第四章 アリアドネの暗号(22)
美穂は場所を移して遥と史郎に向き合っていた。
大学内のカフェだ。「いつもここで編み物を習ってるの」と遥が教えてくれた。
遥が頻繁に家に邪魔していることを詫び、礼を言う。それから少し話をした。
彼は南のことを知っていて、それについて気を使わなくていいのが楽だった。
多少ぶっきらぼうではあるけれど、誠実そうな青年だった。
「遥、一人暮らししたいならしていいわ」
「いいの? ほんとに?」
「ええ。その代わり、週に一度は帰って来なさい」
「うん」
「お願いよ?」
遥は美穂の手を握って、うなずいた。
史郎の顔を見て、思わず「遥をよろしくね」と言いそうになり、美穂は苦笑する。それじゃあ本当に結婚だ。
美穂は、ここでいいから、と先に席を立った。
「遅くなるなら駅まで迎えに行くから、連絡しなさいね」
遥に手を振って、史郎に会釈して、その場をあとにする。
美穂の背中に史郎の声が聞こえてきたのは偶然で、彼には美穂に聞かせるつもりはなかっただろう。
「お母さんは、この格好の遥ちゃんでも南さんと間違えなかったね」
美穂ははっとした。
今日の遥は、以前の遥のように、黒いロングヘアだ。袴に合わせたのだろうと思ったから、尋ねることもなかった。また南みたいな恰好をして、とも思わなかった。後ろ姿でも遥とわかったし、向き合って話していても気にならなかった。そのことに初めて気づいたのだ。
美穂は軽く目元を押さえる。
気づかせてくれた史郎に心から感謝した。
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