宇宙幻 〜プラネタリウム〜

十笈ひび

第1話

 プラネタリウムの投影は一時間前に終わった。

 ドーム型のスクリーンを持つ百人収容のホールは、しんと静まりかえって薄暗い闇に満たされている。

 夏休み期間中、科学館は普段より一時間長く開館していて、特別展示などもあり親子連れの来場者が増える。

 そのせいか、ほんの一時間前の最終投影のときには、全席が埋まる程ではなくとも、二〇人は入場していたのではなかったか。

 それが、この雰囲気からは嘘のようである。

 常用灯の青い明かりだけが、暗いホールの四隅をぼんやりと照らすぐらいのもので、あとは不気味としかとれない暗がりだけの支配下にある。

 なまじ見えるという事が恐怖を覚えさせた。暖房も切られているので、寒い。全てにおいて一時間前が嘘のようだ――。

 ガサッ……と、何か動くものがある。

「見つかったら叱られるよ……」

「でも、仕方ないぜ。ここってもう密室だもん。さっき警備の人が鍵掛けてったろう?」

「でもさ、今ならまだ大声出せば気付いてもらえるし……それにママ達が心配するだろう? ほら、夜寝てる時にいなくなってるのバレたりしたら……」

「お前、まだママと寝てるのかよ?」

「だ、誰もそんなこと言ってないじゃない! ただ僕はっ……」

「じゃ、お前帰れよ」

 友人は折り畳まれた客席の下から這い出て行った。

「ビービー泣いてさっ、ねぇ、開けてよぅ、開けてったらぁー! なんつって叫べよっ!」

 友人は大きめの声を張り上げているようだが、少年からすればその声はどんどん遠ざかって行くように聞こえる。

 それは図り知れない戦慄を少年にもたらす。

「もーっ! そんな言い方しなくったっていいじゃないかぁ!」

 その口調は今し方友人が真似したそれに似ていた。

 少年はいつになく俊敏な動作で友人のもとに駆けつけた。

「こんな所で大声出しても無駄だぜ。ここは防音設備が利いてるからな。扉をバンバン叩きながら、ちょっとした隙間に口を押し当てて叫ばなくちゃさ、きっと駄目だぞ」

 友人は意地悪な笑い方をして、顎をしゃくり出入口の扉を示した。

「もういいったら」

 少年はむくれて下を向いた。

 立入り禁止の標札が下がったブースに友人は入りたいのだ。そこにはプラネタリウムを操作できる装置がある。

「チェッ。やっぱ鍵が掛かってる」

「そんなの当たり前じゃないか。短絡的な物の考え方するからさ」

 さっきの仕返しとばかり、少年はつい嫌味な言い方をしてしまった。

「馬鹿にしたみたいに言ってくれるよな」

 どけよ、と少年は友人に体を押された。

 友人は少年の足もとにしゃがみこみ、常用灯の明かりの前に指先を突き出した。

「何するのさ……」

 友人の手は、針金のような物を握っている。

「ハハッ。古典的だなぁ~。駄目なんじゃないの? そんなのじゃさ」

「うるさいなっ! 臆病者は黙ってろよ!」

 少年はむくれた顔をしつつも、友人と目線が合うようにしゃがみこんだ。

 誰もいない百人収容のホールで一人だけ突っ立っていると、とても目立ってしまうような気がするのだ。暗々とした誰もいないホールである。何に対して目立ってしまうのだろうと少年も思うのだが、なぜかその思惑がそのまま少年の全身を粟立てる原因となった。


【つづく】

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