第33話 過去からの待ち伏せ
少しずつ夏の陽射しが和らぎ、秋っぽい空気に変わってきたある夕方のこと。
私はちょうど藤木君にラテを運んで、明日の授業について少しお喋りしていたところだった。
2学期に入って早速、小論文の課題が幾つか出てテーマを決めあぐねていたんだ。
そうしたら、店の入口からこちらに向かってずんずんやって来る人が見えて。
「隼人、どうしたの?」
この前、彼女と一緒に来ていた元カレだった。
「結花、話があるんだけど。今日はバイト何時に終わるの?」
「えっ……。閉店までだけど」
「そう。じゃ、その頃また来るから」
隼人は私の返事も聞かずにさっさと出て行ってしまった。
あっけに取られる私に、藤木君が心配そうに声を掛けてくれる。
「なんか凄い勢いだったね。知り合い?」
「うん。あ、でも大丈夫」
何だろう、話って。別れ方が良くなかったから?
この前ここに来た時に、まだ私が傷ついてると感じて謝りに来たのかな。
それくらいしか思いつかない。そんなことわざわざしなくていいのに、妙なとこだけ律儀なんだから。
私はその後もずっと隼人の話が何なのか気になって、心ここに在らずだったかもしれない。
いつ藤木君が帰ったのかも気づかなかった。
*
閉店して帰り支度をしてから時雨さんを探した。まだジローさんと明日のランチの打ち合わせをしていたので、先に外に出てみる。
隼人、ほんとに待ってるのかな。
あ、いた。庭先で彼がこっちに向かって手を振っている。
「結花。良かった、会えて。連絡先みんな変えたんだね。電話もLINEも繋がらないから、アパートに行ったらさ、誰もいなかった。もうあそこは引っ越したんだね。今どこに住んでるの?」
は? なんで隼人が私のところに来たりするの? そんなに矢継ぎ早に質問しないで。
「待って。もう私のことは心配しなくても大丈夫だから」
「俺さ、この前ここで偶然出会ってわかったんだよ。やっぱり結花がすきだってことに気づいた」
な、何それ。私が遮ろうとしたら、すっと人影が私の前に入って来た。
「はい、ちょっと待って、そこの君。橘の元カレだよね」
「そうですが、あなたはここの店長さんですよね」
「はい。ある時は店長、またある時はこの子の保護者です。大事なうちの子に変に色目使ってもらっては困ります」
「プライベートに口をはさむんですか。ただのバイト先の責任者ですよね」
「事情は聞いてます。自分からふっておいて、
うわぁ、二人の間を「ですよね冷凍ミサイル」が飛び交ってる。
「別に教える必要もないのですが、プライベートでも、この子は私のパートナーです。まだ何か?」
時雨さんの最終攻撃で、隼人は唇をギュッと噛みしめて、引き下がって行った。
「おととい来やがれ」
なんて言いながら、時雨さんたら小さくガッツポーズしてる。
大人なのに、そういうとこが子供っぽいね。でも、すき。そんなとこもだいすき。
*
「ほら、帰るぞ、結花」
帰り道、ずっと時雨さんは黙っている。ずんずん前に行ってしまう。
なんかコワイ。背中が怒ってる気がする。
家に着くなり、やっぱり。
「あのさー、結花。君は無防備すぎる!」
えーん、いつもやさしい時雨さんに叱られちゃったよ。
「なんでバイト終わる時間とか、あいつに教えるんだよ。より戻したいのか? 例の『抱くのは二十歳になってから男』だろ。律儀なんかじゃない、ロクな男じゃないよ、バカ」
時雨さん、恭さんから聞いてたんだね。
「ああ、恭から、『あの男、必ず今度は一人で来るから気をつけろ』って言われてたからな。おお、来たな!って」
あちゃ。
「あの男はさ、結花がきらきら働いてるの見て後悔したんだよ。もっとしょぼくれて悲しみに浸ってたら満足だったのにさ、自分といた時より可愛く見えて、逃した魚は大きかったって。彼女がいる癖にあわよくばやり直そうって考えだよ」
え、私のこと、可愛いって?
「こら、可愛いってとこだけ反応して喜ぶな」
ぽっぺをきゅっとひっぱられる。痛いよぉ、もごもご。
「まったく隙だらけなんだよ、結花は! 私が出ていかなかったら、きっと情に流されていつの間にか元サヤだったぞ」
えー。私、そこまで優柔不断じゃないです。ちゃんと断るとこだったんだよ。
なんだか、いたたまれない。それはきっと隼人のことだけを言ってるんじゃないよね。えーん、ごめんなさい。
泣き真似したら、ぎゅっと抱きしめられた。
「もういいから、ちゃんと私のとこにいろよ」
そう言って時雨さんは、私の頭を抱き寄せて、何度も髪をやさしく撫でてくれた。
「結花がきらきらして見えたのは、今は私のことをすきだからだ」
やだもう、自信満々だなぁ。時雨さんのうぬぼれ屋さんっ。
でも、あなたがいてくれたから、私の失った恋はやっときちんと収束して行ったの。
すきだった気持ちに悔いはない。
これからも私は人をすきになるのに、決して後悔はしない。
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