―エピローグ―

 三日月と牙の奇跡



 私は地球の生まれ――災害指定されし害獣【野良魔族】より生まれし者。

 それが何の因果か天楼の魔界セフィロトへ移住し、最強を目指した先――勝利の世界と言われた【ネツァク】を治めるに至る。

 自らで名乗った赤煉の魔王と言う呼称は、やはり魔法少女として戦う際――常に赤き力、吸血鬼の血の色を彷彿とさせるそれをまとっていたから。


 まあ何よりかつては使い魔であった、赤き竜機の友ベルの存在こそが主な理由なのだが。


 そんな私は魔王即位の儀もそこそこに、念願の祖国となる世界――〈勝利〉をシンボルに持つ【ネツァク】が王都へ足を運んでいた。

 思えばこの王都にそびえる【月星輪ムーニアス・ティアー城】が我が家になるとは想像も付かなかったな。

 しかし感慨にふけるは後回し――魔王に即位した私には何をおいても成すべき事が待っている。


 他でもない――私の妹となった元【ティフェレト】第三王女を、正式に同族として迎え入れる血脈の儀を行うためだ。

 彼女は未だ情緒に不安定な所があり、現状強い意志で押さえ込んではいる物のいつまた暴走するとは限らない。

 加えて今彼女は、実質住むべき場所を持たない流浪の存在――早急に国へ迎え入れる必要もある。


 あるのだが、実の所――テセラから少し気がかりな事を口にしていた。

 それは現在、宇宙と言う世界を挟んで遥か数十天文単位――私達の友人がいる地球の現状だ。

 あの導師が引き起こした様な事態はそうそう訪れないだろうが、万一に備えるに越した事はない。

 それも踏まえ、テセラと共に近々地球へ再び訪れる計画を考案中である。

 全く休まる気がしないな――私の人生は。


「レゾン閣下……そろそろ儀式の準備が出来ましたが――」


 今はシュウがかつて私用として使っていた一室を頂き、私用に模様替えをしていた所だ。

 ――と言っても例によって私はお洒落と言う物に縁が無いため、最低限の生活用品さえあれば事足りるが……さすがに夜魏都よぎとから「もう少し国の王らしく構えて頂けませんか?」とお小言を頂戴してしまった。

 まあ一国の王が質素極まりない極貧部屋に住まうは、流石に問題かといろいろ思い悩むに至る。


 すでにお小言を頂戴出来る程に気が知れた、切れ長の瞳に優しさを宿す真祖が今――閣下と呼称し、私を迎えに来たため……こちらとしても反撃も已む無しだ。


夜魏都よぎと……流石に閣下は止めて貰いたい。私を敬ってくれるは心地いいのだが――」


 私の返しにクスクスと微笑む優しき真祖――からかいに来たのか、迎えに来たのかハッキリして貰いたいな。

 けど、儀を速やかに終えるは必務のため――手早くとやらを済ませ、城の中央にある血霊の玉座の間へと足を向けた。

 後には優しき真祖と、同じく私を迎えに来ていた竜機の友も居並ぶ。

 相変わらずこいつは神出鬼没だ――それでいて空気を読むから、掴みどころが無い。

 本当に出来た使だな全く。


 程なく開けた間が、私の視界を占拠する。

 かくいう私はこの玉座の間を謁見したのは初めてだ。

 そもそもこの天楼の魔界セフィロトを東奔西走していた時期――その後半辺りでようやこの城に足を踏み入れた実情もあり、それは無理もなかった。


 長く伸びる絨毯じゅうたんの先――吸血鬼の城らしく、暗みがかった配色の玉座。

 そこから僅かに感じる懐かしき魔霊力の残滓ざんし――きっとここで彼女シュウはかつての栄華をほこったのだろう。

 その座にまさかこの私が座する事になろうとは――いや、きっと彼女はそれを願って私を救おうとしてくれたのかも知れないな。


「待たせたな、真祖ら。楽にしてくれ。」


 姿が見えた所から、合わせたかの様に片膝を付きこうべれる高貴なる真祖ら。

 巨躯の真祖はその身を折るように――しかし、真摯たる振る舞いがにじみ出る。

 白銀髪の真祖は凛々しさに野獣の様な双眸そうぼうで、私への敬意も惜しまぬ面構え。

 触手の真祖は稚拙ながらも必死で礼を尽くそうとする姿に、並々ならぬ忠義を見る。


 そして――


「レゾン姉様……お待ちしておりました。」


 初めてその姿を見た時は、格の違う霊圧に身がすくみ―― 一時は存在を警戒すらした事もある。

 なのに今の気持ちはどうだ――姉様と呼ばれる事で、心からの歓喜に包まれる。

 幼くも凛々しいテセラとは違う、きらめく可憐な花の如き笑顔――私の妹となった元王女。

 私は彼女のためにこの座を――勝利の世界の玉座を目指したんだ。


「ああ、すまない待たせて。では速やかに……血脈の儀を執り行おう。」


 この儀を経て私と元王女は、名実共に〈勝利〉をシンボルに持つ世界に君臨する姉妹となる。

 ――けど、私は気付いていなかった。

 今の今まで、ずっと深淵しんえんを彷徨い続けていた。

 私と彼女が揃うその瞬間に訪れる――因果を越えた奇跡の到来。

 愚直なまでに――ただ走り続けた私は……それに気付くよしもなかったんだ。



****



 〈勝利〉をかざすその玉座――今おごそかに、そして粛々しゅくしゅくと儀式が執り行われる。

 それは魔王の座へと駆け上がった紅き烈風が、祖国を追放された王女と姉妹になるための儀――彼女をこの魔界で生かすための手段。


 竜機の友と四大真祖のみ同席させるその儀は、勝利の世界に脈々と受け継がれる正統なる吸血鬼一族の伝統。

 儀の最後は吸血鬼一族らしく、魔王を拝命した者からの吸血を以って新たなる正統な血族を迎え入れる。

 吸血された者は文字通り勝利の世界ネツァクの一員となるのだ。


 しかし魔王の座に登りつめた紅き烈風は、確実に吸血を行ったのはたった一度――びゃく魔王が僅かな血脈を分け与えた例外は別としても、それ以外に一度も無い。

 その最初の血族となったのは、紅き烈風がまだ半妖の出来損ないの時分に出会った少女。

 ――みすぼらしい、


「これより【ネツァク】に伝わる正統なる儀によって、祖国より追放されし元王女の……正式な種族受け入れを行います。」


 優しき真祖により儀が開始され――玉座の前に並ぶ二人。

 左には、この玉座へ座する頂きへ登りつめた赤煉の魔王――右には今まさに種族として正式に受け入れを待つ、妹となった元王女。


「ヴィーナ……これより君を正統なる【ネツァク】の一員として、その証を立てる。」


 赤煉の魔王が宣言した証――それは正しく正統なる吸血の儀。

 であるが、元々彼女はいたずらに吸血を行う事を禁じている――不用意なる吸血が、記憶の中にある惨劇を連想させ嫌悪に襲われるから。

 それでも今、彼女は魔王として立つ――惨劇すらも受け入れる器をかざして。

 

 ――やがてその高貴なる決意は、深淵しんえんの彼方よりたった一つの欠片を呼び戻す。

 それは、因果が巡り巡ったたった一つ――しかし赤煉の魔王にとって掛け替えの無い一つ。

 遥かな過去の惨劇によって別たれた絆――


「はい、わたくしはようやく……笑って歩ける世界へ到達したのですわね。」


 赤煉の魔王が見やる中――吸血の準備と、上に羽織ったカーディガンをふわりと脱ぐ元王女。

 まだ幼き容姿からあらわとなる、陶磁器の様な白き首筋――ふと舞い落ちるカーディガンにあおられて、胸元より鈍く輝く光が零れ落ちた。


「……っ!?ヴィー……ナ、それ……は!?」


 零れる輝きを目にした赤煉の魔王――衝撃と共に絶句する。

 あり得ない――それは彼女が半妖として生きていた頃の惨劇、その中で鈍き輝きだった。

 その頃大切であった、たった一人の同族となった少女のための贈り物――届ける事が永久に叶わなくなった、大切な姉妹の証。


 魔王の只事ではない反応に、少女もその顛末――それを持ちえた経緯を明かす。


「これ、ですの?……これはお守りです。わたくしがまだ虚ろなる意識で魔界を放浪していた頃、いつかは分かりませんが――いつの間にか手にしていた……。」


「それ以来、大切なお守りとして肌身離さず持ち歩いておりましたの……。」


 元王女の明かした経緯――それがただの偶然などあり得ない。

 何故ならば――魔王も持ちえている。

 肌身離さず――その


「姉様は、これが何なのかご存知――」


 元王女の言葉を待たずして――同じく羽織ったマントのリボンを解き……あらわになった

 目にしたそれに言葉を失ったのは元王女だけではない――傍に控える真祖らですら衝撃に包まれた。

 赤煉の魔王がその瞳を閉じ――浮かべた熱き雫と共にその解を提示する。

 己が身を焼き焦がした、を思い浮かべながら――


「知っているも何も……それは私が、大切な者のために手に入れた贈り物だ。私が生涯――たった一度だけ吸血した少女――」


「……、名前もなくした――。」


 その言葉が――眼前の元王女の遥か意識の深淵しんえんへ、穿つ希望の牙を打ち入れた。

 同時に流れ込む王女の内にあった、――因果の糸を手繰り寄せ……溢れる熱き雫と共に笑い放った。


「――では、今度こそ……。頂いて下さいね!」


 三日月と牙の輝きが、一つの奇跡を呼び寄せた――

 惨劇の中――すでに半妖となっていた当時の赤き吸血鬼、その彼女に吸血された少女は僅かに生命力が強化され……

 引き裂かれ――散り散りになった肉体で尚、彼女の意識はそれを目撃しその命の灯を消した。

 害獣と呼ばれた野良魔族を、野獣の咆哮と共に打ち払った赤き吸血鬼の少女の姿を――


「ヴィーナ!!」


 もう赤煉の魔王の心は確信している――違える事など無い。

 今元王女が放った言葉は、あのみすぼらしい少女が調

 溢れるけの全てを込めて、みすぼらしい少女であった元王女を抱きしめた。

 強く――そして優しく抱きしめた。

 すでに失って久しかった、熱き雫を溢れんばかりにその目尻に溜めて。


「済まなかった!……間に合わなかったんだ、一緒にいるのが楽しかったのに!君に迫る危険を払えなかったんだ……!だから――」


「ずっと……悔やんで、後悔して!全ての魔族が許せなくなった――私自身も含めて!」


 ぼろぼろと零れる思いのけは、今そこに居る……へ届いている。

 嗚咽おえつすら混じる魔王を抱きとめ、元王女もつたないその手で抱きしめ返す。


「はい。受け取りました、その思い。わたくしにとって、あなたは姉様だったんですわね……。」


 奇跡は伝播する――真祖ですら、訪れたる奇跡の再会に躊躇ちゅうちょなく涙していた。

 優しき真祖は愚か、三人の勇ましき男性陣ですらも溢れる物を押さえる事など出来ない。

 竜機の友である少女に至っては、まるで全てが見えていたかの様な面持ち――それでも浮かぶ熱きたぎりに濡れている。


 そして奇跡に包まれる魔王は静かにその手をほどき――贈れなかった、もう一つの贈り物を……再び巡り会えた大切な者へと贈呈する。


「……私はあの時考えた。私達には名前すらなかったから。だから君に、その首飾りと共に名前を贈ろうと思ったんだ。」


「――だから、改めて君にその名を贈りたい。勿論この【ネツァク】にいる時だけで構わない。」


 ほおに滴る輝きをそのままに、みすぼらしい少女であった者が見つめるは――最強の頂きへ登りつめた赤煉の魔王。

 贈られるその名を静かに待つ。


「君の名はカミラ……カミラ・オルフェス。私にとって最初で――そして新たなる妹だ!」


 新たなる名――ヴィーナと呼ばれた元王女、彼女が勝利の世界で与えられた名はカミラ。

 響いた名を聞き届け――少女はきらめきと共に、ほおの雫を振り払って笑った。


「レゾン姉様……。わたくしは――カミラはとても、とても幸せですわ!」


 見つめ合う、二人――その証を確固たる物にするために、奇跡のままつつが無く儀を進めて行く。

 ひざまずく新たな名を得た少女の首筋へ――赤煉の魔王の牙が突き立てられる。


 奇跡は二人の因果を取り結び――惨劇にまみれた赤き吸血鬼の過去は、文字通り過去のもとなる。


 ――その日、三日月と牙の伝説が生まれた――



****



 吸血鬼の少女が魔界の一世界の魔王へ君臨したのと同じ頃――全てが収まっていたはずの地球へ訪れる不穏。

 それは過去に類を見ない事態――その引き金を今かと引き絞っていた。


 万一の事態に備え、美の魔王代理の王女と新たに魔王となった紅き烈風――彼女らが、魔界からの親善大使として赴く少し前――


 這い寄る混沌がその最初の矛先を向けたのは、神に仕える使徒【断罪天使】の少女であった。



 後日談へ続く——

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