第四章 アリアドネの暗号(21)

 その場で皆と別れ、史郎と遥は「どうしようか?」と顔を見合わせた。二人でぶらぶらと模擬店を見て歩くうちに、何度か「おめでとう!」と言われた。

 遥のスマホが鳴り、見ると母からだった。

「あ、忘れてた!」

 都歩研の展示教室で待ち合わせしていたのだ。慌てて電話に出る。

『ごめん、私、今日の当番なくなったの。それを連絡し忘れてた』

『そうなの?』

『今から行くから、五分? 十分後くらいかな』

『お母さんもう少しで、スタンプラリーが集まりそうなのよ。そっちの本部でもいいかしら?』

『うん、いいよー。じゃあ本部でね』

 電話を切って、隣の史郎に説明する。

「今日、お母さんが来てるって話したっけ?」

「え、聞いてない」

 朝、遥が着いたときにはもう史郎は展示教室にいなくて、そういえばイチカフェで会うまで全然顔を見ていなかった。チラシ配りや安藤の件もあり、史郎に連絡するタイミングもなかった。

「ごめん、伝え忘れてたみたい」

 恨みがましい目を向ける史郎に、遥は謝る。

「史郎君に会いたいっていうんだけど、いい? たぶん一人暮らしのこと」

「ああ、わかった」

「スタンプラリーの本部で待ち合わせたから」

 方向転換して歩き出すと、スマホが鳴った。メッセージの着信通知だ。史郎も自分のスマホを取り出したところを見ると、グループ宛てのメッセージかもしれない。

「浜崎さん」

「私も。スタンプラリーの本部に来てだって」

 史郎は、返信は遥に任せたとばかりに自分のスマホをポケットに戻す。

「あの人、まだ何か企んでるんじゃない?」

「えー、美咲が? ないでしょー?」

「だったら、なんで呼び出されるの? 合言葉係が本部にいたら意味がない」

「そういえばそうだね」

 遥が返信してスマホをしまうと、史郎は遥に手を差し出す。手を繋いで歩いていると、また「おめでとう!」と声をかけられたから、二人して慌ててしまった。


 スタンプラリーの本部に着くと、史郎の予想は間違っていなかったことが判明した。

 入り口で待ち構えていた美咲と里絵奈に手を引かれ、中に入る。

 都歩研が借りているのと同じ大きさの講義室。黒板にはひらがなが書かれたカードが貼ってあった。

『はるか しろう おめでとう!』

 でかでかと書いてある。

 美咲が巻き込んだ企画組の人たちなのか、知らない顔がたくさん並ぶ。皆が声を合わせた。

「遥、史郎、おめでとう!」

 遥は呆然と立ち尽くす。史郎はなんとも言えない微妙な表情だ。抗議したいけれど祝ってもらった手前そうもいかない、と考えているのかもしれない。

「これじゃ、なんだか結婚したみたいだよな」

 誰かがそう言った。

 そのとき、遥の背後で声が上がった。

「遥! 結婚ってどういうことなの?」

「お母さん!」

「お母さん?」

 大合唱の中、隣の史郎だけが大きくため息を吐いていた。

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