最終話 赤煉の魔王



 その日多くの魔族が、宇宙で起きた戦いを見守った。

 後世において長く伝説として語られる世紀の決戦――誰しも予想だにしない、魔界史上最大規模の反論決闘。

 そして後に訪れた、先の地球と魔界衝突回避作戦から繋がる因果の戦い。


 魔族達は僅かの間に起こった激動を目の当たりにし、自分達が如何いかなる存在であるか――それを見つめ直すキッカケを得た者も少なくは無かった。


 激動の渦中――魔界での事件の中心となった地球より訪れた、いと小さき吸血鬼。

 彼女の生涯もまた、その掛け替えの無い友人の存在と共に魔界の歴史の新章として書き記された。


 歴史上究極のいただきと言われた【竜魔王ブラド】の力を継ぎし吸血鬼――赤き魔法少女として生まれた彼女が、ついに魔界の一世界に君臨する魔王へと至ったその華々しき伝説の章が――



****



 眼前で猛威を振るうは因果の元凶――導師ギュアネスの成れの果て。

 それを打ち払うため――共に竜の女神コックピット内で、暖かき手を重ねるは美の世界の魔王代理である王女。

 私にとって掛け替えの無い友達だ。


「テセラ……、私は君の隣に並べるほどになったかな?」


 この魔界へ来た最たる要因は、魔王の血脈である少女と野良魔族と言う害獣の出である自分との種族格差――その差を克服するためにこの世界、魔族の理想郷と呼ばれる大地へ足を踏み入れた。


「まだ心配?大丈夫だよ、レゾンちゃん。今この手を通してあなたの強さが伝わってくる。もう桜花おうかちゃんやアーエルちゃんにだって、負けない程の心と器――本当に頑張ったもんね。」


 微笑みは清らかな一輪の花――この笑顔で一体どれだけ救われ……そして励みとなったことだろう。

 素敵なこの王女の慈愛があったからこそ今の私がある。

 そしてその出会いをくれたのは、魔族すら愛しんでくれたシスターと――お節介で少しめんどくさい魔王。

 かつては自分の生まれを憎悪したのが嘘の様――と、考えにひたる中……テセラの言葉に引っ掛かりを覚えて反論した。


「……私はテセラとの、今ある時を実感しているんだぞ?あの断罪天使の名は聞きたくないな。」


 半ば冗談ではある――しかしは、一切譲歩出来なかった。

 クスクスと笑い出した王女が返答をくれる。


「ほんとにアーエルちゃんと相性が合わないね、レゾンちゃん。――でも、その友達と会う前にやるべき事……済ましちゃお?」


 素敵な友人と久しきいちゃいちゃで、危うく本懐を忘れそうになる。

 真祖を盾にしている今――それはこの上なく不謹慎な行為と、流石に自分を戒めた。

 慈愛の王女が諭した言葉に首肯し、今やるべき事のため――討つべき害悪を見定めようとした――

 ――その頬に何やら暖かい物が触れた気がし、一瞬思考が停止した私は先に竜機の友より「ですが、はよろしくないです!」ととがめられた事案が蘇る。

 私はあのワフウの茶会直前の事故で、自分と王女に起きた案件がどういう意味を持つかを――竜機の友ベルよりそれはもう懇々こんこんと説教され、事の重大さを知った所。


 再び凄い勢いで王女を見た私の頬は、完全に紅潮していたはずだ。

 そして視界に映った王女も、当然頬が紅潮している。

 そのまま顔を背け、視線だけこちらを見る慈愛の王女がぽそっと呟いた。

 語尾をちょっと荒げた感じに―― 


「こ……これはおまじない。……必ず皆の所に帰るための!」


 行為の意味を知った今は気恥ずかしさしか浮かばない――けどそうだ、皆の所に帰る……そのために因果を越える。

 決意が改めて鋭さを増した私は術式を展開する。

 しかし今回は慈愛の王女の術式も平行して展開する必要がある。


「ではテセラ、始めよう!私達新世代の伝説の序章――その幕開けを勝利で飾る!」


 咲きほこる笑顔の後——凛々しき王女の横顔にドキッ!となるも、煩悩を振り払い眼前の深淵オロチを直視する。

 そして——王女と共に最終決戦殲滅奥義の術式展開へ突入した。


「〈超振動ヴィヴラス魔導印マギウス不死王励起ノーディスヴェリオン〉!」


「〈超振動ヴィヴラス小宇宙開放クオス・マイクス魔導回路接続マギウスゲイト〉!」


 私と王女の術式が同時に竜の女神ドラギック・フレイアを包み込み——竜機の友がその媒介を果たす。

 合わせて【惹かれあう者スーパー・パートナー】の共鳴現象を自らの意思で起動——文字通り愛しき王女と概念的に一つの存在へ変化する。

 それは今まで感じた事の無い感覚——自分が完全にテセラとなる様な一体感。

 そこでようやく自分が、彼女の隣へ居並ぶに相応しき存在へ到達した事も実感した。


「「魔界の因果生み出せし、光と闇の運命をまといて——」」


 重なる声と心——愛しき王女の力の源泉……その変換を担う堕天使ルシフェルの神霊力は、主星ニュクスが近く封印が強まるも術のキッカケ程度ならば問題無い。

 二人の力が等しく女神を包み、すでにある六枚の黒色翼のスラスターの合間——金色こんじきの翼が浮かび上がり、黒色と金色こんじきが十二枚の翼となる。


「「万物を穿つ殲滅の閃条となれ!!」」


 竜の女神が前方へ伸ばしかざす両腕が、同じくかざす私の左腕と王女の右腕に同調——その中央へまばゆく輝く、万滅の力が螺旋と共に渦巻き収束。


光纏いエル——」


真紅を翳すクリムゾン——」


 後方へクェーサーの如き光のジェットを吐き出し——それは放たれた。


害獣より生まれし者の咆哮バース・ディザスターーーーっっ!!」


 竜の女神ベルを中心に、魔界であるまじき神霊の光の閃条が術式変換により放出——魔界宙域を染め上げた。

 浸蝕しんしょくを受けた八つ首の巨龍をも包み込み、その深淵オロチの因果の根元まで焼き尽くす。


 一時の切断を要した魔界主星の大気はすでに復旧——膨大な神霊力が宇宙を染めるも、その大気で魔族の民への被害は皆無。

 押し寄せた機兵も浸蝕しんしょくされた艦隊も、深淵オロチの消滅と共に機能を完全停止。

 ——策謀の導師と言われた男の末路は、叫びすら忘れ——ただ光の浄化に焼き尽くされると言う、哀れな最後を遂げたのであった。


 そして魔界を――新世代の伝説私達が歩み始めた。



****



 全ての事件集結後、魔界の一世界である【ダアト】。

 事件から一週間の時を得て、そこへ名だたる下層界の魔族が集結する。


 【ダアト】は本来魔界の世界から隔離され運用されるが、それは魔界と言う超巨大ソシャールの動力機関区画の話であり——その表層をなす区画は、魔界における式典の様な大規模催事用としての設備だ。

 最も知識の世界ダアトが運用されるのは、魔界の頂き直々に出向く際に限られるが。

 その主な催事として、魔界を代表する神の如き存在——【魔神帝ルシファー】による、各世界魔王への正式な任移譲の儀があった。

 故に招待を受け訪れる魔族は、任を移譲される魔王に関係する者だけが招集される習わしである。


 が——事今回は例外中の例外、先の魔界防衛へ参加した魔王とそれに関する魔族らまで招集を受けていた。


 美の世界ティフェレト基礎の世界イェソド王国の世界マリクト——そして勝利の世界ネツァクに関わる錚々そうそうたる面々が、大規模催事会場で悠々と立ち並ぶ。

 しかしそのいずれの魔族の視線も、眼前の赤絨毯じゅうたんの上を凛々しく並び歩く二人の少女に奪われていた。


 美の世界ティフェレト——魔王代理の任を見事にこなし、魔界防衛の鍵となった少女。

 艶やかな金色の縦ロールが踊るツインテールに、幼さくも凛々しさを醸し出すたおやかな表情——若草色がアクセントの白と黒を基調としたドレス。

 双眸そうぼうを若草色に輝かせる第二王女、ジュノー・ヴァルナグス。


 そして——彼女のそばへ居並び歩くは紅き烈風。

 歩く姿ですら、嵐を巻き起こすかの如き威風堂々たる姿。

 決意の表れか、決戦時に結ったツインテールを再び戻した燃える様になびくストレートの赤髪。

 すでに魔王の決意を宿す双眸そうぼうは灼熱の赤眼——勝利の世界ネツァクへ君臨する時を待つ少女、レゾン・オルフェスである。


 二人が行く絨毯じゅうたん中腹――紅き烈風がのちに従える四人の高潔なる者が左右に控え、その中央……歩みを止めた二人にとって、妹となる少女が先へ進む姉達を迎える。


「お姉様方……わたくしはこの時を迎えた事――その喜びは何物にも変え難くございますわ。テセラ姉様……そしてレゾン姉様。」


「うん……うん!私もずっと待ってた。私達が何の弊害なく姉妹であれる事に……。」


 すでに美の世界より重罪を受け追放された、元【ティフェレト】第三王女――だが彼女の重罪は反論決闘に敗北した法の頂点より、直々に赦免しゃめんを言い渡されている。

 しかしこの時点では彼女――罪は逃れるも、住まうための世界がない。

 が、王女と共に居並ぶ少女――紅き烈風をまとう威風堂々が、それをじかに解決するためこの知識の世界ダアトに居る。


「ヴィーナ……君と共にあるまであと一息、ちょっとだけ待っててくれ。私が君を受け入れるための権利を。」


「はい……お持ちしておりますわ。」


 ――まさに権利を得るに相当する名目を目指し、再びを進める姉へ道を開けた妹の元王女。

 その背を野原に揺れる可憐な花の様に、キラキラとした微笑で見送った。

 視線の先で開けた祭壇前――いくつか階段を登る二人は、魔界を統べる頂きらと対面する。


 中央の座より左右へ、伝説になぞらえる魔界の大気を圧倒する存在がそびえ立つ。

 左へ展開するは峻厳しゅんげんの竜王、異界の観測者魔族――右へ展開するはかつての光の最高位天使、そして魔界の生ける伝説。

 二人の静止を確認した伝説中央に座する魔界の頂き――この世界においては神と同等である存在、【魔神帝ルシファー】がおもむろに立ち上がる。


「よく参られた。――まずは此度こたび、君たちへ二度に渡りこの魔界の命運を託す様な不始末を背負わせてしまった事を……この場を借り謝罪させて貰う。」


 二度の不始末―― 一度目は当然、地球と魔界衝突の危機回避の件。

 魔界の混乱も影響し、事後処理に終われ対応が先送りになっていた。

 その要因は多分に漏れず、今回の反論決闘後の不逞の動き――魔界側はまさにこの二人の少女へ全ての命運を託さねばならぬ事態であった。


 祭壇へ上がった二人もあらかじめ聞き及んではいた――だがやはりこの魔界の頂きは、真摯さのあまり無用に頭を下げすぎと困惑し――


「あ、あのルシファー様!私達は不始末を背負わされたとかなんて、全然思ってなかったので!大丈夫です……そんなに頭を下げないで……。」


 あたふたと神の如き者のこうべれる様へ、慌てた王女がかしこまる。

 それを見た居並ぶ紅き烈風が、まさかの事もあろうかその頂きへ口撃を始める。

 得意のノブナガの如きしたり顔で――


「そんなではまた、導師の様な者に付け入られるのではないか?あなたはやるべき事をこなしているのだ――もっと堂々としていてくれた方が、こちらもつつしんで魔王を拝命出来るんだが。」


 居並ぶ王女の表情が硬直した――吸血鬼の友人が、まさかの魔界の頂きを相手にけしかけを始める事態。

 だがそこに並べられた言葉は正に一理を得たり――その頂きと親しき者たちが、言葉を耳にするや否やクスクスと微笑を覚えてしまう。


「どうだルシファー……これが新世代の若き新星だ。中々に威勢がいいだろう?それによく事を見据えている―― 一世界を任せるには充分すぎる逸材と、私は思うぞ?」


 王女の顔面硬直を見やりながら、彼女――使い魔である時分には素敵なマスターである王女の動揺を見越して声を掛けるは、魔界の頂きの兄弟である存在。

 ついでマスターの王女へ目配せし、その程度の物言いは大事にはならないと笑顔を送る。

 同時にそれは先ずはこの威勢の良い、若き新星の魔王即位を優先すべきと結論を得る魔界の頂き。

 立て続けに起きる事件――これ以上の混乱を招かぬために魔界へ釘を刺す……その意を込めて速やかに魔王の権利譲渡の儀へ移る。


「分かったよ兄者……ではこれより勝利の世界ネツァク統治の権利委譲の儀を執り行う――」


「吸血鬼レゾン・オルフェス――前へ。」


 紅き烈風を見やり、「忠告感謝する。」と言葉には出さず目配せにとどめる魔界の頂き――吸血鬼も「儀を急かして悪かった。」の意でその視線に無言で答える。

 そこにはすでに魔界の頂きと吸血鬼の間へ、先達せんだつの新星である美の魔王ミネルバ――引いては王国の魔王ノブナガとの間柄の様な、親しささえ生まれている。

 それは互いに力無き自分を悔い――そして登りつめたと言う共感に他ならなかった。


「レゾンよ……魔王を拝命するに当たっての宣言を聞こう。それは治められる魔族の民へにとって、行動の指針にもなる物だ。」


 魔界の頂きより、重要儀礼――魔王を拝命する者からの宣言のため、祭壇上へ一歩を踏み出す吸血鬼。

 その宣言を聞き漏らすまいと、魔界防衛に関わった者以外――各界で選りすぐられた魔族の高官も中央絨毯じゅうたん袖で見守る。

 歴史上あの生ける伝説の力を継ぐ異例を呼んだ、紅き烈風の意志宣言は誰もが興味に尽きぬと皆瞳が踊っている。


 居並ぶ重鎮を前に歩み出た吸血鬼が、すでに心に定めた決意を解き放つ――その言葉に、興味津々で聞き入る高官より……そして防衛に関係した魔王らからも


「心得た。では――私は宣言する……勝利の世界【ネツァク】を統治するために、この名を背負って魔族らの王となる――」


「我が名はレゾン――!新たなる勝利の世界を統べし魔王を名乗ろう!」


 アイザッハ――この場の誰もの耳へ確かに響くその名は、まがう事無き魔界で造反し……世界を混乱へ叩き込んだ不逞のラストネーム。

 吸血鬼の少女は何の躊躇ちゅうちょも無く名乗りを上げた――その名前をラストネームへ追加して。

 各界高官魔族は言葉を失い絶句――予想だにしない宣言で、疑問が浮かぶよりも先に思考が停止する。

 よりにもよって紅き烈風は、造反した魔界への反逆者の名を宣言したのだ。


 しかし――それはまさに紅き烈風の、真の魔王に相応しき器を魔界全土へ知らしめる引き金となる。


「ギュアネス・アイザッハ……奴は弁解の余地なく【ネツァク】が生んだ反逆者。だからあのめんどくさい魔王は、王の座を退位してまでその責を負う覚悟だった……。けれど彼女はもういない――その責を継ぐべき者すらも。」


 魔界の頂きを見る赤眼の双眸そうぼうを閉じた少女。

 再びそれを開きつつ振り返り、紅き烈風は――否、は確固たる宣言を、魔界全土へと伝わる様……鋼鉄の信念と共に深淵しんえんの宇宙へ叩き付けた。


「私があの亡きびゃく魔王シュウから継ぐのは、その反逆者を輩出してしまった罪だ!それこそがあの魔王の望み――命を賭して尚、償う事叶わなかった贖罪!この名に懸けて誓おう……その贖罪を果たすためにとなる事を!」


 言葉を奪われていた高官達も、余りにも巨大すぎる器の洗礼を受け――それが戻ると同時に歓喜へと変換された。

 これは只事ではない――自ら反逆者輩出の汚名を被り、あまつさえその贖罪を果たそうとする魔王など魔界史上前例など無い。


「――それで、そなたは良いのだな?赤煉の魔王レゾンよ……。」


 隣り合う王女もその宣言を耳にし、思う所が胸を熱くさせ頬を伝うきらめきとなる。

 その覚悟は余りにも重き物――流石の魔界の頂きも、気を回し再度の確認を取る。

 ――が、その心配は威風堂々たる烈風により払われた。


「……良いさ。その罪は確かに重き物――けれど私は、リリの力を継いだんだ。時間ならいくらでもある。何よりあのままでは、シュウが不憫でならないからな!」


 そこにはもう、いと小さき下等とののしられる害獣上がりはもういなかった。

 溢れんばかりの歓喜と、共に戦った新世代の新星達――そしてその活躍を願った先達せんだつである伝説らの祝福に包まれて――


 今ここに魔界の新時代――新世代の魔王がまた一人……誕生したのであった。

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