モブだってヒロインと恋がしたい!

葛西迅

第1話 ハーレムクソ野郎


「ねぇ、琢真。放課後暇かな? この前、美味しいクレープ屋見つけたんだけど、良かったら一緒に行かない?」

「ダメですぅ~。お兄ちゃんは撫子と一緒に帰る約束してるんで諦めてください~。シッシッ!」

「はぁ!? このちっさい子は何言ってるのかしら? 琢真は わたくし、と一緒に私の家でディナーの予定がありましてよ? 今日は、久々にお父様が帰られるから 、琢真の事紹介したいの」

「それは困る。月見くんには生徒会の手伝いをしてもらうからな。ちょうど良く…………じゃなくて、困ったことに他の役員たちが、別件でいなくてな。だから、その、ふ、二人っきりで……」

「あらあら。たっくんは私と勉強するのよ? たっくんも来年は受験生なんだし、副担任の私がキチンと見てあげないとね」

 一人の男子を取り合ってギャアギャアと騒ぐ5人の美少女たち。

 このクラスでは良く見る光景。クラスメイト達も慣れたもので、さして気にするでもなく、次の授業の準備をしている……のは女生徒のみで、男子生徒たちの視線は、嫉妬や怨念、その他もろもろの負の感情をありったけ込めて、渦中の男子生徒、月見琢真つきみたくまへ向けられていた。

「だあああああああ!! だからお前たちは人の予定を勝手に決めるなああああ!!!」

 美少女たちの執拗な誘いに耐えられなかったのか、男子生徒たちの視線に耐えられなかったのか、急に立ち上がって天井に向かって吼える琢真。

「毎回毎回、こっちの都合もお構いなしに、あれこれ決めようとしないでくれ!!

俺にだって都合あるんだぞ!」

「でも、お兄ちゃん今日は予定ないよね? 撫子お兄ちゃんの事なら何でも知ってるよ?」

「まぁまて妹くん、決めつけはよくない。月見くんにだって予定の一つや二つある時もあるだろう。生徒会の手伝いに呼べないのは残念だが、今日はすでに予定があるのかい?」

「……………………………………ない。」

「ふふん、なら私とディナーしても問題ないわね!!」

「ダメですよ~。たっくんが進学するにはもっともっと勉強しなくちゃいけないんだから、たっくんの家で個人指導するのよ」

「クレープ……」

「で。誰にするのお兄ちゃん? お兄ちゃんは絶対撫子の事選ぶって知ってるから、早く皆に言ってあげてよ」

「そ、それは……」

 収まりかけた騒ぎがより勢いを増して琢真に襲い掛かる。

 しどろもどろになり、あたりを見回す琢真だが、この状況でさすがに女子たちに助けを求める事はできず、かといって男子に助けを求めようものなら、それこそどうなるか分かったものではない。

 こうなると、いつも通りの展開になる。

 我慢の限界に達した男子生徒たちが琢真の粛清に入るか、もしくは―

「あ、そうだ!! 次は移動教室だったわ。 わるい、先に行くな!!」

「あ、ちょっと待ちなさいよ!!」

「お兄ちゃん、まだ答え聞いてないよ!!」

―うやむやにしてこの場から逃げ去る。

 美少女たちも琢真の後を追って教室から次々と出て行った。

 教室は一気に静かになり、準備の終わった女生徒たちも次々と移動教室へ向かいはじめる。

「ったく、なんであいつがあんなにモテるんだ……」

「美少女一人に好かれるだけでも奇跡なのに、5人もなんてどんな偉業だよ……」

「やはり一度あいつには地獄を見せなければ……ふふ、ふふふふふ……」

 しかし、男子生徒たちは準備もせず、口々に恨み言を連れながら、琢真の出て行った扉の先を妬まし気に見つめていて、



 その様子をオレも同じように眺めていた。



 そう、オレは先ほどまで、ハーレムイベントを発生させてた月見琢真じゃない。

 高橋雄太 たかはしゆうた

 他の男子生徒と同じように平凡とか、普通とかそんな属性すら付けられそうにもない、ただのモブ。

 月見琢真が毎日のように起こしている、美少女との親愛イベントやラッキースケベなんてものは無く、ありふれた高校生活に、ありふれた友人と、ありふれたイベントをこなしていく。

 それがオレ。

 ただ一つ、他のモブと違うことがあるとすれば、それは―


「あれ、優花どうしたの?」

「教科書とかノート忘れちゃって……」

 琢真を追いかけて行った美少女の一人が教室に戻ってきた。

「あはは。優花ってたまにドジするよね」

「気を付けてるんだけどね」

「アタシの見立てによると、そのほとんどが月見くん絡みなんだよね~。そこんとこどうなの?」

「ええ!? そ、そんなことないよ。……たぶん」

 友人のからかいに、優花と呼ばれた美少女は顔を赤くして否定する。


 木春優花 きはるゆうか

 肩まで伸ばした黒髪は癖もなく真っすぐでサラサラで、このクラスどころか学年トップクラスの容姿。

 誰にでも優しく接し、困った人がいたら放っておけないタイプで男女問わず人気がある。

 琢真の事が大好きで、クレープ屋に誘おうとした、オレと同じクラスの子。

 そして、琢真の幼馴染。


「で、いつになったら告白すんの?」

「ふぇ!? い、いきなり何言ってるの!?」

「優花の気持ちに気づいてないのなんて、月見ぐらいなものよ。いい加減、告っちゃわないと他の子に取られるわよ?」

「わ、分かってはいるんだけど、今はまだ勇気が出なくて……」

「根性ないわねぇ……」


 木春さんが琢真に惚れていて、他の男子なんて気にも止めてないのは誰もが知っている。



それでも、オレは木春さんに恋していて、

5人もの美少女に言い寄られながら、誰の想いにも気付かずに、あっちこっちフラフラしているハーレムクソ野郎から、本気で奪いたいと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モブだってヒロインと恋がしたい! 葛西迅 @kasaijin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ