エピローグ
大学祭の翌週、十一月五日が史郎の誕生日だった。
土曜だから、「家で何かやるの?」と聞くと、「この年でやらないでしょ」と冷たく返された。
それなら遥が祝うまでだ。
夏から練習していたヘンプ編みのブレスレットもどうにか完成した。紺と青の二色で「ダブルねじり結び」という編み方で編んだ。糸の結び目が描く螺旋が、二色並ぶ。全体としては丸い印象のブレスレットだ。編み終わりに大きめの木製ビーズを入れ込み、編み始めに作った輪っかをひっかけて、腕につける。
史郎と待ち合わせして向かったのは、都心のホテルのティールームだった。アフタヌーンティーが有名なのだ。
三段のケーキスタンドには小さなサンドイッチ、一口サイズのタルトとケーキ、マカロン、ガラスのグラスに盛りつけられたシャーベットが載っている。別で出された二種類のスコーン。紅茶はアールグレイを選んだ。
「わー、すごいかわいい! どうしよう?」
「どうしようって」
騒いではダメというのはわかっているから、小声ではしゃぐと、史郎は呆れたようだった。それでも遥が写真を撮るのを待ってくれる。
紅茶で乾杯もないだろうから、普通にケーキを楽しむ。
ひたすら、かわいいとおいしいを連発する遥に、史郎は特に嫌がるでもなく相槌を打ち、ケーキの分析だか解説だかわからないことを独り言のようにつぶやく。
「お菓子も作ったりするの?」
まさかと思って聞くと、史郎は首を振った。
「料理は得意じゃない」
それから、「料理って化学の実験っぽいよね」とわずかに口角を上げて笑う。
「遥ちゃんは料理しなそうだよね」
「失礼なっ! カレーくらいは作れるよ」
「あれは誰でも作れるよ」
一蹴する史郎に、一人暮らしするまでに母に料理を習おうと決意する。
母から許可を得たのが先週。史郎経由で伝えてもらっているし、史郎の母の
瑠依はすでに先々週に引っ越していた。補修がいらないと遥が言えば、すぐにでも住み始められる。家具や家電以外の、布団やリネン、生活雑貨を買いそろえる必要はあったけれど。
「そういえば、紗那さん、お母さんに話して一人暮らし認めてもらったって」
「へー、良かったね」
「うん」
大学の近くで部屋を探すと言っていたから、今日あたり不動産屋を巡っているかもしれない。母の説得には奏真も助力したらしい。
ちなみに、紗那のミスコンの結果は一次審査敗退だった。紗那はほっとしたように笑っていたからそれで良かったんだろう。
もう一つの報告といえば、隼人のことだ。
「隼人先輩は、やっぱりバンドには戻らないって」
大学祭の最終日、礼だか詫びだかわからないけれど、安藤は遥と史郎の分のチケットを融通してくれた。後ろの方で立ち見だったけれど、迫力があった。ライブ終了後に隼人に連れて行ってもらった楽屋で、遥は安藤と連絡先を交換した。隼人が安藤の勧誘を断ったのは、彼から聞いた。
「史郎君は安藤さんのバンド、知ってたの?」
隼人がやめたあとにメジャーデビューして、最近売れてきたところらしい。
「最新のアルバムは持ってる」
「今度貸して」
編み物以外の史郎の趣味を聞いたことはなかった。まだまだ知らないことがある。
ケーキを食べ終わって、遥はプレゼントの包みを取り出した。
「誕生日おめでとう!」
「ああ、うん……ありがとう」
遥が渡した包みを史郎は断ってから開ける。
「ヘンプ編み? 遥ちゃんが作ったの?」
「あんまり上手じゃないかもしれないけど! そこはそれってことで!」
「全然そんなことない。うれしいよ」
「そう? ならいいけど」
うれしいなんて今まで史郎から言われたことがあったかな、と遥は思う。赤くなりそうな頬を押さえた。
「つけていい?」
「うん。たぶん、サイズ合うと思うんだけど。男の人ってどのぐらいかわかんなくて」
「誰で試したの?」
「お父さん」
史郎は左手首にブレスレットを巻いた。右手で器用に輪っかを木製ビーズにひっかけようとするのを見て、遥は史郎をとめた。
「待って」
「何?」
「私がつけていい?」
「なんで?」
「私のは史郎君がつけてくれたから」
遥が提案すると、史郎は眉間に皺を寄せて、無言で左手を差し出した。
彼の手首にブレスレットをつける遥の手首には、史郎が作ってくれたブレスレットが飾られていた。
了
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※第2回角川文庫キャラクター小説大賞の第1次選考通過作品「ピコット」と同じシリーズになります。
■参考文献
『革とヘンプの手づくり教室』メルヘンアートスタジオ、2010年、青春出版社
『ヘンプとビーズで作るミサンガとアクセサリー』2010年、パッチワーク通信社
『ヘンプのアクセサリー』2011年、日本ヴォーグ社
『かぎ針編みのちっちゃなアクセサリー&髪かざり』2012年、河出書房新社
『大人のブレスレット・スタイル』2014年、日本文芸社
『コードで作る大人シンプルなアクセサリー』吉原有里、2017年、学研プラス
ピコット ~夏と秋のコード~ 葉原あきよ @oakiyo
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