―後日談―

 魔界親善大使



 地球への親善大使としてのお役の前——先に竜魔王の少女との約束を果たすため、未踏の地である主星ニュクスへ訪れていた。

 とは言え本来ならそこは光の使徒によって、魔族の監獄としての役目を与えられた地――旧魔界。

 おまけに収監されるは、強力な封印を施された伝説級の魔王クラス——天楼の魔界セフィロトにいる名だたる魔族が、可愛く見えるほどと恐れられる。


 まあ、かく言う私はその究極の頂きの力を継承してしまった故——その恐ろしさも心地良い所だが。


「ようこそおいで下さいました〜。ではこちらへどうぞ〜。」


 今私は正にあの立体映像の地——王国の世界マリクトはノブナガの居城にて、力の継承を行った際見た銀の雫を零す不死の少女ノーライフ・キングの住処。

 漆黒の闇を囲む、淡き光を放つ夜行花に包まれた幻想的な別荘——自らお出迎えに現れた、竜魔王に即されお邪魔する所だ。


「急く様な訪問で済まない、リリ。ではお邪魔する。」


 深淵しんえんに堕ちた導師との戦いの折、この別荘への訪問と共に受けた呼称を愛称で呼ぶと言う約束も果たし——招かれるまま別荘の中へ上がり込む。

 先の映像による会見では急ぎの事情もあり、部屋の詳細までは拝見出来なかったが——なるほどこれは、落ち着いた雰囲気ふんいき……代表的な地球は西洋のおもむきのそれだ。


 いかにも過ぎて目新しさに欠けたが、当のリリがゆるふわぽわぽわである為——それ以上の突拍子の無さは、流石に詰め込み過ぎて引いてしまう所だな。


「さあ、お座りになって下さいね〜。ああ、今お茶を用意します〜。」


「いや、貴女は仮にも究極の頂きだろ?私の様な新参に、そんな気遣いは無用だ。」


 あまりに自然にお茶の準備を始めた不死の少女ノーライフ・キングへ、困惑しながら遠慮を口にする。

 ともすれば地球の友人らとの話題に上がった、ゴキンジョサマの付き合いを絵に描いた様な対応――おい魔王と突っ込みたいぐらいだ。

 と私の返答がまさに想定通りだったのか、陽だまりに揺れるタンポポの綿毛の様な微笑みのまま不死の少女ノーライフ・キングが返してくる。


「いいのですよ~。私もこの永き封印生活の中――こんな素敵なお客様に、こうも早く出会えるなんてと心が弾むのです~。」


「そう……か、では遠慮なく。」


 その暖かさ――テセラを遥かに凌駕する慈愛は、彼女が究極の頂きである事を忘れさせる。

 一先ずこの不死の少女ノーライフ・キングとのお茶会は、あまり長く時間が取れない事もあり――準備された、ティーと甘い菓子を早々に頂く事にする。

 見るとやはりここでもローズティーか……魔界ではこれが流行り――と言うか主流なのかも知れない。


 私が招かれた大きく落ち着いた装飾のテーブルへ、ティーセットをせわしなく並べる不死の少女ノーライフ・キング――ティーを頂きながらふと気付く。

 待て?今ここにいるのは私と不死の少女ノーライフ・キングだけだぞ?

 それにしては数が多すぎないか??

 ――その考えに至るや、何となしに嫌な胸騒ぎと共に軽く汗が噴出した。

 同時に至った考えに溜息まで溢れてしまう。

 

 と言う事で、予想はしているが不死の少女ノーライフ・キングに質問を――と思ったその矢先、別荘の玄関よりが溢れ出た。


「リリ……もしかして、ここに呼んだのは私だけではないだろ。いや何、もうだいたい予想はついているのだが――」


「リリ!お待たせしました~!皆さんをご招待しましたよ~!」


 私の質問が早いか、それに合わせる様に響く――溜息が盛大な物へと変化してしまう。

 がくりと肩を落とし、ソファーに座したまま見知った声に恨み節を投げつけた。


「……ベル……、何をしているんだお前……。」


 どうりで私がこの別荘へ出向くと言った頃に、フラッと行方をくらませていた訳だ。

 そして恨みの半目を送る先に並ぶ顔見知り達へ、とりあえず開いた口でもう一度大きく溜息を吐いて見せる。


 魔王代理に妹に、美の化身に始まって王国の天下布武から異形のタキシードまで――どさくさに紛れて、我が優しき配下と髑髏どくろの将までいるのは気のせいか?

 流石にあの武を振り回すがお似合いの――加えては、場が似合わぬと遠慮した感が拭えないが。


「さあ皆さん、リリが準備してくれたお茶と共に――ささやかなお祝いを始めましょう。」


 はあ……元々このリリと親しかった風の、堕天せし最高位天使までお目見えか。

 最早ほぼ、が揃ってしまっているじゃないか。


「あの……ごめんなさいレゾンちゃん。騙すつもりじゃなかったんだけど――どうしても親善大使のお勤めの前に、即位祝いをしたくって。」


「ジュノー姉様と、二人でいろいろ考えた結果ですの……本当にごめんなさいです、レゾン姉様……。」


 溜息もそこそこに、眉根を軽く寄せ――すぐに笑顔に切り替える。

 うん……この二人の企画なら文句は無い――と、この二人が絡むと万事良しな私は……何かお安い女になってしまったのか?

 思考にお花畑がチラつきだした私の様子を見計らい――不死の少女ノーライフ・キングもまんまとしてやったりな表情で語りかけてくる。


「お二人の提案を了承したのは、もちろん私です~。あなたは間もなく大切なお務めのため、再び地球を目指しますね?暫くははこちらにも戻れないだろうと思い、皆さんを招待してのお茶会と相成りました~。」


 お節介な者達に囲まれて思う――私はあの時では考えられない程、幸せなのだろう。

 地球では私の再来を待ち望む友がいて――この魔界ですら、こうやって私にお節介を焼いてくれる者がこんなに存在するんだ。


 そして何より――


「……レゾン……姉様?どうなさったのですか?」


 私には――再び巡り逢えた愛しき妹がいる。


「何でもないさ。さあ、せっかく私の祝いの席を設けてくれたんだ。お節介な不死の少女ノーライフ・キングのご相伴に預かろうじゃないか。」


「ではワシも紅茶を熱い内に頂こう。ほれ、そなたらも席に着け――適温を逃すと味が変わるぞ?」


「カミラ様のお誘いとは言え、斯様かような場に呼ばれるとは――この夜魏都よぎと、全霊を持って楽しませて頂きます!」


「いや~、リリの入れる紅茶は久しぶりだね~。さあミネルバ、ボクの隣へ――ぶっ!?」


「あらごめんさない?素敵なお茶会ですよ――もう少しわきまえて頂けるとありがたいですね。では失礼して――」


「――そなたは相変わらずだな、ナイアルティアよ。ミネルバ様……今はその者を捨て置きましょう――ナイアルティア……そなたそのまま絨毯でも味わっておけ。」


「それは酷いよヴォロス~。久しぶりの対応にしては酷すぎるよ~。」


 こんなにも恵まれた人生ならば、害獣として生まれた過去など瑣末な事に過ぎないではないか。


「もう!ナイアルティアさんは、姉様達の言う通り自重して下さい!あっ、ヴィー――じゃない、テフェレト以外ではカミラだね!そのお菓子をレゾンちゃんに!」


「はい、ジュノー姉様。まあ、素敵ですわ……甘い香りが漂って私までお腹がすいてきてしまいます。それでは――」


 私はすぐにでも、立たねばならぬ務めの前に――ようやく訪れたこの幸せなひと時に浸るとしよう。

 ふける少しの間――皆が私の幸せの一部となって、視界に至高の瞬間を生み出してくれた。

 その瞬間へ私を呼び込む様に、真の妹となったあのが――祝いの菓子に乗せた思いを差し出した。


「ああ、頂こう。ありがとう――カミラ。」


「はい、レゾン姉様……。」



**** 



 そして——

 サプライズで騒がしい、ささやかな祝いの茶会を終えてのち――二晩を挟んだここ魔界国際宇宙港。

 すでに待機する、地球への旅路の友——異形の魔導超戦艦が係留されるブロック。

 準備を終えた真鷲ましゅうの統括部長が、超戦艦前で地球へ向かう私達親善大使一行を出迎えた。


「レゾン嬢——いえ、やはり閣下とお呼びした方が——」


 嘆息と同時にあなたもかと半目と不満を送りつけると、したり顔で返される。

 どうも私の周りは、ノブナガ的な思考の者で固められている様だ。

 類がわざわざ友を引き連れて来た感じである。


 ともあれ、これより訪れる大地は生まれたる故郷——惨劇の過去も今は私を構成する人生の一つ。

 そして務めを共に担うは美の世界ティフェレトの魔王代理と、ベルに代わり異形の超戦艦に動力供給するための役を果たす我が妹。

 再び使い魔の形を取る堕天使の一方——すでに馴染む少女の姿の竜機の友。

 真鷲ましゅうの統括部長率いる職人集団を従えて、再びあの友人の待つ青き大地――母なる地球へ、魔界の親善大使としておもむく。


「では、行こうテセラ——そしてカミラ!」


 以前とは比べるまでもない、堂々たる面持ちで超戦艦【武蔵】へ搭乗する。

 脳裏に再び会える友人の笑顔を思い浮かべながら。

 ——けれど私達はまだ知らない。

 

 ――そこへい寄る、未だかつてない危機の到来を――



****第二部 完****



 アナザーストーリー

 断罪のヴァンゼッヒ 第二幕へ続く――

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