。
しかし、少年は冗談とは受け取れず、慌てて友人の身体を揺すった。
「な……なんだよ……や、やめろ……くすぐったい……って、アハハッ」
友人が身体を丸めて笑ったので、どうやら生きているらしいと判断した少年は、ホッと胸を撫でおろした。
「よぅ……なんでお前俺ん家にいるんだ? お前さ……昨日って土曜日じゃなかったろうが?」
友人は目をしょぼしょぼさせて、まだ冴えない頭で物を言った。
「おいおい、ここはお前さんの家じゃねぇよぉ。科学舘のプラネタリウム観賞ホールだで」
「はぁ? ……えっと……なんだ?」
友人は一度警備員を向いて、少年に向き直った。
結局、あれは夢だったのである。
「覚えてないの?」
「うんと……確か……このプラネタリウムを乗っ取ってやるとかなんとか……言い出したのはお前だったな?」
「な、なんで僕が!?」
「俺はやめた方がいいって言ったのになぁ〜。……あ、すいませんでした。迷惑かけちゃって」
「いやいや、べつにお前さんらが無事でプラネタリウムが壊れてないなら、わしはなんも構わんよ。館長には内緒にしておくしなぁ」
「本当に、ごめんなさい」
友人は立上り礼儀正しく頭を下げた。
このように、友人はいざというときとても都合良く、そして調子よく立ち回る。それゆえに、少年は何度か煮え湯を飲まされかけたこともあった。ただ、結果的には助かることの方が多いから多めに見ている。
「それじゃ、またおいでなぁ。でも今度はちゃんと明るいうちに帰るんだぞぉ」
「はい」
玄関ロビーで友人と警備員が挨拶を交わしていたが、少年はその時、隅にある警備室の窓を見ていた。机が見えて、その端に空になった緑色のボトルが置いてある。ボトルのラベルにはCUTTYSARKとあり、帆船の絵が描かれている。
「おい! よそ見してんなよ」
「え? あ、ああ……えっと、あの、ごめんなさい。もう来ませんから」
「べつにお前さんらがやって来たって追いかえしゃせんさぁ」
と、警備員は笑った。
そして、二人は警備員にさよならを言い、帰ろうとして背を向けた。
ただ、少年は何となく気になって警備員のいた方をもう一度振り返ってしまった。
警備員は警備室に入ろうとして、ドアノブに手をかけていたが、すぐには入らずに、何やらブツブツと口を動かしていた。独り言をいっているようだ。
少し耳を澄ませば聞こえそうだと、少年もしばらくその場にたたずんだ。
「……けどもなぁ、ありゃ〜、やっぱり、ブラックホール言うやつかいなぁ……あん子らも、大きな真っ暗に呑み込まれとったなぁ……」
少年は慌てて口を押さえた。思わず叫びそうになったからだ。
それに気づいた警備員は、少年の方を向いてニヤッと笑った。
その警備員の口には歯がなかった。まるでそれは暗黒の口……
少年は耳を塞いで友人の後を追った。目も耳も口も、同時に押さえたい衝動にかかれた。恐ろしいことだ。少年にはさっきの警備員が別人に見えた。友人と一緒のときに見た、人のいい警備員のじいちゃんとはまるで違う人みたいだった。そんなことあるわけはないと、少年は耳を塞いで必死に首を振った。
【つづく】
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