第37話 Wハスキーヴォイス


 小夜子さんはてっきり豪邸(推定)の自宅か、豪華ホテルにでも滞在しているのかと思っていたら、なんと境さんの高層マンションにいるというので驚いてしまった。

 まあ、境さん本人はアフリカだからいないけどね。もしかしたら居たとしても関係なく泊まりそうな気もするな。


「私が居た時より片付いてるのよ。嫌味かしら」

 そんなことをつぶやきながら、あちこちにキャンドルをセッティングしている。

 そう。今ね、時雨さんと恭さんも一緒に、境さんのとこに集まっているの。夜景さん、またお邪魔します、こんばんは。


 今夜は小夜子さんが輸入担当しているワインの試飲会だそうで、他にも何人かお客様が招待されている。在日イタリア人の方たちもちらほら。ボーノとかペペロンチーノみたいな会話が聞こえてくるよ。小夜子さんが楽しそうにお喋りしていると、美しい鳥のさえずりのよう。(決して小鳥ではない。)


 あ、知ってる顔がいたー。『Rain's Coat』のマスターとBar以外の場所で会ったのははじめてだ。もうBarと一体化してると思ってたよ。外にも出てくるんだね。(当たり前か。)


 そして、テーブルの上のケータリングに見慣れたメニュー。『雨の庭』の定番料理が並んでるよ。あら、ジローさんがキッチンから私を手招きしている。運ぶの手伝ってって。あ、あれ?

「ジローさんは時雨ツインズのこと、知ってたんですか」

「いやー、今日まで知らなかったよ。ほんと驚いたなぁ。そっくりだよな」


 ええっ? そんなにのんびり驚きます? 私なんてパニックだったのに。ジローさんはパタパタと忙しそうにキッチンに戻って行った。

「恭は料理はあんまり作らないから、今までジローに誤魔化すのが大変だったんでね。いい機会だから、もう言っちゃったよ」

 時雨さんがぺろりと舌を出す。その仕草はこどもっぽくてかわいい。


 考えてみたら、時雨さんと恭さんが二人同時に世間に顔を出すのってめずらしいよね。小夜子さん主催のパーティだから、特別なのかな。

 私は用心深くワインを飲む。気をつけないとまた抱えられて退散になるので、すこしずつ口に含むことにしよう。おいしいなぁ。カフェのメニューはワインにも合うね。

「小夜子のとこのワイン、夜カフェにぴったりでしょ。華やかな香りがして落ち着くんだ。これに合うワンプレート、何がいいかな」

 またカフェのことばかり考えてますね、時雨さん。


* 


 恭さんに久し振りに会った。

 時雨家に帰ってしまって以来かな。あんなに毎日一緒にいたのにね。


 今夜は恭さんは全然私に話しかけてこない。ほとんど小夜子さんが横にいて、恋人同士のようだ。

 小夜子さんが引き合わせる人と話していて、目も合わせてくれない。

 キスまでしておいて、やっぱり私なんて全然眼中にないんだなぁ。

 早くあんなこと忘れてしまおう。彼にとってはきっといつもの悪戯の延長。イタリア人ならあいさつ。

「菜月のもんは、みんな欲しくなる」

 そう言ってたじゃない? ただ、それだけ。ただの遊び。気まぐれ。



「ねえ、あれ歌って」

 小夜子さんが、ツインズに何かリクエストしてる。

 時雨さんが隣の部屋からひょいとキーボードを運んでくる。恭さんはアコースティックギターだ。え、二人で歌うの?


 あ、このピアノ。めっちゃ有名な誰もが知ってるあの曲。

 The Beatles「Let it Be」の階段のように降りていくイントロのメロディだ。

 最初に時雨さんが鍵盤を叩きながら、ささやくように歌いだす。それに合わせて恭んがギターを鳴らす。サビの部分で時雨さんの声に、恭さんがコーラスを重ねていくと、シンプルなコードなのに心を揺らされる。


 同じ声質の二人のハーモニー。少しだけ恭さんの声が低い気がする。究極のハスキーヴォイスに胸をぎゅんと掴まれて、何処かに連れ去られてしまった。

 また一つ秘密を知ってしまったように、私の宝箱に入れるものがふえていく。なんだか、ほんとズルイよ、この人たち。

 「In my Life」「Penny Lane」と甘いメロディが続く。

 そういえばこの曲たちは、いつも恭さんが仕事をしながら聴いていた音楽だ。小さな声で歌いながら筆を動かしていたね。



 にぎやかなリビングの反対側の部屋に行くと、窓からはスカイツリーが見えている。あの時と同じ。ここでキスしたんだ、なんてぼんやりしていたら、「元気にしてたか?」って声がした。


 ああ、この人は確かに恭さんだ。何故だか急に私にもわかるようになってしまった。

 離れてからずっと逢いたかったからだろうか。

「あの男は、菜月が撃退したんだって?」

「はい。ちゃんと守ってもらいました」

「それは良かった。俺の勘は当たるんだ」

「あんな風には会いたくなかった気がします」

「結花は、思い出を大切にとっておきたいタイプっぽいもんな」

「この前は話を聞いてくださって、ありがとうございました」

 なんだか会話がぎこちない。うまく目が合わせられない。


「菜月となかよくやってるんだろ」

 恭さんがそう言って、私の左の鎖骨を指でとんとんと叩く。

 あ、せつなく花の烙印がずきんと痛む。

 なぜ、知ってるの? あなたたち双子は一体どこまで通じ合っているの?

 以心伝心、なのかな。それとも、そんな話を互いにしているの?


「おまえ、ここで俺のこと思い出してたのか」

「はぁ? どこまで自意識過剰なんですか、モテ男は」

 ほんと、なんか頭に来る。いつもそうやってしれっと割り込んで来るんだもの。

 私のことそんなに弄ばないで。心に勝手に入って来ないで。


 ……ねえ、神様。

 二人のことがすきなんて、やっぱりだめですか。





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