第2話
「ね、ねぇ……もしも、中に入れたとしてもだよ、きっと何か、機材のスイッチを入れた途端にさ、警備室に連絡が入るようになってるんじゃないかなぁ?」
友人が笑ったようである。
「今日で何回この科学舘に足運んだんだよ」
知恵の環を手にした友人の顔とはこんな感じであったろうか。友人は、くにゃくにゃと針金の先を複雑な形に変形させることに熱中しながらも、そんなことを言った。
少年は、はて? と指を折る。
一、二、三、と、中指まで折ってから、
「うん、今日で四回目だね」
と、薬指を折って少年は応えた。
「どうしてこんなド田舎の科学舘なんかに四度も通ったんだよ?」
「だって、好きなんだろう? 世界で一番最初に造られた、この骨董品のプラネタリウムがさぁ」
友人は針金を見つめてニカッと笑い、立ち上がった。
すかさず少年も立ち上がる。
「確かに四回だよ。でも……俺は一人で何度もここに来てるんだ」
「そりゃ、凄いね。よっぽど好きなんだ」
立入り禁止のブースの前に立ち、友人は扉の鍵穴に針金の先を差し込んだ。
「俺は一人で五〇回以上はここに来てる」
片目を閉じ、腰を屈めて鍵穴に顔を近付けた友人が言った。
「そ、それは……でも」
異常だよ、と少年は続けたかったのだが、やめた。好きな人でしかわからない事は、世の中にいくらでもある。
少年も同じように腰を屈めて友人の指先を見つめた。だが、あまりよく見えない。
「本当に宇宙が好きなんだね」
「そうだな。俺は宇宙が好きだ。でもさ、それなら宇宙空間をよりよく、リアルに観たいと思うのが普通だと思わないか? 大都市の科学舘に行けば最新のプラネタリウムがあるんだぜ。CG技術を駆使した特殊な投影法で、無限の銀河が三次元空間の立体映像で観られるんだ。こんなただの影絵遊びみたいなさ、星座を映すことしかできないプラネタリウムなんて、本当に宇宙に行きたいと思ってる奴には物足りないぜ。そうだろ?」
友人は針金を抜いたり刺したりと、それを何度も繰り返している。
「そんなものなの?」
「ああ。……だけど、俺が五〇回も通い詰めたんだ。都会のプラネタリウムよりも、もっと凄いことがあるからさ」
「……?」
「この日のための下見が五〇回だよ。俺、全部知ってるぜ、この科学舘のことなら。警備システムなんてないも同然なんだ。真夜中に警備員が二度だけ見回りに来る。ただそれだけだよ。それで水曜日の警備員は定年を過ぎたじいちゃんだ。そのじいちゃんは見回りには来ない。夜勤のときはいつも愛飲のスコッチをたらふく飲むからな。知ってるか? カティーサークっていう銘柄の緑色のボトルで、快速帆船の絵が描いてあるやつ。じいちゃんは毎回あれを飲むんだ。でもって、いい気分になるとそのまま寝むっちまう。今頃はよだれたらして夢の中だぜ、きっと。だからさ、心配ないって。大丈夫だ……よっと」
ひとしきり雄弁に語りながら作業を進め、友人は少年に向かって小さくガッツポーズをして見せた。どうやら、鍵が開いたらしい。
友人がぐんと背筋を伸ばした。
【つづく】
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