第32話 小夜子の襲来
3日後、予告通りに小夜子さんがマンションにやって来た。
「結花。小夜子は、まあ悪い女じゃないから気楽にね。すっごい強気で有言実行タイプ。狙った獲物は逃さない。ってとこかな。男から見たら女王様であり、悪魔だろうけど」
同じ時代に生きてる人間とは思えないな。あの美貌で迫られたら、誰も拒めない気がする。
「こんにちは。はい、これお土産」
今日もやはり薔薇をまき散らして登場。
「お、やった。アマレット」
時雨さんが酒瓶を抱えてめちゃくちゃ嬉しそうだ。
「これね、杏の種のリキュール。アーモンドみたいな香りがするんだ」と、私に教えてくれる。
「あれ、作ってよ。『オーガズム』」
小夜子さんがギョっとするようなことを言ったけど、どうやらそれはカクテルの名前らしい。
ビックリさせないでー。まだ真昼間ですからねっ。
「名前とは裏腹に、カルアミルクみたいな甘い味なのよね。一見かわいこちゃん向け。一皮剥けばやはり女は女」
「『セックス・オン・ザ・ビーチ』なんかも凄いネーミングだけど、フルーティだよね」
どきっ。時雨さんからそんな単語が発音されただけで、私は心臓が飛び出しそうなんですけどっ。
そのカクテルたち、メニューにあっても私は一生頼めそうにありません。
*
今日は小夜子さんのリクエストで、和食御膳。伊万里の大皿に手毬寿司が並んでいる。
サーモン・鮪・鯛にひらめ。あれ、竜宮城っぽいラインナップ。
小夜子さんって竜宮城の乙姫さまっぽーい。海の底に帰って行っても違和感ないかも。
手毬寿司には野菜だけのお寿司も紛れていて楽しい。
ラディッシュに切り込みをいれた薔薇の花がきれい。だいすきな茗荷の甘酢漬けも乗ってる。アボカドもいけるなぁ。
小夜子さんはひとつひとつ大切な宝石のようにお箸をつけている。時雨さんの料理を愛でる人は、私にとっても大切にすべき人。
「ずっとイタリアだと、ほんとに菜月のご飯が恋しくなるのよ。ねぇ、たまにはこっちに来てよ。素材は揃わないかもしれないけど、手毬寿司に合うイタリア野菜が見つかるかもしれないわよ」
「確かにローマでしばらく暮らしたら色々発見できそうだ。市場に通ってみたいな」
「そうよ。カフェの研究がてら来ればいいじゃない。恭一と一緒に」
恭さんの名前が出るとどきっとしてしまう。花火の時のキスがまだ私を落ち着かなくさせる。
もう遠い日の出来事みたいな気がしてしまうけど、感触がふと蘇ることがある。
恭さんにはきっと数多あるキスのたった一つなのだろう。小夜子さんとだって、きっと。
*
「小夜子と私は同じ女子高で、2年間同じクラスだったんだ」
「菜月はバドミントン部だけど、時々演劇部に借り出されてね。何度か共演したわね。ほら、女子高にこんなの紛れてたら、誰もほっとかないでしょ? みんなきゃーきゃー言ってて、ファンクラブもあったわよね。まるで王子様」
「なつかしーなー。『ロミオとジュリエット』とか、ベタだったよな」
「ロミオさま。月などにかけてお誓いにならないで。移り気で夜毎に形を変えるものなどに」
この二人だったらスポットライトが似合いそう。
なんなら今ここで上演してくれてもいいですよん。
「ラブシーンなんて大騒ぎよ。時雨様は女の子にモテモテで、ついでに秘密主義でミステリアス」
首を傾げながら口を尖らす小夜子さんは、綺麗なだけでなく、どこか少女のように可愛らしい。
「お陰で、双子だったことも知らなかったわよ。つい最近まで。ねっ」
「恭のことがわかると状況が大抵ややこしくなるからね。必要以上にアナウンスはしないんだ。まさかこんなことになるとはな」
時雨ツインズに逢ってしまったら、もう翻弄されるしかないものね。
「結花。私ね、高2の時に親の転勤でイタリアに行くことになって、しばらく向こうで暮らしてたの。2年前にイタリアに京一、あ、境の方ね。彼が仕事で来た時に、私は現地のコーディネーターとして出逢ったの。あっという間に惹かれ合って電撃結婚していたわ。菜月の元カレとも知らずに」
瞳に赤い薔薇が入っている小夜子さんに言い寄られて、恋に堕ちない男性なんていないよね。あの獅子も一発で陥落したのかぁ。
どうして離婚しちゃったのかな?
「この女は良く言えば情熱的。悪く言えば短絡的、なんだよ。巻き込まれたら最後、無傷ではいられないな」
「京一のことは今でも愛してるわ。でも、日本に帰国した時、もう一人の恭一に出逢ってしまったのよね」
……はぁ。
「だから、きちんと別れたの。想いのベクトルの矛先が変わったら、だめなのよ、私。今のターゲットは時雨恭一。それを宣言するためには、身一つにならないと」
これが世に言う「ザ・恋愛体質」なのだろうか。
「今では境は同志みたいなものだけどね。お互い同性の双子に先に出会ってて、なぜか異性の方にひとめぼれって境遇がそっくり。ふふふ」
私も最近、道外れてきてるかなーって思うけど、この人に比べたら全然フツーだったよ。でも、なぜだか、正直でまっすぐなところが魅力的。
「おーい、結花。この女に影響されたらだめだよー。大丈夫かー?」
時雨さんが私の前で手をひらひらさせてるけど、境さんに次いで、小夜子さんというめちゃめちゃな女の人に、またまたなついてしまったのでした。もしかして私、犬属性?
*
「で、これと同じ思い、この子に味わわせてあげたの?」
カクテルを傾けながら、さらっと小夜子さんが尋ねる。
私は危うく口から火を吹きそうになったよ。
急にエロチックが加速する。大人な女は凄い。
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