地獄おためしキット
椿屋 ひろみ
地獄おためしキット
夏休みの昼下がり、小学生のこんぺいは扇風機の前で青洟を垂らして、漫画やお菓子の包みを放り投げてだらだら寝ていた。
「これで十日目だ。丸一日を昼寝に費やすなんてまるでニートみたいだ。」
こんぺいが去年の夏休みの工作で(親が)作ったデブオタ型ロボットのぎーく君はこんぺいの自堕落な様子をみて呆れていた。
「いいじゃん、こうやって暑さに任せて寝るのが夏休みの醍醐味なんだぞ。」
いい加減頭に来たぎーく君は何かをスマホで注文しすぐにそれが宅配で送られてきた。
「地獄おためしキット。」
ぎーく君はこんぺいを空き地に連れ出し、おどろおどろしい柄の箱から角が生えた険しい顔の小人を一体取出した。
「なんだいこれ。気味悪い人形だなぁ。」
「まぁ、押してみろよ。」
こんぺいが、ぎーく君に言われるまま人形の背中のスイッチを押すと、人形が呻き声をあげながら動き出した。
「俺はあぶだ地獄の鬼だ。凍りつく寒さを味わうがいい。」
鬼がこんぺいに息を吹きかけると厳冬の猛吹雪になり、こんぺいの周りが草木もろとも一気に凍りついた。
「ううっ…寒い。手足の感覚がなくなりそうだ。」
「これは地獄を体験したいというドMな人向けに作られた道具なんだ。あぶだ地獄ならまだ鳥肌が立つぐらいだから大丈夫だよ。」
ぎーく君がスイッチをもう一度押すと鬼が止まり、すぐに氷が消えた。
「これでタケミちゃんと涼もう。」
こんぺいはクラスの美少女のタケミとあぶた地獄で涼をとることを思いついた。
「いいね。タケミ氏のお家に行こう。」
「いいこと聞いちゃったぜ。」
クラス一不細工の岩男がたまたま空き地の土管の中で昼寝していて、二人の会話を盗み聴きしていたのだ。
岩男は二人がタケミの妄想話に花咲かせている隙に箱から適当に一体盗んだ。
「後藤のヤローを懲らしめてやるんだ。あいつ、最近クラスの女子にモテてるからな。」
二人がいなくなったことを確認してから岩男はひょこっと土管から出てきて人形を取り出した。
「ぐふふ…痛い目にあわせてやる。」
使い方をちゃんと知らない岩男は起動ボタンを押した。
すると鬼が目を見開き、岩男の頭上から岩状の黒くキラキラした巨大な物体を落とした。
岩男は思わずそれを支えた。
「…お、重い。」
「ワシはアトラス地獄の鬼じゃ。アトラスとはギリシャ神話を読むとよい。」
長い髭面の鬼は岩男の足元で横になった。
「ワシは寝ることにするぞ。この天体を落とすと地球が滅びるからせいぜいがんばりたまえ。」
「え~っ」
アトラス地獄の鬼の話を聞き、背筋が凍る思いがした。
一方、こんぺいとぎーく君はタケミの家に着いたが、タケミがピアノの稽古に行っていると言われ、とぼとぼ帰った。
真夏の炎天下の中、影のない空き地の隅で岩男は全身に大粒の汗をかきながら歯を食いしばり、大きな岩状の天体を支え続けた。
(なんでこのクソ暑い日にこんなもの…でもこれを落とすと世界が壊れちまう…誰か助けてくれ。)
日が翳り、岩男の体力はすでに限界を超えていた。
意識が朦朧とし、顔が真っ青になっていた。
(もう終わりだ…)
「岩男くん、なにやってるのよ。」
ピアノの稽古から帰る途中だったタケミは岩男をみつけて驚き、すぐに駆けつけた。
「あっ…」
タケミはすやすや寝ていた地獄の鬼につまずき、その反動で背中の停止ボタンを押した。
巨大な天体は消え、岩男は助かった。
「ありがとう、世界の救世主だ。」
「何のことよ、気持ち悪いわね。」
今までのことを全く知らないタケミは気味悪がり、泣きながら追いかける岩男から逃げたのだった。
地獄おためしキット 椿屋 ひろみ @tubakiya-h1rom1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます