第4章 小夜子セレナーデ

第31話 赤い薔薇が散る


 本日午後、凄いオーラを身にまとった人が突如現れて、カフェのど真ん中の席に座った。なんというか、大輪の真紅の薔薇みたい。


 思わず入ってきた方向を振り返ってしまう。赤絨毯が敷かれて御付の者が花びらを撒き散らしていそうなんだもの。目ごしごし。

 あれだな。柔軟剤のCMで一人だけミュージカル風に香りの旋風を巻き起こして、街中のみんながあなたの虜!みたいのがあるけど、あの映像が誇張じゃないレベルの人っているんだな。別に香水が強いとかじゃなくて、見ただけで香りの渦巻がぐるぐるする現象が目の前で起きている。


「うわ、来たか」

 時雨さんが深いため息をついた後、決意したような顔をしてオーダーを取りに行く。

 気になって、後ろからこそこそ付いて行ってしまう私。

「いつ、帰って来たんだ?」

「あら、菜月。昨日着いたのよ。まだ時差ボケなの。濃ゆーい珈琲もらえる?」

 海外から帰国? 女優さんかモデルさんなのかなぁ。


 その女の人は、時雨さんの後ろに隠れてる私に気付いて

「何、とうとう高校生のバイト入れたの?」

と聞くので、にゃぁー、成人してますー、と心の中だけで叫んでみた。

「違う、女子高生じゃないよ」

「まさか、中学……」

「おーい。れっきとした大学生だよ。成人済」

「ジョークよ。あ、はーん。この子か、例の子は」

 その人は私の顔を見て、にっこり微笑んで指をならした。ゾクッ。なんだかコワイ。嫌な予感しかしない。

「もう恭から聞いてるんだろ。橘結花さんだよ」

「はじめまして」

「あ、結花。こっちは小夜子。私の高校の友人で、境の別れた妻で、今は自称『恭の恋人』」

「自称が余計よ」


 えっ。はいっ? 時雨さんのお友だちで、えーっ、境さんの元奥様で。

 それで、それで、恭さんの恋人ぉ---。

 なんだ、そのラスボス感はー。



 私が口をパクパクしていると(最近、私の人生はこんなことの連続だっ。)

「よろしくね、結花。私は柘小夜子つげさよこ。ワインの輸入の仕事をしているから、日本とイタリアを行ったり来たりしているの。恭一からあなたのことは聞いてるわ。双子に好かれてるってことは、私ともきっと気が合うわね」


 握手しながら、きゃぁー、こわーい、目が笑ってないよぉっと、心臓がバクバクした。恭さんから私のこと何て聞いてるんだろう。

 小動物(認めてしまった)の私なのに、何やら最近は派手な動物に囲まれて、睨まれたちっこいカエルさんの気分。こう毎月のように誰か追加登場されたら、身が持たないよ。もう既にナチュラルに名前呼びすてにされてるし。早っ。


 境さんは今アフリカに行ってる。もしかしてこれを予測して、ささっと逃げたのかな? なんて思うくらい瞳の力が強い。どきどき。 

 境さんと小夜子さんかぁ。強烈だ。相当に目立つカップルだったろうな。街歩いてるだけでみんなの視線釘付けになるよね。イタリア人も真っ青だ。


 少女漫画でもないのに、現実に薔薇が舞い散って見えるとか……。ベルバラかよ。

 時雨さんと小夜子さんの2ショットって、今にも宝塚の舞台が始まりそう。

 カフェの中央にキラビヤカな電飾で飾られた階段が現れて、二人が手に手を取って降りてくる。ハイヒールの音を響かせて。目ごしごし2。


「あらやだ、わかる? 私たち高校の時、演劇部でまさにそういう世界を繰り広げてたの。あれはハマルとやめられないのよ。またやりたいわね」

 肩をすくめて首を振る時雨さんは、ちょっぴり黒歴史を思い出して身震いしているみたいだった。


「近いうちに、菜月のとこ遊びに行くから、和食御膳でもてなしてね」

 帰り際にそう告げて、嵐のような人は去って行ったのだった。





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